じゃぽマガジン編集部 のすべての投稿

鎮魂のうたまい

2013年3月11日(月)開催
(東京・紀尾井ホール)

小島美子(とみこ)氏(国立歴史民俗博物館名誉教授・日本音楽史)とその仲間たちが集う談話会「邦楽サロン とみ庵」のメンバーによって、東日本大震災からちょうど2年となった2013年3月11日、東京・紀尾井ホールで開催された「鎮魂のうたまい」。「第Ⅰ部 鎮魂のまい」と「第Ⅱ部 鎮魂のうた」、そして二時四十六分の「黙祷の鐘」がホールに響きわたり、祈る心に包まれた特別な会となりました。じゃぽ音っと編集部がその模様をお伝えします。

鎮魂の祈りを分かち合う、意義の深いひととき

文:じゃぽ音っと編集部

 東日本大震災が発生した2011年3月11日からちょうど2年の歳月を経た2013年3月11日。この日の紀尾井ホールの舞台には、白い屏風が囲み、一本松が聳え立ち、花が供えられています。

 平日の月曜午後にもかかわらず、ほぼ満員の観客席。静かな波の音が会場を包み込むなか、明かりに照らされた雅楽の重鎮、芝祐靖師による神楽笛「亡き人の魂を呼ぶ笛」の透き通る音色が浮かび上がり、能観世流シテ方の関根祥六師が奏上する「鎮魂の祈りのことば」が続きます。三隅治雄氏の献詩に拠り、祥六師自らが節を付けた詞章で「御霊よ静まれ 御霊よ甦れ」と締めくくる、深く大きな祈りを湛えた奏上は集まった観客の想いをひとつにしていきます。

 日本舞踊の人間国宝、花柳寿南海(としなみ)師が二人の舞人とともに御霊に捧げた巫女舞は、心洗われる笛や鈴の音とともにどこまでも美しく清らか。東日本大震災で被災した東北地方の岩手県、早池峰(はやちね)神楽(世界無形文化遺産)より大償(おおつくない)神楽「山の神舞」。賑やかな囃子が響きわたり、八十二歳の名手、佐々木隆さんの気迫に満ちた力強い舞が披露され、会場の拍手に包まれながら「第 Ⅰ 部 鎮魂のまい」の幕が閉じられます。

 休憩をはさみ、「ウィークデーの昼間というお集まりにくい時間に本当にありがとうございます。二時四十六分にみなさんとご一緒に黙祷したいと思っています。鎮魂というのが日本の芸能の原点といいましょうか、たとえば神楽やお能、あるいは平家琵琶などにしましても、中世は亡くなった方たちが非常に多かったわけで、そういう人たちの霊を慰めるという意味から、もともと出来上がっていると思うんです。私たちは芸能に関係するものとして、鎮魂のために何かしないってことはない、というふうに思いましてお誘いしました。みなさんどうぞこの3.11を心に深く刻み込んでおいていただきたいと思います。それが今日の願いでございます」と企画・構成を手掛けた小島美子氏からのお話があって間もなく、舞台に据えられてある編鐘(へんしょう)と呼ばれる中国古代楽器の鐘の音が響きわたり、会場全員が立ち上がって二時四十六分に黙祷。

「黙祷の鐘」
「黙祷の鐘」

 「第 Ⅱ 部 鎮魂のうた」では現在の日本音楽界において重きをなす演奏家が一堂に会しました。

 「魂を招く尺八」では山本邦山師、中村明一(あきかず)師の二つの尺八の音が宙を舞い、そののち、岡野弘彦氏の歌集「美しく愛しき日本」から田中英機氏が選歌・構成した「鎮魂の祈りのうた」が始まります。箏群のトレモロの音が徐々に最大限に達する前奏ののち、「山は裂け 海や死にする 人や死にする 死すれこそ 人は祈りて ひたぶるに生く」という歌を中心に、すべての演奏家一人一人の声や楽器をつないでゆく、スケールが大きくドラマティックな構成。作曲を手掛けた中村明一師が指揮をとり、山田流箏曲、生田流箏曲、常磐津、端唄、民謡、沖縄、現代邦楽といった日本音楽の種目や流派を超えて集まったメンバーによる演奏。深い鎮魂から生み出された、この世に二つとない美しい結晶が目の前に現われたかのような、夢のようなこの上ない舞台となりました。

 星のコーラス、地球クラブコスモスの子供たちが「あそぼあそぼ、みんなであそぼ、遠くにいった友達もいっしょにあそぼ…」と歌いながら手をつなぎ舞台に現れる「未来の歌」にも、生きる側の人間としてあらためてハッとさせられる心持ちになります。そこへ小島氏と花柳寿南海師ほか、すべての出演者やスタッフが舞台に勢ぞろいし、満場の拍手のなか終演。鎮魂の祈りを分かち合う、意義のたいへん深いひとときとなりました。

終幕。花柳寿南海師、小島美子氏を囲んで
終幕。花柳寿南海師、小島美子氏を囲んで

プログラム

[企画・構成] 小島美子

第 Ⅰ 部 鎮魂のまい

静かな海
亡き人の魂を呼ぶ笛
[作曲・神楽笛演奏]芝祐靖(日本芸術院会員)
鎮魂の祈りのことば
[詩]三隅治雄 [節付・奏上]関根祥六(能観世流シテ方)
巫女舞
[振付・舞]花柳寿南海(人間国宝) [舞]橘芳慧 佐藤太圭子
大償神楽 山の神舞
[舞]佐々木隆 [囃子]阿部輝雄(太鼓) 佐々木金男(手平金) 佐々木栄一(手平金) 吉田伸一朗(笛)

【黙祷の鐘】  高江洲義寛 .

第 Ⅱ 部 鎮魂のうた

[歌]岡野弘彦 歌集「美しく愛しき日本」より
[作曲]中村明一 [三味線手付]常磐津英寿 照喜名朝一 本條秀太郎
魂を招く尺八
[尺八]山本邦山(人間国宝) 中村明一
鎮魂の祈りのうた
[歌と箏]富山清琴(人間国宝) 萩岡松韻 矢崎明子 友渕のりえ 深海さとみ
[十七絃]菊地悌子 [二十五絃]野坂操壽
[三味線]常磐津英寿(人間国宝) [歌]栄芝 [歌と三味線]本條秀太郎
[歌と三味線]照喜名朝一(人間国宝) [琉球箏]名嘉ヨシ子 [三十絃]宮下伸 〔演奏順〕
未来への歌
[星のコーラス]小山里按 小泉絢 石川永都 桜庭好誠 余村莉星(指導:繁下敏子)
[地球クラブコスモス]中澤礼 大田稀優 中元粋 原田祐里 猪野若菜 猪俣桃香 田村温 榎畑碧 永井みき(指導:宮下晶子)

[全体指導]柁原年

(公演プログラムより転載)

口語訳による日本音楽の新しいエンターテインメント 邦楽オラトリオ ―「幸魂奇魂―古事記より」―

2013年2月14日(木)開催
(東京・国立オリンピック記念青少年総合センター)

2月13日から3日間にわたって国立オリンピック記念青少年総合センターで開催された全国劇場・音楽堂等アートマネジメント研修会2013(主催:文化庁・社団法人 全国公立文化施設協会)。特別プログラムとして14日に行なわれた、口語訳による日本音楽の新しいエンターテインメント 邦楽オラトリオ―「幸魂奇魂さきみたま くしみたま―古事記より」―の模様をじゃぽ音っと編集部がお送りします。

邦楽器の音と声からなる、日本音楽の新しいエンターテインメント

文:じゃぽ音っと編集部

 「アートが奏でる地域再生〜アートの交差点〜」というサブタイトルのついた全国劇場・音楽堂等アートマネジメント研修会2013。劇場・音楽堂等の管理・運営・事業に携わる施設の経営者や職員、担当者、アートマネジメント教育関係者やマネジメントに関心のある学生や聴講生が多数集まり、3日間にわたって東京代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターにて行なわれました。さまざまな研修プログラムのなかで、口語訳による日本音楽の新しいエンターテインメント 邦楽オラトリオ―「幸魂奇魂(さきみたま くしみたま)―古事記より」―が特別プログラムとして14日に開催されました。

左から藤舎貴生さん、藤本草理事長、平野英俊氏
左から藤舎貴生さん、藤本草理事長、平野英俊氏

 プログラムを企画した舞踊評論家(邦舞)の平野英俊氏がステージに登場、「古事記」編纂1300年の昨年3月に発表され、レコード大賞企画賞を受けるなど各方面から好評を博している2枚組CD「幸魂 奇魂(さきみたま くしみたま)―古事記より―」の構成・全作曲を手掛けた横笛奏者の藤舎貴生(とうしゃ きしょう)さんと藤本草日本伝統文化振興財団理事長を迎え入れ、第一部「邦楽公演開催ワークショップ」が始まります。平野氏は「日本の楽器は嘘をつかないと昨日のセミナーでお話しましたが、それにふさわしい演奏会をみなさんに聴いていただきたいと思い、今回こういった邦楽を取り上げたわけです」と語り、藤本理事長を聞き手に、藤舎貴生さんが「幸魂 奇魂―古事記より―」の制作エピソードや長唄の囃子方からみた日本における伝統音楽の公演についての現状を紹介していくスタイルのワークショップが始まりました。

第一部「邦楽公演開催ワークショップ」 対談:藤本草理事長、藤舎貴生さん
(1)横笛奏者、藤舎貴生と「幸魂 奇魂」
(2)たび重なる偶然、震災と古事記1300年
(3)日本音楽の古典が「エンターテインメント」になりうるか

 ワークショップの最後に「これを機会に日本の音楽っていいじゃないかと思っていただければいいな、幸いだなと思っております」と語った藤舎貴生さん。第二部「幸魂奇魂(さきみたま くしみたま)」では笛の貴生さんを含むコンパクトな15人編成が舞台に現れ、「幸魂 奇魂」全9曲より、抜粋ヴァージョンの3曲から「八俣の大蛇(やまたのおろち)」が始まります。サワリをたっぷりと効かせた三味線群に唄方が入り、囃子方や太鼓、笛が一斉に鳴り響く音を聴くうちにいつの間にか引き込まれ、口語体の朗読が物語を明快に語ります。続く「沼河比売(ぬなかわひめ)」はしっとりとした美しい箏をバックにしたのびやかな唄が印象的で、伝統音楽をベースにした日本の歌曲として楽しめます。ラストの「幸魂奇魂」は朗読、三味線に唄、囃子と笛、太鼓、箏が渾然一体となった迫力の演奏。昨年2月京都の南座で公演された際は、総勢48名からなる大編成でしたが、こうしたコンパクトな編成であっても、その核となるエッセンスを十分に感じることができました。自然に溶けあい響きあう邦楽器の音と声は、会場の大小や楽器編成の多寡といった条件をあまり選ばず、むしろその場の空気や観客のほうに馴染んでいくような、懐の深い豊かな音響として感じられ、実にあっという間の楽しいひとときとなりました。

関連作品

「幸魂 奇魂 ―古事記より―」藤舎貴生

演奏曲

「八俣の大蛇(やまたのおろち)」
「沼河比売(ぬなかわひめ)」
「幸魂奇魂(さきみたま くしみたま)」

笛:藤舎貴生 朗読:一色采子 唄:今藤政貴、杵屋巳之助、今藤政子 三味線:杵屋栄八郎、杵屋勝十朗、杵屋栄之丞 囃子:藤舎円秀、堅田喜三郎、望月秀幸、梅屋喜三郎 箏:中川敏裕、高畠一郎 太鼓:田代誠

野坂操壽×沢井一恵 箏 ふたりのマエストロ全国ツアー「変絃自在」Vol. 9 東京公演

2012年12月 6日(木)開催
(渋谷区文化総合センター大和田・さくらホール)

箏という楽器が持つ可能性を切り開いてきたふたりのマエストロ、野坂操壽師と沢井一恵師の全国ツアーのひとつの節目となった東京公演。十七弦箏、二十五弦箏の独奏と共演、ふたりと男性グループとの合奏など、まさに「変絃自在」の世界にひきこまれる素晴らしい公演となりました。音楽、文芸に関する多数の著書で知られる小沼純一氏によるレポートです。

」と「×」、名手ひとりひとりと音楽家たちによる変化

文:小沼純一

 ステージに照明があたると、そこに、沢井一恵がいる。白い服を着て、箏にむかっている。箏曲のなかでも特によく知られた「六段」を、しかし通常の十三弦ではなく十七弦で奏でる。楽器が変わるとひびきも変わる。低い弦をはじくと胴のなかを音がうねり、高い弦に大きく共鳴して、楽器の表情が、年齢や性が、変わったかのようにおもえる。

 このコンサートでは、一貫して十七弦にむかう沢井一恵とは異なり、野坂操壽は(通常の)十三弦の箏と二十五弦箏とを奏でる。二十五弦箏は、どこか中近東を想起させる浦田健次郎「五段幻想」によって、視覚に、聴覚に、はいってくる。特殊な旋法をとり、広い音域、豊富な倍音をもつこの楽器は、その旋法のせいもあるのか、どこか中近東を想起させるとともに、近代のピアノという楽器との親近性さえ感じられなくもない。

「百花譜」(沢井忠夫作曲)
「百花譜」(沢井忠夫作曲)

 ともに二十五弦箏と十七弦による、こまかい音のうごきと太く垂直的なアクセントがコントラストをなす委嘱作品、山本純ノ介「観想の佇まい」と、親しみやすいメロディと、それにともなう和音や音色の変化が一種のヴァリエーションになっている前田智子「青蓮華」。作曲家/作品のキャラクターのちがいをこのように配置するところも、プログラムの妙だ。

 第一部・第二部のそれぞれを締めくくる沢井忠夫作品は、大きく急-緩-急をとる(西洋近代的な)構成をとり、そのため伝統的な箏曲の形式や現代邦楽の書法に親しみがなくとも何のかまえもなく、ふつうに音楽として、聴くことができる。演奏が主となる音楽家が自ら作曲を手掛けるとき、作曲を中心とする音楽家(=作曲家)とはすこし異なって、楽器を熟知していることもあって演奏効果や聴き手への配慮ということもつよくなされるようにおもう。沢井忠夫も同様で、エンディングを飾る「二つの群の為に」は、二人のソロに対して5つの群(箏が3つ、十七弦が2つ、の群)という合奏協奏曲的なしつらえ。ダイナミックなひびきが群のあいだを行き来するその邦楽アンサンブルとしての実験性とともに、エンタテインメント性も兼ね備える。

「二つの群の為に」(沢井忠夫作曲)
「二つの群の為に」(沢井忠夫作曲)

 このコンサート、名手ひとりひとりが、「+」の関係ではおさまらず、「×」になりうるか、そして、さらに「+」される音楽家たちによって、どう変化するかを提示した。すぐれた音楽家とおなじ時間、おなじ空間のなかで音楽を奏でる体験は、音楽を大きく飛躍させる。「二つの群の為に」はそうした場をみせつけた、と言っていい。

撮影:ヒダキトモコ

プログラム

十七絃・六段

〈作曲者不詳〉

十七絃:沢井一恵

五段幻想―二十五絃箏による―

〈浦田健次郎作曲〉平成17年(2005)

二十五絃箏:野坂操壽

箏と十七絃による 百花譜―春、夏、秋、冬―

〈沢井忠夫作曲〉昭和58年(1983)

箏:野坂操壽
十七絃:沢井一恵

〈休憩〉

観想の佇まい

〈山本純ノ介作曲・委嘱初演〉平成24年(2012)

二十五絃箏:野坂操壽
十七絃:沢井一恵

青蓮華(しょうれんげ)

〈前田智子作曲〉平成23年(2011)

二十五絃箏:野坂操壽
十七絃:沢井一恵

二つの群(ぐん)の為に

〈沢井忠夫作曲〉昭和51年(1976)

箏ソロ:野坂操壽
十七絃ソロ:沢井一恵

箏Ⅰ:市川慎、日吉章吾、Ray Elston、小林甲矢人
箏Ⅱ:光原大樹、吉川卓見、金子展寛、長谷川将也
箏Ⅲ:赤澤大希、衣袋聖志、小山豪生
十七絃A:澤村祐司、中島裕康、山本ダニエル
十七絃B:本間貴士、村澤丈児、今野玲央

プロフィール

野坂操壽[のさか・そうじゅ(惠子)]箏・二十五絃箏

母初代野坂操壽から手ほどきを受け、9歳で加藤柔子に古典箏曲・地歌三絃を師事。東京藝術大学修士課程修了。1965〜82年日本音楽集団団員。69年二十絃箏を開発。同年芸術祭奨励賞。86年小劇場ジァン・ジァンを拠点に、自作曲のライブツアーを3年間継続。91年二十五絃箏を発表。02年芸術選奨文部科学大臣賞。03年紫綬褒章、二代野坂操壽襲名。06年中島健蔵現代音楽賞、エクソンモービル音楽賞。09年旭日小綬賞。10年箏独奏アルバム「錦木によせて」(邦楽ジャーナル)、11年「箏曲『六段』とグレゴリア聖歌『クレド』」(日本伝統文化振興財団)、二十五絃箏完成20周年記念「偲琴」(カメラータ)をリリース。10年度日本藝術院賞。11年二十五絃箏制作20周年記念として第25回リサイタルを開催。現在、桐朋学園芸術短期大学教授、公益社団法人日本三曲協会・生田流協会常任理事、生田流箏曲松の実會主宰。

沢井一恵[さわい・かずえ]十七絃

宮城道雄に師事。東京藝術大学音楽学部卒業。1979年沢井忠夫と沢井箏曲院設立。現代邦楽で活躍する一方、全国縦断「箏遊行(そうゆぎょう)」、一柳慧(作曲)+吉原すみれ(打楽器)とのコンサートツアー、ジョン・ゾーン、高橋悠治プロデュースによるリサイタルなど実験的活動を通し、伝統楽器としての箏と西洋音楽、現代音楽、JAZZ、即興音楽などとの接点を探求。99年NHK交響楽団委嘱、ソフィア・グバイドゥーリナ作曲の箏コンチェルト『樹影にて』をシャルル・デュトワ指揮でアメリカツアー。国内では、五嶋みどり(ヴァイオリン)とのプロジェクト「ミュージック・シェアリング」を展開中。2010年4月坂本龍一作曲『箏とオーケストラのための協奏曲』(初演)、『樹影にて』を佐渡裕指揮で演奏、8,000人の聴衆に感銘を与える。それを収録したCD「点と面」をcommmonsより、また十七絃と五絃琴によるCD「THE SAWAI KAZUE」を邦楽ジャーナルより発売。

公演プログラムより転載
小沼純一(こぬま じゅんいち)

1959年、東京生まれ。早稲田大学文学学術院教授。音楽・文芸批評を中心に執筆活動を続ける。第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。主著に『魅せられた身体』『ミニマル・ミュージック』『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)、『サウンド・エシックス』『バカラック、ルグラン、ジョビン』(平凡社)、詩集に『サイゴンのシド・チャリシー』(書肆山田)、翻訳監修に『映画の音楽』(M・シオン、みすず書房)など。

日本音楽集団第207回定期演奏会 気鋭のソリストと共に〜藤原道山氏と市川慎氏を迎えて〜

2012年11月20日(火)開催
(東京・第一生命ホール)

1964年に創立された日本音楽集団は、ジャンルを越え日本の伝統的な楽器演奏家が集結した和楽器のオーケストラ。気鋭のソリスト二人、尺八の藤原道山さんと箏の市川慎さんを迎え、高橋久美子さん作曲の委嘱新作を盛り込んだ第207回の定期演奏会が行なわれました。世界の民族音楽〜日本の伝統音楽CDの制作を多数手掛けてきたプロデューサー星川京児さんのレポートです。

Pro Musica Nipponiaに相応しい日本を代表する存在

文:星川京児

 日本音楽集団というのは不思議な集団だ。第一線の邦楽演奏家を集め、楽曲はもとより、邦楽器の表現力を追い求めた純邦楽オーケストラ。なにより、現代邦楽の強力なツールとしての大きな影響力を音楽界に与えてきたし、半世紀にわたって今日にも続いている。

また、相互に接点を持たなかった邦楽各ジャンルを結びつけ、加えて同じ舞台を踏むことのなかった他流派の演奏家が、共に切磋琢磨できうる場を提供したことの意義もきわめて大きい。

創立の呼びかけ人でもあり、長きにわたって音楽監督として引っ張ってきた三木稔、長澤勝俊といった当時の俊英の作品を世に問うだけでなく、個々の演奏家の可能性を大きく引き出してきたという歴史がある。これに作品に合わせた素晴らしい演奏陣がゲストとして加わり、ステージや録音に花を添えてきた。

もちろん、楽団としての完成度も高い。もっとも、この和楽器の編成では、なかなか他と比べることもできないが、こと現代邦楽に関しては他に類を見ない集団である。さらに、楽団そのものが一つの楽器としての統一感を感じさせるほど進化している。14人で始まった団員も、現在は指揮者などを除いて50人以上のメンバーを擁する。それぞれが、流派の代表としての顔も持つのだから、頑張らざるを得ないだろう。このモチベーションは大きい。

今回のステージも藤原道山を迎えた長澤作品〈尺八協奏曲〉で、まずは楽団の歴史を魅せる。ソリストの卓越したテクニック。若手の域を超え、すでに風格すら備えているのが凄い。それでいて、若き日の山本邦山や村岡実(※註1)といったコンテンポラリーな精気を失わないのがいい。60年代から70年代にかけての邦楽界の興奮を思い出してしまう。

2008年の秋岸寛久〈十七絃と邦楽器群のための協奏曲〉では、今やメジャーとなったこの楽器を、これまた斯界を騒がせる新鋭、市川慎と重ね合わせるという心憎い選曲。十七弦はヴィオラというより、チェロと位置付けた方が判りやすい。楽器の持ち味は、優れた奏者があればこそのものと、改めて認識する。この二人のソリストは、かつての尺八の横山勝也や箏の沢井忠夫などを彷彿とさせるところが嬉しい。

四拍子協奏
四拍子協奏

肥後一郎の〈四拍子協奏〉は、能楽囃子と箏、二十弦箏、十七弦箏の三種の箏二面づつのアンサンブルとの協奏。異質な音楽体系にあるものを組み合わせて、まったく異なる音像を結んでみせるという作者の意図を、明確に具現化している。始めは双方の楽器群の持つ音世界に耳を惹かれるが、徐々に重なり合うというか、互いに入り組んでくるグラデーションが、不思議な生理的快感を呼び起こす。指揮者不在だからこその玄妙といえるかもしれない。これは日本音楽だけの強みでもある。

冒険といえば、やはり高橋久美子の〈尺八・箏のための協奏曲「響(とよ)もせば…」〉だろう。邦楽器を使いながらも、どこかミニマル風であったり、図形的な構造展開をみせたりと、ライヒ(※註2)的な面白さも感じさせる。これも、継続的な音楽集団という蓄積があってこそ可能なサウンド・バランスといえよう。もちろん委嘱作品だから、独奏者の魅力を目一杯魅せることも忘れていない。このエンターテインメントとしての完成度こそ、現在の日本音楽集団の企画力、演奏能力のレベルを表すものに他ならない。

そういえば、かつて彼らの『ボレロ・ジャパネスク』(1987年)という盤を聴いたことがあるが、ラヴェルにフォーレやドビュッシー、サティと並べたフランスものの軽妙さ。しかしそれはありふれた企画ものでは決してなかった。Nipponia nipponの朱鷺ではないが、まさにPro Musica Nipponiaと呼ばれるに相応しい、日本を代表する存在なのだ。

註1 村岡実
尺八演奏家。民謡尺八を菊池淡水に、古典尺八を都山流に学び、1964年日本音楽集団結成の中心的役割を果たす。同団の第1回発表会後フリーとなり、歌謡界、ポピュラー、ジャズなど幅広く活躍。

註2 スティーヴ・ライヒ
ミニマルミュージックを代表するアメリカの作曲家。

プログラム

  1. .
    尺八協奏曲
    (長澤勝俊/1978年)
    Shakuhachi Concerto
    [尺八独奏]藤原道山
    [笛]新保有生 [尺八]原郷隆
    [三味線]簑田司郎 [琵琶]藤高理恵子
    [箏Ⅰ]山田明美 [箏Ⅱ]田村法子
    [十七絃]城ケ崎美保
    [打楽器]尾崎太一 仙堂新太郎
    [指揮]田村拓男


    .

  2. .
    十七絃と邦楽器群のための協奏曲
    (秋岸寛久/2008年)
    Concerto for 17 string-Koto and Japanese Instruments
    [十七絃独奏]市川慎
    [笛]遠藤悠紀 [尺八Ⅰ]元永拓 [尺八Ⅱ]大賀悠司
    [三味線]穂積大志 [琵琶]久保田晶子
    [箏Ⅰ]桜井智永 [箏Ⅱ]伊藤麻衣子 [十七絃]久本桂子
    [打楽器]黒坂昇 仙堂新太郎 山内利一
    [指揮]稲田康


    .

  3. .
    四拍子協奏
    (肥後一郎/1999年)
    Concerto for ‘Sibyosi’
    [笛]竹井誠 [小鼓]尾崎太一 [大鼓]盧慶順 [太鼓]山内利一
    [箏Ⅰ]熊沢栄利子 [箏Ⅱ]桜井智永
    [二十絃Ⅰ]山田明美 [二十絃Ⅱ]田村法子
    [十七絃Ⅰ]城ケ崎美保 [十七絃Ⅱ]久本桂子


    .

  4. .
    尺八・箏のための協奏曲
    「響(とよ)もせば…」

    (高橋久美子/委嘱初演)
    Concerto for Shakuhachi and Koto: ‘Toyomoseba’
    [尺八独奏]藤原道山 [十七絃独奏]市川慎
    [笛]あかる潤
    [尺八Ⅰ]原郷隆 大賀悠司
    [尺八Ⅱ]元永拓 田野村聡
    [三味線]山崎千鶴子 簑田弘大
    [琵琶]久保田晶子 藤高理恵子
    [箏Ⅰ]熊沢栄利子 城ケ崎美保
    [箏Ⅱ]桜井智永 伊藤麻衣子
    [十七絃]佐藤里美 久本桂子
    [打楽器]黒坂昇 盧慶順
    [指揮]苫米地英一


    .

プロフィール

日本音楽集団

1964年創立。伝統的な日本の楽器である、箏・尺八・三味線・琵琶・胡弓・笛、小鼓・大鼓などの打楽器、笙・篳篥などの雅楽器による和楽器オーケストラです。和楽器数十名と指揮者による大合奏は迫力満点です。
現在では、定期演奏会を中心に、全国各地での公演、教育機関での音楽鑑賞会、録音・放送・映画・演劇などさまざまな分野で演奏活動を行っています。
海外では、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中国、東南アジア、オーストラリア等、31ヵ国151都市で公演を実施。アイザック・スターン、ヨー・ヨー・マや、ゲヴァントハウス・オーケストラ、ニューヨークフィルとの共演を実現、海外でも高い評価を得ています。
文化庁芸術祭大賞、第2回音楽之友社賞、レミー・マタン音楽賞、モービル音楽賞など、受賞履歴多数。
日本音楽集団ホームページ

藤原道山(尺八)

10才より尺八を始め、人間国宝・山本邦山に師事。東京芸術大学卒業、大学院音楽研究科修了。安宅賞、江戸川区文化功績賞、松尾芸能賞新人賞を受賞。2001年アルバム『UTA』でデビュー以来、これまでに10周年記念ベストアルバム「天-ten-」、山本邦山作品集「讃-SAN-」、ウィーンにてレコーディングを行ったシュトイデ弦楽四重奏団との共演アルバム「FESTA」他計12枚を発表。2007年妹尾武(ピアノ)、古川展生(チェロ)と「KOBUDO-古武道-」を結成、アルバム4枚とDVDをリリースおよびコンサートツアーを行う。ソロ活動では映画『武士の一分』にゲスト・ミュージシャンとして音楽に参加。『敦』(野村萬斎演出)、『ろくでなし啄木』(三谷幸喜演出)などの舞台音楽も手がける。現在、都山流尺八楽会大師範。都山流邦山会、日本三曲協会、江戸川邦楽邦舞の会会員。山本邦山尺八合奏団団員。胡弓の会「韻」、「曠の会」同人。ホリプロ所属。東京藝術大学非常勤講師。

公式ホームページ
http://www.dozan.jp/

KOBUDO-古武道- ホームページ
http://kobudo-otoemaki.com/

市川慎(十七絃箏・十三絃箏)

秋田県生田流箏曲『清絃会』三代目家元足達清賀の息子として生まれる。高校卒業後、沢井忠夫、一恵両氏のもとに内弟子として入門。沢井比河流、一恵両氏に師事。
平成11年度文化庁芸術インターンシップ研修員。同年秋田市芸術選奨を最年少で受賞。
第7回長谷検校記念全国邦楽コンクール最優秀賞、文部科学大臣奨励賞受賞。平成15年度秋田県芸術選奨を受賞。第59回全国植樹祭において天皇皇后両陛下の前で御前演奏。国際交流基金主催のツアー他多数の海外公演をし好評を得る。
グループ「箏衛門」「螺鈿隊」「ZAN」「AUN J クラシックオーケストラ」「WASABI」メンバー。
国立音楽院(渋谷)講師。清絃会副会長。

高橋久美子(作曲)

武蔵野音楽大学音楽教育学科卒業。ピアノ専攻。
クラシックはもとより邦楽、演劇、ミュージカル、映像音楽等ジャンルを超えた作曲活動を国内外で行っている。また邦楽曲においては、必ずその楽器を所有し習得してから創るというスタイルをとっている。これまでに箏、三味線、尺八、琵琶、篳篥、笙、能管、大・小鼓、そして謡等を学ぶ。
作曲を田辺恒弥氏に師事。作曲家グループ<邦楽2010>メンバー、日本歌曲振興会会員、日本音楽集団団員。
http://www.geocities.jp/ktittj/

※公演プログラムより転載

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

高畠一郎 箏 リサイタル ひむかしとりかふ

2012年11月 1日(木)開催
(東京・津田ホール)

今年の話題作「幸魂 奇魂 ―古事記より―」(CD)への参加や、国内外の公演やメディア出演など多彩に活躍している生田流箏曲宮城社・高畠一郎師の箏リサイタルが開催されました。箏曲の二大流派である生田流、山田流の対比と融合をテーマに、山田流からの豪華な賛助出演者を迎え、厳選したプログラムと磨き抜かれた声と演奏で、会場を大いに沸かせました。邦楽評論家の笹井邦平さんのレポートです。

文:笹井邦平

2人のマエストロへのチャレンジ

「三つの断章」
「三つの断章」

生田流箏曲宮城社の高畠一郎師が今年度芸術祭参加公演としてリサイタルを開催する。

中能島欣一作曲「三つの断章」(箏独奏-高畠一郎)。現代箏曲のバイブル的な作品で現代邦楽演奏家のリサイタルでは必ずといっていいほど演奏される人気曲である。キレのある力強いタッチで紡ぎ出される箏の音は響きの良い洋楽ホールに流麗に響き亘り聴衆の耳を釘付けにする。


.
「さしそう光」
「さしそう光」

宮城道雄作曲「さしそう光」(箏本手-高畠一郎、箏替手-田中奈央一)。続いて中能島師と同じく現代邦楽の巨匠で高畠師の音楽の根源となる宮城道雄作品を田中奈央一師と合奏。両師の熱演は宮城作品独特の擬古典的な珠玉の音色を洪水の如く流出させて箏デュオの醍醐味を満喫させる。

古典曲をハイテンションのアンサンブルで

「吾妻獅子」
「吾妻獅子」

峰崎勾当作曲・石川勾当替手手付「吾妻獅子」(三弦替手-高畠一郎、三弦本手-山勢麻衣子)。後半は古典曲でまず山勢麻衣子師との三弦二挺による本調子手事物。『伊勢物語』の在原業平の東下りを導入し業平気取りのイケメンが江戸に下って吉原の遊女と馴染み後朝(きぬぎぬ)の別れを惜しみ扇かざして獅子舞を舞うという内容。眼目の手事の〈砧地(きぬたじ)〉は両師の三弦の音色が際立ち箏とはテイストの異なる深みのある豊かな音色に酔いしれる。


.
「新ざらし」
「新ざらし」

北沢勾当原作・深草検校補作「新ざらし」(箏-高畠一郎、三弦-山登松和)。〈さらし〉とは宇治川で布を水に晒して漂白する作業を音楽化した音型・フレーズ、これが自在に変化してゆく器楽的なクライマックスが聴き処。高畠・山登両師の丁々発止の掛け合いは会場を席巻しテンションが最高潮に達する。

サブタイトルは聴衆へのアプローチ

現代箏曲の2人のマエストロへのチャレンジと古典曲への果敢なアプローチ、そして共演者は全て山田流演奏家-という高畠師のグローバルなリサイタルは邦楽界の垣根を取り払いさらなるステップを見据えている。ただ、サブタイトルの「ひむかしとりかふ」という意味不明のフレーズが気になる。

「これはもちろん〈造語〉でお客様に『これはどんな意味だろう?』と興味を持って頂き、その上で演奏を聴いて頂くことで、ぐっと一歩踏み込んでそれぞれの心の中にイメージをより膨らませることができるのでは-と考えた上での私からお客様へのファーストアプローチと位置づけています」と師は語る。

チラシ・プログラムの写真は5月の金環日食を自ら撮影したもの、〈ひむかし〉とは東の古語で東から昇る太陽に向かって飛翔する鳥影はアンビシャスな高畠師の姿に重なる。

撮影:友正寫眞館

プロフィール

高畠一郎

1982年 伯母より手ほどきを受ける

1987年 箏曲宮城社大師範 砂崎知子に師事

1993年 東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業
第28回宮城会箏曲コンクールにおいて第一位受賞

1995年 日本ベトナム文化交流フェスティバル参加(ホーチミン)
沢井一恵アメリカコンサートツアー参加(ニューヨーク他)

1996年 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程終了
アサヒスーパードライホール・スクエアAにて箏ライブ開催(以後4回開催)

1997年 第53回日本芸術院授賞式において御前演奏
第四回賢順記念全国箏曲コンクールにおいて賢順賞(第一位)受賞

2000年 FM・J-WAVE開局初の邦楽演奏者として出演
砂崎知子と琴ニューアンサンブル団員としてアメリカ公演に参加

2001年 NHK・FM「邦楽百番」出演
地元藤沢にて箏コンサートを開催(以後4回開催)
日本テレビ系列「3分クッキング」テーマ曲を箏バージョンとして編曲・収録、以後毎年放送

2003年 ベトナム縦断コンサートツアー開催(ハノイ・ダナン・フエ・ホーチミン)

2004年 天平楽府メンバーとして中国公演参加(北京・西安・上海)
第28回全国高校総合文化祭・日本音楽部門に於いて、審査員を務める

2005年 テレビ朝日「題名のない音楽会」出演
天平楽府メンバーとして日本国際博覧会「愛・地球博」に参加
あいれふホール(博多)、紀尾井小ホールにてリサイタル「軌跡」開催

2006年 NHK教育「芸能花舞台」出演
紀尾井小ホールにてリサイタル「つたふこころ」開催(文化庁芸術祭参加公演)

2007年 箏曲 三軒会 広島教室開軒
砂崎知子箏コンサート全国ツアーに参加(全14カ所)
紀尾井小ホールにてリサイタル「あさはふる」開催

2008年 NHK・FM「邦楽のひととき」出演
砂崎知子箏コンサート全国ツアーに参加(全5カ所)
紀尾井小ホールにてリサイタル「みくにをりふし」開催(文化庁芸術祭参加公演)
鬼太鼓座ブラジル公演に参加(リオデジャネイロ)

2009年 MFJ主宰 常磐津文字兵衛三味線コンサートに参加(ニューヨーク)
砂崎知子箏コンサート全国ツアー2009に参加(全5カ所)

2010年 アンカラにて新作オペラ公演に参加(トルコにおける日本年事業)
第34回全国高校総合文化祭・日本音楽部門に於いて、審査員を務める
津田ホールにてリサイタル「よろづおとなひ」開催(文化庁芸術祭参加公演)

2011年 国立劇場主催 明日をになう邦舞・邦楽鑑賞会出演
NHK Eテレ「芸能百花繚乱」に出演
砂崎知子箏コンサート全国ツアー2011に参加(全3カ所)

2012年 行徳文化ホールI&Iにて箏曲三軒会演奏会主催
NHK古典芸能鑑賞会出演

 

現在  箏曲宮城社 師範、箏曲 三軒会主宰、砂崎知子と琴ニューアンサンブル団員、
森の会会員、(公社)日本三曲協会会員、市川市ナーチャリングコミュニティーボランティア会員

 

箏・三絃・十七絃・二十絃演奏家 高畠一郎ホームページ
http://homepage2.nifty.com/ichiro3/

※公演プログラムより転載

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

野村祐子 箏リサイタル ―箏の魅力―

2012年10月29日(月)開催
(大阪・イシハラホール)

名古屋を拠点に、流派を越えた多彩な活動で知られる正絃社二代家元・野村祐子師の箏リサイタルが、大阪イシハラホールで行なわれました。古今東西さまざまな楽器との合奏を経験してきた野村師が今回取り上げるテーマは「箏の魅力」。時代ごとに楽曲を厳選して披露された、箏づくしのリサイタルの模様をじゃぽ音っと編集部がお送りいたします。

箏の深さや広さ、美しさを存分に感じたリサイタル

文:じゃぽ音っと編集部

 名古屋を拠点に多彩な活動を展開している正絃社二代家元・野村祐子師の箏リサイタルが、大阪イシハラホールで行なわれた。大きな拍手で迎えられステージにすすみ出た野村師は、静まり返った観客に向け、箏をゆったり力強く弾き始める。

 「みだれ」は近世箏曲の原点、八橋検校の作と伝えられる。「乱輪舌(みだれりんぜつ)」とも呼ばれ、「六段の調」などと同様の段物ながら、独特の多彩な緩急、掻き手(二弦を同時に掻き鳴らす手)といった手法を多用するなど、他の段物にはない異質の魅力を湛えていて、現在もさまざまな解釈で演奏されている。山田流では十二段、生田流では十段に区切って演奏されることが多いが、先代の野村正峰師を継いだ野村祐子師は十二段の解釈による演奏。後世につながる古典の名曲を第一曲に据え、箏リサイタルのオープニングを飾るにふさわしいひと幕となった。

「吉野静」
「吉野静」

 次は、明治期に生み出された箏曲の「吉野静」。義経との別れとなった吉野を舞台に静御前の心情を切々と弾き歌う。作曲者は、いわゆる「明治新曲」の作曲家を多数輩出した菊池(きくいけ)派の出身の菊芳秋調。野村師によれば、「十代のころ私は、幻の名曲と聞いて、母(秀子師)の薦めで、今は亡き父(正峰師)が敬愛しておりました菊武潔先生から教えていただいた」とのことで、野村師が大切にしている一曲。男声域の調性で書かれているので女声域で演奏するための試行錯誤があったそうだが、澄き通った美しい声と豊穣な箏の音色に、観客はすっかり魅了されていた。

 リサイタル後半は現代曲の名曲が並ぶ。宮城道雄作曲「手事」(1947年)からスタート。古来の組歌や一曲目で取り上げた段物「みだれ」の手法と、急緩急のソナタの様式に準じた洋楽の作曲法といった和洋の技法を取り入れた傑作。独奏で箏二面の掛け合いを弾きこなすなど高度の技法を要する曲だが、そういったことをまったく感じさせない流麗な演奏。続いて宮城道雄と並ぶ巨匠、中能島欣一作曲の「三つの断章」(1942年)。名前の通り三つの章からなり、夢幻の境地を思い起こさせる雰囲気、また琴柱(ことじ)の外側の調律されていない弦で掻き鳴らす斬新な手法でも知られている。山田流の丸爪で弾くことの多いこの至高の名曲を、野村師は生田流の角爪で丁寧に音を紡いでゆく。ラストは廣瀬量平作曲「瓔(よう)―箏独奏のための十段―」(1972年)。「瓔」とは瓔珞(ようらく)ともいい、かつてのインドで珠玉や貴金属に糸を通して作った装身具や飾りのこと。「日本とインドのつながりに思いを馳せながら創った」という作曲者の想念が余すところなく注がれて投影された、壮大で幽玄な音の宇宙といえる世界。箏という楽器が持つ深さや広さ、美しさを存分に感じさせる演奏に客席から盛んな拍手が寄せられた。

 ほどなくしてふたたび舞台に現われ、会場に響きわたる拍手のなか箏に向かう野村師。自ら編曲を手掛け、繊細に紡ぎ出された「さくら幻想」は、まるで公演後に味わう素敵なデザートのような余韻として、観客を優しく包み込んでいたに違いない。

関連作品

野村祐子作品集

VZCG-2(CD)
1997年1月22日 発売 
assocbutt_or_buy._V371070157_


.

プロフィール

野村祐子

箏曲作曲・演奏家の両親(野村正峰・秀子)のもと、箏に親しんで育ち、3歳で初舞台、14歳で、箏・十七絃二重奏曲「白い花に寄せて」を発表、以来、自作の90余曲が公刊、CD化。NHK邦楽技能者育成会第22期卒業。1976年より「野村峰山・祐子 箏・尺八ジョイントリサイタル」、1987年より「野村祐子箏リサイタル」、「正絃社合奏団箏コンサート」、このほか正絃社定期公演「春の公演」などを開催。野村正峰作品のソリストとして正絃社公演や各地での演奏に活躍し、流派を越えて作品を広めるほか、オーケストラとの共演、NHK FM放送・TV「芸能花舞台」、学校関係、長栄座の指導、作曲など、本拠地名古屋から全国へ向けて幅広く活動。
名古屋市民芸術祭賞、名古屋市芸術奨励賞など受賞。2002年、野村正峰より正絃社二代家元を継承。(2011年秋、野村正峰逝去)

愛知県立芸術大学・愛知大学非常勤講師
NHK名古屋文化センター箏曲講座講師
愛知芸術文化協会・名古屋三曲連盟理事
現代邦楽作曲家連盟・関西邦楽作曲家協会会員

箏曲正絃社ホームページ

※公演プログラムより転載

樂舍 〜杵屋利光が唄う シリーズ第一弾〜

2012年11月 4日(日)開催
(セルリアンタワー能楽堂)

「第3回 としみつの会」の成果により、文化庁芸術祭において音楽部門の大賞を受賞し、芸境いちじるしい長唄の唄方、杵屋利光さん。今年より“音楽を楽しみ集う館”という「樂舍」と題した新しい公演シリーズの第一回を渋谷のセルリアンタワー能楽堂で開催しました。長唄の醍醐味をたっぷりと味わえた渾身の公演を、邦楽評論家の笹井邦平さんの鋭い視点でお伝えします。

文:笹井邦平

音楽を楽しむシリーズ公演

長唄唄方の杵屋利光師のリサイタルが「樂舍〜音楽を楽しみ集う館」というタイトルで開催された。昨年文化庁芸術祭大賞を受賞し芸境著しい利光師はサブタイトルの如く長唄の魅力・醍醐味を味わう-というテーマでこの公演をシリーズ化し、第一弾は〈狐〉をモチーフとした作品を二番演奏する。

能舞台に溢れる艶と品格

劇神仙作詞・二世杵屋勝五郎作曲「小鍛冶(こかじ)」(唄-杵屋利光・杵屋巳之助・杵屋利次郎、三味線-杵屋三澄・杵家弥七佑美・杵屋三澄那、小鼓-堅田新十郎、大鼓-福原百之助、太鼓-望月太津之、笛-福原寛)。天保3年(1831)9月江戸市村座で澤村訥升(とっしょう)が演じた五変化舞踊曲の一つ、刀鍛冶の三条小鍛冶宗近が稲荷山の狐大明神の加護によって名刀・子狐丸を鍛え上げた-という伝説を長唄に仕立てた作品。能舞台に斜めに置かれた山台に演奏陣が居並び張り詰めた空気の中   稲荷山三つの燈し火明らかに」と利光師のたおやかな鼓唄が響く。宗近が登場する〈セリの合方〉や稲荷大明神と相槌を打つ〈相槌の合方〉など三味線の聴かせ処もふんだんで、利光師以下の艶と品格を兼ね備えた唄が冴え亘る。段切れは止め撥がなく早間の素囃子が付く。これは舞台の稲荷大明神の花道の引っ込みを連想させる利光師の心憎い演出と見た。

技量と気概の充実

竹内道敬氏の狐についてのお話を挟み、掉尾は大曲「三国妖狐(ようこ)物語-天竺壇特山(てんじくだんとくせん)の段・唐土華清宮(もろこしかせいきゅう)の段・日本那須野の段」(唄-杵屋利光・東音味見純・杵屋巳之助、三味線-杵屋三澄・杵家弥七佑美・杵屋三澄那、小鼓-堅田新十郎、大鼓-福原百之助、太鼓-望月太津之、笛-福原寛、蔭囃子-望月秀幸、箏-萩岡未貴)。インド・中国・日本で勢力を誇る権力者の妻や愛妾に化けて国を支配しようと企む古代より伝わる金毛九尾の狐の伝説を長唄化した作品。

〈那須野〉は単独で演奏されることはあるが三段通しての演奏は体力的・技術的に至難の業、利光師は敢えてこの大曲に挑む。〈壇特山〉はダイナミックな運びが際立ち、〈華清宮〉は雅びな古代中国王朝の香りが漂い、〈那須野〉は在郷唄・浜唄が日の本の風情を醸す。

一時間を越す長丁場を利光師以下の演奏陣は培った豊富な技量と凛とした気概でこの大曲のスケールと醍醐味を余すところなく聴かせる。

狐のキャラ映す唄声

竹内氏の弁によれば日本の伝統芸能では狐は概ね妖艶な美女に化け、狸は「分福茶釜」「カチカチ山」などコミカルな話が多いという。利光師のたおやかな唄声はその狐のキャラクターを偲ばせる。

一つ気になるのは演奏者が臆病口から出入りする事、これは「勧進帳」では富樫や家来などワキが出入りする所、今宵のシテは義経・弁慶主従の如く堂々と橋掛かりから登場すべきである。

関連作品

杵屋裕光×利光『寶結』

関連作品

杵屋利光

1967年 杵屋和四蔵の三男として生まれる。

1973年 六歳で杵屋勝五郎師に入門。

1977年 杵屋勝国師に三味線を師事。

1983年 東音宮田哲男師(現人間国宝)に師事。

1986年 杵屋利光の名を許され杵勝会の名取師範となる。

1989年 長唄東音会同人。

1991年 文化庁主催国際文化交流基金(イタリア・ルクセンブルグ・ベルギー・ハンガリー)公演に参加。

1999年〜亀井広忠師、田中傳左衛門師、田中傳次郎師、三兄弟主催による「三響会」に第一回公演より立唄として参加。尾上菊之助丈、市川亀治郎丈、中村七之助丈、野村萬斎師、観世喜正師と共演。現在に至る。

2000年 国立劇場主催による「明日を担う新進の舞踊・邦楽鑑賞会」にて『勧進帳』を演奏。

2004年 プランタン銀座エコールプランタン講師就任。(2012年まで)
歌舞伎公演にて板東玉三郎丈による『桜姫東文章・江の島稚児ヶ淵の場』において独吟で参加。

2005年 文化庁芸術祭参加公演「山田耕筰の遺産『日本の交響楽』を求めて」(芸術劇場)において長唄交響曲『鶴亀』に参加。同作品のCD録音にも参加。
板東玉三郎特別舞踊公演(南座)にて『南の五郎』(中村獅童丈)の立唄として参加。

2006年 初春大歌舞伎(大阪松竹座)にて『春調娘七種』(市川猿弥丈、市川春猿丈、市川段治郎丈)の立唄として参加。
株式会社ハゴロモの制作によるDVD『平家物語』の音楽と朗読に参加。

2007年 長唄東音会・創立五十周年記念男女合同特別公演(国立大劇場)にて天皇・皇后両陛下の御前演奏に参加。

2008年 板東玉三郎特別舞踊公演(大阪松竹座)にて『連獅子』(市川海老蔵丈、尾上右近丈)の立唄として参加。

2009年 CD『寶結』(三曲糸の調、二人椀久収録)を公益財団法人日本伝統文化振興財団より発売。
第一回リサイタル「としみつの会」(紀尾井小ホール)開催。

2010年〜財団法人がんの子供を守る会「ゴールドリボン基金」への寄付を目的とした「三響会特別講演」に立唄として参加。
第二回リサイタル「としみつの会」(紀尾井小ホール)開催。

2011年 公益財団法人新日鉄文化財団主催「江戸音楽の巨匠たち〜人生と名曲〜」第十二回公演において『秋の色種』を立唄として演奏。
第三回リサイタル「としみつの会」(紀尾井小ホール)開催。

2012年 第三回「としみつの会」の成果として第66回文化庁芸術祭大賞を受賞。
エコール・プチ・ピエ銀座講師就任。

現在 演奏会、舞踊公演、歌舞伎公演、NHK放送等に多数出演する一方、河東節では十寸見東治(ますみとうじ)の名でも活動している。社団法人長唄協会、財団法人杵勝会、東音会、十寸見会会員、長唄伯声会主宰。

※公演プログラムより転載

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

第32回伝統文化ポーラ賞奨励賞受賞記念 林 美音子 地歌リサイタル

2012年10月28日(日)開催
(京都府立府民ホール・ALTI)

当財団の邦楽技能者オーディションに合格し、記念CD「柳川三味線/林美音子」を発表。先頃、公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団主催の第32回伝統文化ポーラ賞奨励賞を受賞した柳川(やながわ)三味線の林美音子(みねこ)さん。受賞記念として行なわれた第2回のリサイタルが、客演に京舞井上流五世家元の井上八千代師を迎えて京都で盛大に行なわれました。その模様をじゃぽ音っと編集部がお伝えします。

長く愛されてきた京都生まれの芸能の奥深さ

文:じゃぽ音っと編集部

「残月」
「残月」

 林美音子さんの第2回リサイタルが、京都府立府民ホール・ALTI(アルティ)で行なわれた。今回は伝統文化ポーラ賞奨励賞を受賞しての記念公演となり、会場には多数の観客が訪れていた。開演を迎えた拍手がいったん静まり返ると、京三味線と呼ばれる柳川三味線の二つの音色がゆったりと重なり、おごそかに響きあう。歌・替手に林美音子さん、本手に美音子さんの母、林美恵子さんによる手事物「残月」。有明の月を「残月」といい、若くして世を去った愛弟子の面影を重ねた追善曲で、峰崎勾当の作曲。深い情愛を感じさせる重厚な歌と芯の強い京三味線の音が、静かな明け方の遠い空に向かって響きわたるようだった。手事に入ると一転、音が弾んで明るいムードとなり、愛弟子だった娘の在りし日の面影が映し出されたかのよう。この手事部分は菊吉検校による「三下がり残月」の替手を用いているとのこと。

「たぬき」
「たぬき」

 次に林美音子さんの歌と柳川三味線による「たぬき」。宴席でなかば即興的に披露されたものが現在に伝わり、作物(さくもの)と呼ばれている曲種のなかのひとつ。その内容に滑稽な描写と教訓がこめられたものが多く、曲が成立した当時、日本語で出回っていた「イソップ物語」の影響があったのではと考えられている。水田を荒らす狸を稲守が鉄砲で撃とうとすると、その狸は身重なので助けてほしいと命乞いをする。聞き入れてもらった狸がその礼として、腹鼓を稲守に披露するという筋書きで、曲は稲守のひとり語りから始まる。手事では、飛び跳ね鼓を打つ狸の生き生きとした動きが林美音子さんの京三味線の鮮やかな手さばきで存分に表現され、前半の聴きどころとなった。

休憩をはさみ、端歌物(はうたもの)「雪」。作曲は「残月」と同じく峰崎勾当で、俗世を振り払って出家した元芸妓ソセキの述懐を歌詞にしている。 心も遠き夜半の鐘」という詞のあとに入る「雪の手」という雪の情景を描写するフレーズが他の種目で数多く使われ、端歌物の傑作として名高い一曲。またこうした端歌物は、お座敷で舞とともに演じられることが多い曲種で、今回は客演として京舞(きょうまい)の井上八千代師が舞台にあがる。背後に立てられた屏風と二本の蝋燭が正面左右に配置された舞台に、歌・柳川三味線の林美音子さん、箏の林美恵子さんによる「地」に乗せ、伝統的な座敷舞の形式で披露。京舞とは京都祗園甲部の井上流が伝承する座敷舞のことで、能の仕舞の動きを取り入れた無駄のない舞振りが特色。静かな動きのなかに情感を凝縮したかのような舞は、地とあいまって気高く美しく舞台に映えていた。

 地歌のさまざまなスタイル――手事物、作物、そして端歌物では座敷舞とのコラボレーションで披露された今回のリサイタル。地歌三味線最古の流派である柳川三味線が持つ独特の音色のみならず、追善や宴席、お座敷といったさまざまな場面で長く愛されてきた京都生まれの芸能の奥深さを、あらためて感じさせるものとなった。

撮影:KANKI KASAI(リハーサル時に撮影)

関連作品

プロフィール

林 美音子

幼少期より地歌箏曲の古典を母・林美恵子に、柳川三味線を津田道子師に、現代邦楽を沢井忠夫師に師事。国内のみならず、ポーランド文化芸術省・日本大使館後援公演、中国蘇州市外事弁公室国際交流センター招聘公演など、グローバルな演奏活動を行う。2011年、くまもと全国邦楽コンクールにて優秀賞を受賞。続いて(公財)日本伝統文化振興財団「邦楽技能者オーディション」にて合格記念CD『柳川三味線/林美音子』をリリース(販売元ビクターエンタテインメント)。同年11月、文化庁芸術祭参加公演「林美音子地歌リサイタル」開催。2012年NHK総合『天上の天朝美 京都・修学院離宮』では、屏風画に描かれた三味線を題材に、京文化における柳川三味線の存在価値に焦点が当てられ、出演。「都十二月」を演奏した。同年『アジアの箏の現在CLUMUSICA第6回公演』では初演2作品を演奏。文化庁主催「集まれ!次世代の表現者たち」に出演するなど、柳川三味線の継承を中心に、現代における邦楽の在り方を模索し、新たな境地へと挑戦を重ねている。
また、2010年頃より教育現場における指導にも力を注いでおり、京都教育大学付属桃山小学校の和楽器講師、京都女子大学ゲストスピーカーなどを務め、邦楽を未来に繋ぐ架け橋としての役割も担う。
その他、ラジオ・新聞・雑誌等のメディアでも多数取り上げられる。
2012年、公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団による、第32回伝統芸能ポーラ賞奨励賞を受賞。

林美音子 公式ホームページ http://mineko-h.com/

客演 井上八千代〈京舞〉

京舞井上流五世家元。観世流能楽師片山幽雪(九世片山九郎右衛門・人間国宝)の長女として京都に生まれる。祖母井上愛子(四世井上八千代・人間国宝)に師事。1959年井上流入門。1970年井上流名取となる。1975年学校法人「八坂女紅場学園」(祗園女子技芸学校)の舞踊科教師になる。1999年芸術選奨文部大臣賞。同年、日本芸術院賞受賞。2000年五世井上八千代を襲名。

林 美恵子

生田流京都系で、柳川流三味線の奏者。京都当道会の大師範、京都教育大学の非常勤講師。京都にだけ伝承されている柳川三味線を継承。八重崎検校の流れを汲む京都下派の三好敦子に師事。また、柳川流古典を津田道子に師事。

※公演プログラムより転載

第2回野口悦子 箏 リサイタル〜現代(いま)に伝わる響き〜

2012年9月30日(日)開催
(東京・紀尾井小ホール)

当財団の第7回邦楽技能者オーディションに合格し、CD作品「生田流箏曲/野口悦子」を発表している生田流箏曲家、野口悦子さんの第2回リサイタルが紀尾井小ホールで行なわれました。2006年9月の初リサイタルより6年の歳月を経た今回は「現代(いま)に伝わる響き」と題され、野口さんの研鑽が活かされた多彩な演目で観客を魅了しました。その模様をじゃぽ音っと編集部がレポートいたします。

観客を魅了する名曲の多彩な響き

文:じゃぽ音っと編集部

「秋風の曲」
「秋風の曲」

 九月最後の日曜日。空は明るくも台風が迫る予報も伝わるなか、東京・紀尾井小ホールにはたくさんの観客が詰めかけていた。会主の野口悦子さんは6年前の2006年第7回邦楽技能者オーディションに合格した生田流箏曲家。その2006年以来2度目のリサイタルであり、天候にかかわらず観客の期待はとても大きく感じられた。

 緞帳が上がり、箏独奏〈秋風の曲〉。19世紀前半、天保年間に京都で活躍した光崎検校が作曲した、箏曲復古運動と呼ばれる一連の作品のなかでの代表作のひとつ。前半の箏独奏部と後半の中国の古典、白楽天「長恨歌」をもとにした六歌の組歌からなり、典雅な箏の音色と伸びやかでみずみずしい野口さんの声が映える弾き歌いとなった。

「五段砧」
「五段砧」

 続いて前曲と同じく光崎検校作の〈五段砧〉。本来は箏二面、替手の高音と本手の低音で合奏される曲を、箏(替手)と菅原久仁義師の尺八(本手)で披露。砧物ならではのリズミカルなフレーズと二つのパートの絡み合いが楽しい曲。しなやかで精緻な箏の音色と音量豊かな尺八の包み込むような音色とが徐々に合わさり、緊張感と華やかさを帯びていく演奏に、自然と耳が引き寄せられていく。箏同士とはまたひと味違う共演に、観客からの拍手もひときわ大きく寄せられていた。

 前2曲での光崎検校に続き、現代邦楽の巨匠、杵屋正邦の作品〈十七絃と小鼓のための二重奏曲〉。十七弦に野口さん、小鼓に望月晴美師。ステージ上で対峙する二つの和楽器がさまざまな技法を駆使し、間合いを生かした二つの掛け合いが会場の空気を引き締める。箏よりひと回り大きく音域の広い十七弦、細やかな音の強弱でその場を自在に「囃す」小鼓の組み合わせの妙をあらためて感じさせる一幕となった。

 休憩をはさみ、終曲は〈八重衣〉。この手事物は〈融(とおる)〉〈新青柳〉と並ぶ「石川勾当の三つ物」と称される難曲。いわゆる「小倉百人一首」より「衣(ころも)」の語を含んだ五首を用い、四季の順に並べた歌詞でも知られている。昨年芸術選奨を受賞した砂崎知子師(三弦)の強力な助演を得て、尺八の菅原久仁義師とともに、「百拍子」と呼ばれるほどの高度な技巧を要する後半の手事のチラシもじつに鮮やかに決まっていた。終演を告げる一音の響きがすっと消え入り、一瞬の静寂から観衆に大きな拍手が湧き起こった。

 近世の箏曲復古運動を打ち立てた光崎検校、和楽器の豊かな響きを追求した現代曲の杵屋正邦、そしてかつて箏を習い始めた野口さんが「いつか弾けるようになりたいと思っていた」とプログラムに記す古典の大曲「八重衣」で構成された6年ぶりのリサイタル。これら披露された名曲の多彩な響きは、「現代(いま)に伝わる響き」と題されたリサイタルにふさわしく、いまなお観客を十二分に魅了していた。

関連作品

プロフィール

野口悦子

砂崎知子師に師事。東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。 在学中、ASEAN民族フェスティバルに藝大邦楽科代表として参加し、マレーシア・シンガポールにて演奏。 卒業時、皇居桃華楽堂に於いて、皇后陛下主催の演奏会で御前演奏。 NHK邦楽オーディション合格。第35回宮城会箏曲コンクール第1位、第8回賢順記念全国箏曲コンクール奨励賞、第9回・第12回賢順記念全国箏曲コンクール銅賞受賞。(公財)日本伝統文化振興財団第7回邦楽技能者オーディションに合格し、CD「生田流箏曲 野口悦子」発売。韓国・香港・台湾・ベトナム・ブルネイ・アメリカ等海外公演も多く、国内においては東京・神奈川を中心に自身のリサイタル、コンサートを数多く開催。 現在、全国各地での舞台・ラジオ・テレビ出演、CDレコーディングなどの演奏活動を行うとともに、後進の指導にあたっている。 箏曲宮城社大師範。日本三曲協会会員。森の会会員。砂崎知子琴ニューアンサンブル団員。箏志会会員。

 

砂崎知子

東京藝術大学邦楽科卒業、同大学院修了。宮城喜代子、小橋幹子、上木康江の各氏に師事。東京藝術大学講師、大阪音楽大学教授、洗足学園音楽大学邦楽科客員教授を歴任。1987年文化庁芸術祭賞受賞。1999年大阪文化祭賞受賞。2011年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 国内外における活発な演奏活動により、リサイタルはのべ30回を越す。2006年開軒40周年記念リサイタルを国立劇場にて開催。2007年より全国ツアーで国内29ヵ所を廻る。 1989年ビクターよりソロアルバム「ベストテイク」発売(現在、日本伝統文化振興財団より再発)。また「琴ヴィヴァルディ四季」(東芝EMI)などクラシックを箏で演奏する画期的なCDも手がける。作曲活動にも力を入れ、家庭音楽出版部より作品集出版。2007年から日本コロムビアより宮城道雄作品集シリーズ「春の海」「水の変態」「越天楽変奏曲」を順次発売、邦楽CDランキング1位を獲得。 現在、箏曲宮城社大師範。全国小中学生箏曲コンクール、全国高校生邦楽コンクール審査員。その他NHKテレビ、FMラジオ等で活躍中。

菅原久仁義

12歳より尺八を始め、都山流、琴古流を学び、上京後、横山勝也師に師事。 NHK邦楽技能者育成会第22期卒業。

1977年 全日本三曲コンクール第1位入賞。 1980年 パンムジーク「伝統楽器による現代演奏コンクール」にて独奏部門及び合奏部門ともに第2位入賞。 1995年 ファーストアルバムCD「雨月譜」を京都レコードとフランスのプラヤサウンドより世界発売。(以降CD7枚をリリース) 2008年 シドニーでの尺八フェスティバルにて招待演奏。 2010年 トルコのガズィアンテプ(ジャパンフェスティバル)にてコンサート。 2011年 オーケストラアンサンブル金沢と協奏曲を共演。

現在までに文化庁派遣・国際交流基金派遣などにより海外にて多数公演。またラジオ、テレビなどにも多数出演。流派を超えた教則本、教則ビデオ、教則DVDを制作し尺八界に広く浸透している。また教材用塩ビ尺八「なる八くん」を考案、尺八普及に力を注ぐ。「菅原邦楽研究室」及び「仁の会」主宰。東京、浜松、札幌、川崎、長野にて教授活動。

望月晴美

母、祖母ともに望月流女性囃子方、父は義太夫節の太夫。幼少より囃子の楽器に親しみ、6歳にて初舞台。その後、宗家藤舎せい子に師事し、本格的に囃子を学ぶ。又、長唄を今藤美知、江戸里神楽を若山胤雄に師事。

1988年 東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。
1990年 同大学院音楽研究科修了。
在学中は、邦楽囃子を三世望月左吉、望月太喜雄に、能楽囃子観世流太鼓を観世元信、打楽器を有賀誠門に学ぶ。
2005年 「第一回 望月晴美囃子演奏会」を主催。
2007年 文化庁芸術祭音楽部門参加公演「第二回 望月晴美囃子演奏会」を主催。
同レコード部門参加作品「囃子の音魂」をリリース。
2009年 ニューヨークでの国際芸術見本市APAP参加を含む国際交流基金邦楽米国ツアーに参加。
「第三回 望月晴美囃子演奏会」の成果により、平成21年度文化庁芸術祭音楽部門で新人賞受賞。

※公演プログラムより転載

新・純邦楽ユニット WASABI デビューライブ

2012年6月27日(水)開催
(東京・青山CAY)

今年3月にデビューCD「WASABI」を発表した4人の新・純邦楽ユニット、WASABI。津軽三味線ユニット吉田兄弟の兄・良一郎さんの学校公演プロジェクトとして2008年に発足、WA=和、SABI=サビ(盛り上がり)という意味から命名され、2010年には市川慎さん(箏・十七弦)が加入し、4人組に。日々進化を続ける新進の4人が東京のライブハウス、青山CAY(カイ)にてデビューライブを行ないました。

和楽器の若手4名が集結、記念すべき東京のデビューライブ

文:じゃぽ音っと編集部

 ビル地下にある青山CAYには、用意された席からは溢れるほどの観客が集まっている。そこへ颯爽と現われた4人はオープニング・ナンバー「東雲(しののめ)」をゆったり確かめるようにプレイ、さらにスピーディーな「烈光」が会場を駆け抜け、早くも観客は4人に釘づけ。太鼓の美鵬直三朗さんが柔らかい語り口でMCをきりだし、各メンバーの温かいMCを聞いていると、間近でこうした生の演奏が聴けるうれしさとあいまって、その一挙一動にひき寄せられる。

 続いて尺八の元永拓さん作曲の「航海」の心洗われるメロディ、さらにWASABI全員が作曲した「ZERO」。津軽三味線のフレーズだけの導入部に始まり、尺八、箏、鈴の音が絡みあった、和楽器個々の特色を生かしたインタープレイはジャズのようでもあった。市川慎さん作曲「紅蓮(ぐれん)」はメインのメロディを尺八が担い、他の楽器との一体感があるグルーヴ感たっぷりのナンバー。

 こうしたWASABIらしさを感じさせる3曲ののち、MCで結成から今までの経緯が語られる。民謡界で交流のあった吉田良一郎さんと美鵬直三朗さんに、尺八の元永拓さんで学校公演を中心にWASABIがスタート、さらなる可能性を箏・十七弦の市川慎さんの加入に見い出し、ついに4人が集結。それまでの学校公演での生徒たちとの温かい交流のうかがえる話に続き、生徒たちの前で披露しながら独自のアレンジに昇華してきた「ふるさと」が披露される。ゆったりとした、どこか沖縄の三線を思わせる津軽三味線のイントロから、尺八と三味線で流れるおなじみのメロディ、ハープのような箏の美しい響き、笛など小物を駆使した音の彩りが添えられ、耳を傾けているとアンサンブルの美しさに胸を打たれる。

「KOKIRIKO」
「KOKIRIKO」

 「朝霧」は結成初期からのナンバーで、津軽三味線を軸に、尺八と三味線のコール・アンド・レスポンスやロックのリフに通じるフレーズを織り交ぜた、鋭くしなやかなサウンド。そこへ田楽の流れを汲んだ日本で最古の民謡といわれる「こきりこ節」をモチーフにした「KOKIRIKO」がたたみかける。各メンバーのソロ・パートをリレーでつなぎ、観客からの大きな手拍子を得て、会場はお祭りのように賑やか。

 次の市川慎さん作曲の「イレブン」、吉田良一郎さん作曲の「NEMURE」はどちらも新曲。曲の名前は暫定的とのことだが、セッションを軸に曲を熟成させていこうという思いが感じられる。現段階での「イレブン」のクールな響きや、「NEMURE」の穏やかで広がりのある響きは、どこか現代音楽やアンビエント・ミュージックに通じるモダンな印象を受け、今後が楽しみな一幕となった。

WASABI
WASABI

 ラスト・ナンバーは「光耀(こうよう)」。津軽三味線、箏、尺八、太鼓のソロ・リレーが心地よく、ソロの直後、会場からはジャズ・コンサートのような拍手も。そして全員が一丸となった演奏に観客の耳がいっそう集中して聴き入っていた。終演後の拍手は鳴り止まず、アンコールへ。

 アンコールは、音楽をWASABIが担当し、このたび7月4日にブルーレイディスクでリリースされた戦国ブログ型朗読劇「SAMURAI.com 叢雲-MURAKUMO-」より「MURAKUMO」。4つの和楽器による、ドラマティックな響きが印象的だった。そして「この曲からWASABIが始まったと思います」と吉田良一郎さんが語り、ふたたび「烈光」へ。4人の繰り出す音が風や光のように会場を駆け巡り、観客の惜しみない拍手や歓声とともに、記念すべき東京のデビューライブの締めくくりを飾った。

関連作品

WASABI

VZCG-762(CD)
2012年3月21日 発売 
assocbutt_or_buy._V371070157_


.

プログラム

  • 東雲(しののめ)
  • 烈光(れっこう)
  • 航海(こうかい)
  • ZERO
  • 紅蓮(ぐれん)
  • ふるさと
  • 朝霧(あさぎり)
  • KOKIRIKO
  • イレブン(新曲)
  • NEMURE(新曲)
  • 光耀(こうよう)

〈アンコール〉

  • MURAKUMO
  • 烈光

プロフィール

WASABI

津軽三味線ユニット吉田兄弟の兄、吉田良一郎が自身の学校公演プロジェクトとして、元永拓(尺八)、美鵬直三朗(太鼓・鳴り物)と2008年に活動を開始。2010年に市川慎(箏・十七絃)が加入し、“WASABI”となる。吉田兄弟らとの特別公演“和の祭典”、朗読劇“一期一会”「マクベス」、戦国ブログ型朗読劇「SAMURAI.com 叢雲 -MURAKUMO-」などに参加。2012年3月には待望のファーストアルバムを発表。WA=和、SABI=サビ(盛り上がり)という意味合いから命名。

吉田良一郎(よしだ・りょういちろう/津軽三味線)Yoshida Ryoichiro

5歳で三味線を手にし、その後、津軽三味線と出会う。弟・健一と共に数々の津軽三味線の大会で入賞を重ね注目される。吉田兄弟として1999年にメジャーデビュー、2003年には全米デビューを果たす。コンサート活動を続ける中で感じた「このままでは民謡も、和楽器も衰退してしまう」という危機感から、伝統音楽の良さを伝えるための学校公演に取り組む。これがWASABIの出発点となる。

元永 拓(もとなが・ひろむ/尺八)Motonaga Hiromu

4歳からヴァイオリン、中学生ではトロンボーン、高校ではギターを手にする。一方で、幼少から少年時代を海外で過ごし、“和”に憧れを持つようになる。大学の邦楽サークルで尺八を手にし、馴染んできた“演奏すること”と“和”がつながる。NHK邦楽技能者育成会第44期生に合格後、師匠について技術を一から学び直す。

市川 慎(いちかわ・しん/箏・十七絃)Ichikawa Shin

生田流箏曲「清絃会」家元の家に生まれるが、中学からギターを始める。TVで後の師匠となる箏奏者がギター音楽を思わせるオリジナル曲を演奏するのを観て衝撃を受け、高校卒業後、沢井比河流氏、沢井一恵氏の門下に入る。内弟子としての毎日は想像以上に厳しかったが、その後コンクール入賞やリサイタル出演などで若手演奏家として注目される。

美鵬直三朗(びほう・なおさぶろう/太鼓・鳴り物)Bihou Naosaburo

中学、高校と美鵬流創始者である祖父の稽古場へ通ったが、嫌々取り組む毎日で怒られてばかりいた。一度、民謡の世界から離れるが、太鼓が嫌いではない自分に気づき再び取り組む。今は、美鵬流を学びたいという人に自分の持っている技術を渡していくことが、“美鵬”の名を残すことにつながると考えている。

吉田桐子(『WASABI』ライナーノーツより抜粋)

WASABI公式ホームページ
http://yoshida-brothers.jp/rroom/
WASABI公式Facebook
http://www.facebook.com/wasabi.official