樂舍 〜杵屋利光が唄う シリーズ第一弾〜
2012年11月 4日(日)開催
(セルリアンタワー能楽堂)
「第3回 としみつの会」の成果により、文化庁芸術祭において音楽部門の大賞を受賞し、芸境いちじるしい長唄の唄方、杵屋利光さん。今年より“音楽を楽しみ集う館”という「樂舍」と題した新しい公演シリーズの第一回を渋谷のセルリアンタワー能楽堂で開催しました。長唄の醍醐味をたっぷりと味わえた渾身の公演を、邦楽評論家の笹井邦平さんの鋭い視点でお伝えします。
文:笹井邦平
音楽を楽しむシリーズ公演
長唄唄方の杵屋利光師のリサイタルが「樂舍〜音楽を楽しみ集う館」というタイトルで開催された。昨年文化庁芸術祭大賞を受賞し芸境著しい利光師はサブタイトルの如く長唄の魅力・醍醐味を味わう-というテーマでこの公演をシリーズ化し、第一弾は〈狐〉をモチーフとした作品を二番演奏する。
能舞台に溢れる艶と品格
劇神仙作詞・二世杵屋勝五郎作曲「小鍛冶(こかじ)」(唄-杵屋利光・杵屋巳之助・杵屋利次郎、三味線-杵屋三澄・杵家弥七佑美・杵屋三澄那、小鼓-堅田新十郎、大鼓-福原百之助、太鼓-望月太津之、笛-福原寛)。天保3年(1831)9月江戸市村座で澤村訥升(とっしょう)が演じた五変化舞踊曲の一つ、刀鍛冶の三条小鍛冶宗近が稲荷山の狐大明神の加護によって名刀・子狐丸を鍛え上げた-という伝説を長唄に仕立てた作品。能舞台に斜めに置かれた山台に演奏陣が居並び張り詰めた空気の中 稲荷山三つの燈し火明らかに」と利光師のたおやかな鼓唄が響く。宗近が登場する〈セリの合方〉や稲荷大明神と相槌を打つ〈相槌の合方〉など三味線の聴かせ処もふんだんで、利光師以下の艶と品格を兼ね備えた唄が冴え亘る。段切れは止め撥がなく早間の素囃子が付く。これは舞台の稲荷大明神の花道の引っ込みを連想させる利光師の心憎い演出と見た。
技量と気概の充実
竹内道敬氏の狐についてのお話を挟み、掉尾は大曲「三国妖狐(ようこ)物語-天竺壇特山(てんじくだんとくせん)の段・唐土華清宮(もろこしかせいきゅう)の段・日本那須野の段」(唄-杵屋利光・東音味見純・杵屋巳之助、三味線-杵屋三澄・杵家弥七佑美・杵屋三澄那、小鼓-堅田新十郎、大鼓-福原百之助、太鼓-望月太津之、笛-福原寛、蔭囃子-望月秀幸、箏-萩岡未貴)。インド・中国・日本で勢力を誇る権力者の妻や愛妾に化けて国を支配しようと企む古代より伝わる金毛九尾の狐の伝説を長唄化した作品。
〈那須野〉は単独で演奏されることはあるが三段通しての演奏は体力的・技術的に至難の業、利光師は敢えてこの大曲に挑む。〈壇特山〉はダイナミックな運びが際立ち、〈華清宮〉は雅びな古代中国王朝の香りが漂い、〈那須野〉は在郷唄・浜唄が日の本の風情を醸す。
一時間を越す長丁場を利光師以下の演奏陣は培った豊富な技量と凛とした気概でこの大曲のスケールと醍醐味を余すところなく聴かせる。
狐のキャラ映す唄声
竹内氏の弁によれば日本の伝統芸能では狐は概ね妖艶な美女に化け、狸は「分福茶釜」「カチカチ山」などコミカルな話が多いという。利光師のたおやかな唄声はその狐のキャラクターを偲ばせる。
一つ気になるのは演奏者が臆病口から出入りする事、これは「勧進帳」では富樫や家来などワキが出入りする所、今宵のシテは義経・弁慶主従の如く堂々と橋掛かりから登場すべきである。
■関連作品
■関連作品
杵屋利光
1967年 杵屋和四蔵の三男として生まれる。
1973年 六歳で杵屋勝五郎師に入門。
1977年 杵屋勝国師に三味線を師事。
1983年 東音宮田哲男師(現人間国宝)に師事。
1986年 杵屋利光の名を許され杵勝会の名取師範となる。
1989年 長唄東音会同人。
1991年 文化庁主催国際文化交流基金(イタリア・ルクセンブルグ・ベルギー・ハンガリー)公演に参加。
1999年〜亀井広忠師、田中傳左衛門師、田中傳次郎師、三兄弟主催による「三響会」に第一回公演より立唄として参加。尾上菊之助丈、市川亀治郎丈、中村七之助丈、野村萬斎師、観世喜正師と共演。現在に至る。
2000年 国立劇場主催による「明日を担う新進の舞踊・邦楽鑑賞会」にて『勧進帳』を演奏。
2004年 プランタン銀座エコールプランタン講師就任。(2012年まで)
歌舞伎公演にて板東玉三郎丈による『桜姫東文章・江の島稚児ヶ淵の場』において独吟で参加。
2005年 文化庁芸術祭参加公演「山田耕筰の遺産『日本の交響楽』を求めて」(芸術劇場)において長唄交響曲『鶴亀』に参加。同作品のCD録音にも参加。
板東玉三郎特別舞踊公演(南座)にて『南の五郎』(中村獅童丈)の立唄として参加。
2006年 初春大歌舞伎(大阪松竹座)にて『春調娘七種』(市川猿弥丈、市川春猿丈、市川段治郎丈)の立唄として参加。
株式会社ハゴロモの制作によるDVD『平家物語』の音楽と朗読に参加。
2007年 長唄東音会・創立五十周年記念男女合同特別公演(国立大劇場)にて天皇・皇后両陛下の御前演奏に参加。
2008年 板東玉三郎特別舞踊公演(大阪松竹座)にて『連獅子』(市川海老蔵丈、尾上右近丈)の立唄として参加。
2009年 CD『寶結』(三曲糸の調、二人椀久収録)を公益財団法人日本伝統文化振興財団より発売。
第一回リサイタル「としみつの会」(紀尾井小ホール)開催。
2010年〜財団法人がんの子供を守る会「ゴールドリボン基金」への寄付を目的とした「三響会特別講演」に立唄として参加。
第二回リサイタル「としみつの会」(紀尾井小ホール)開催。
2011年 公益財団法人新日鉄文化財団主催「江戸音楽の巨匠たち〜人生と名曲〜」第十二回公演において『秋の色種』を立唄として演奏。
第三回リサイタル「としみつの会」(紀尾井小ホール)開催。
2012年 第三回「としみつの会」の成果として第66回文化庁芸術祭大賞を受賞。
エコール・プチ・ピエ銀座講師就任。
現在 演奏会、舞踊公演、歌舞伎公演、NHK放送等に多数出演する一方、河東節では十寸見東治(ますみとうじ)の名でも活動している。社団法人長唄協会、財団法人杵勝会、東音会、十寸見会会員、長唄伯声会主宰。
※公演プログラムより転載
笹井邦平(ささい くにへい)
1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。
(記事公開日:2012年11月23日)