全国劇場・音楽堂等アートマネジメント研修会2013特別プログラム

口語訳による日本音楽の新しいエンターテインメント 邦楽オラトリオ ―「幸魂奇魂―古事記より」―

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(2)たび重なる偶然、震災と古事記1300年

藤本
もうひとつ大きいポイントとして、我々の世代にはおなじみの「ルビーの指環」や松田聖子さんの曲などさまざまな楽曲の作詞家として著名の松本隆先生にこの全詞を書きおろしていただきましたが、どういう経緯からなのですか?
貴生
今から6年ほど前、舞踊家さんから邦楽として詞は松本隆さん作曲は私にという依頼をいただきました。それが「静」という静御前を題材にした舞踊曲で、国立劇場でやりました。それがご縁で松本先生に気に入っていただいたんです。以来ずっとお付き合いがあって、詞を口語体にしたいというときに、そうだ、僕にはいい先生がいるじゃないかと思い、お話をしました。
藤本
で、すぐお受けいただいた?
貴生
熱く語るしか先生を口説くことができないと思い、自分の思いのたけをぶつけたところ、書くと言っていただいたんです。
藤本
その古事記をテーマにした作品「幸魂 奇魂」が、ちょうど去年編纂1300年のタイミングにあたりましたね?
貴生
これも後になるとお恥ずかしいのですが、僕は1300年というのをまったく知らなかったんです。これは足がけ4年かかっていますので、2012年にできたのも本当にたまたまです。ある新聞の取材で2012年が1300年にあたる年だと知ったぐらいでしたが、2011年の震災のこと、いろいろな奇遇、何かそういうことを信じているわけじゃないんですが、偶然がたび重なって。もともと「三番叟(さんばそう)」を口語体にしようと思っていたんです。
藤本
そうなんですか。
貴生
「三番叟」っていうのは能の演目にあって我々の五穀豊穣を祈る、儀式で扱う大切な演目で、非常にポピュラーな古典中の古典ですが、これを口語体にしようと思って先生に資料を持っていったところ、これならいっそ古事記をやって我々の神々の話にしたほうがよいと、もうひとつ大きな意味で先生はとらえられたんですね。そんなご提案をいただきました。
藤本
その詞ができたときと2011年の震災というのが、少しタイミングがあっていたというか……
貴生
藤舎貴生さん
藤舎貴生さん

そうですね。詞をいただいたのが震災の4日前で、先生は本当にご苦労なさったんです。当初3ヵ月で書くとおっしゃっていたのが、倍の半年になって。先生も調べて勉強すればするほど我々の神様の話だから、いい加減なことが書けなくなって、梅原猛先生の本を始めいろいろな本何冊もお読みになったそうです。詞をいただきようやくこれからというときに震災が起きたものですから、今度は僕が曲を作れなくなりまして。余震がすごかったので曲を作ろうと思うと家が揺れる、僕の住まいは停電区域に入っていたものですから、作ろうと思うと停電になるといったありさまでまったく集中できず困りました。それを察した先生が出雲へお参りに行こうとおっしゃって。「震災は日本にとって不幸な話だけれど、古事記を取り上げるという意味では非常にタイムリーだと思う。これは我々にとっての鎮魂の作品にしなければ」と励ましていただき、それからようやく書くことができました。

藤本
震災の頃に詞ができて、作品が完成するまでにはどれくらいを要しているんですか?
貴生
最終の録音までに2011年の12月いっぱいかかりました。CD2枚組で約2時間近くありますが、少し特殊な録り方をしたんです。録音はちょうど13日まるまるかかっているんですが、曲を作る前に実は染五郎さん、若村さんの朗読を先にスタジオで録音しています。ひとつのテイクに僕のイメージで4、5パターンずつを録り、すべてで120テイクくらいになりました。そこから自分の想像していた音を作りながら録音していきました。これだけ大きな作品になると、曲を最初から作ってすべてを録ってしまうと詞とあわなかったときにどうしようもないんですね。ですからひとつずつ足固めをしていき、録音と作曲に足かけ8ヵ月かかっています。

(記事公開日:2013年03月07日)