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黒川真理[雅瞳]箏リサイタル〜今を生きる〜

2009年10月25日(日)開催
(東京・紀尾井小ホール)

一昨年、当財団の第8回邦楽技能者オーディションに合格、CDを発表した黒川真理さんは、積極的な公演活動を展開していらっしゃいます。先ごろ10月25日に東京・紀尾井小ホールで行なわれたリサイタルは「今を生きる」と題し、古典から現代に連なる箏曲の流れが一望できる充実したものとなりました。

古典から現代に連なる箏曲——明確なテーマを持ったリサイタル

文:星川京児

「讃歌」
「讃歌」

近年、邦楽奏者の層がきわめて厚くなったような気がする。多くの若手が古典から現代曲に精通し、またそれぞれの個性を磨き上げている。いわゆる発表会やおさらい会ではないリサイタルが多いのもその表れだろう。特に、秋のシーズンでは集中し、時に日程が重なり合って行き先を選ぶのに苦労することもあるほど。

もっとも、この激戦区、勝ち残るには様々な戦略が必要で、ある者は古典回帰、またある者は楽器の極限に挑むべく、新作に打ち込む。またその橋渡しを試みる者もいる。いずれにせよ百花繚乱。聴く方にとっても嬉しいことである。

箏の黒川真理が今回選んだのは近年の箏曲に多大な足跡を残した5人の作曲家というテーマ。こうやって並べて聴くことの少ない作品を一度に聴けるのはありがたい。

「箏三絃二重箏曲」
「箏三絃二重箏曲」

沢井忠夫の「讃歌」から始まり杵屋正邦の「箏・三絃二重奏曲」。そして中能島欣一は「三つの断章」。最も現代音楽的なセンスを感じさせるのが肥後一郎の「乱恋譜〜古今和歌集による〜」。最後は作詞・作曲者不詳ながら箏手付を宮城道雄という地歌の「尾上の松」。

これが一堂に会すことによって、まさに古典から現代に連なる箏の変遷がパノラマのように広がってくる。

いかにも沢井らしい柔らかな繊細さ。なによりポピュラリティ抜群の楽曲センスでまずは聴衆の耳を引きつける。この曲をトップに持ってくるという戦略にまずは脱帽。

「三つの断章」
「三つの断章」

杵屋子邦の三絃を迎えてのデュエットは、これぞ長唄という洒脱に富んだもので、曲の難しさを感じさせない。これもまた邦楽の本流であることを感じさせてくれる作品である。ある意味最もジャパネスクな作品かもしれない。

真ん中に演奏された中能島作品は、山田の現代箏曲として忘れてはならないもので、名曲は流派を超えての財産であることをあらためて確認させてくれる。沢井作品との対比という意味でも興味深い。

古今和歌集に題を採った肥後作品は、きわめて邦楽的なアプローチを試みているようでいて、モチーフの扱いや歌と演奏の強弱を駆使し、作品に見事な立体感を与えている。そこでの音と和歌との融合の仕方は、現代に生きる人間にしか創り得ない世界といってよいだろう。歌がクレシェンドしてくるパートなど、歌曲というより演劇的な空間が立ち上がってくるようだ。徐々にクレシェンドしてくる所などもちょっとした鳥肌もの。

「尾上の松」
「尾上の松」

地歌ファンにはお馴染みの作品を宮城の手付という視点で捉えた最終曲は、三絃に師の深海さとみを迎えたもので、楽曲の骨格は十二分。なんとも雅な旋律と、“やらやらめでたや〜”という詞で舞台を締めくくるというのは、これぞ祝儀曲の典型。ステージそのものの演出も心憎い。プログラムの演目いずれも演奏家はもとより、聴衆にも緊張感を求める作品の並びながら、ふっと和ませてくれる包容力が、この曲が本来かなりの大曲であることを一瞬忘れそうになるほど。

どんなに巧くても、やはりステージにはテーマが必要。すでに名曲のステータスを持った作品でも、あるべき位置で弾かれてこそとの感を強くした。

撮影:間野真由美

 

プログラム

讃歌(沢井忠夫 作曲)

 箏:黒川真理

箏・三絃二重奏曲(杵屋正邦 作曲)

 箏:黒川真理 三絃:杵屋子邦

三つの断章(中能島欣一 作曲)

 箏:黒川真理

乱恋譜〜古今和歌集による〜(肥後一郎 作曲)

 箏:黒川真理

尾上の松(作詞・作曲者不詳 箏手付 宮城道雄)

 箏:黒川真理 三絃:深海さとみ

関連CD

黒川真理

富山県出身。幼少より母・黒川雅皓(生田流正派大師範)に手ほどきを受け、2歳で初舞台。
東京藝術大学音楽部邦楽科生田流箏曲専攻卒業。同大学院修士課程音楽研究科修了。
NHK邦楽技能者育成会を卒業し、NHK邦楽オーディション合格。
文化庁新進芸術家国内研修員として人間国宝・故藤井久仁江師に九州系地歌を師事し、以後、深海さとみ師に箏三絃を師事する。
第30回国際芸術連盟新人オーディション審査員特別賞、奨励賞受賞。
賢順記念全国箏曲コンクール銅賞受賞。
北陸邦楽コンクール奨励賞、(財)石川県音楽文化振興事業団理事長賞受賞。
長谷検校記念くまもと全国邦楽コンクール奨励賞受賞。
平成17、18年度文化庁芸術祭参加「黒川真理独奏会」開催。以降毎年リサイタル開催。
国立劇場主催「明日を担う新進の舞踊・邦楽鑑賞会」出演。
平成18年度「北日本新聞芸術選奨」受賞。
平成19年度(財)富山県ひとづくり財団より「とやま賞」受賞。
(財)日本伝統文化振興財団主催 第8回邦楽技能者オーディション合格、同財団よりCD発売。
第14回長谷検校記念 くまもと全国邦楽コンクール「最優秀賞・文部科学大臣奨励賞」受賞。
NHK教育テレビ、芸能花舞台「今輝く若手たち」に出演。
富山県文化功労「文化分野」表彰。
射水市市政功労「イメージアップ部門」表彰。
チェコ(エステート国立劇場)、モナコ(サル・ガルニエ国立劇場)出演を含め、ハンガリー・イタリア・フランス・韓国など、海外公演多数。

現在
黒川邦楽院学院長、生田流正派大師範(雅号、雅瞳)、(財)射水市文化振興財団理事
箏・三絃を深海さとみ氏に、荻江節・河東節を山彦千子氏に師事。
森の会会員、正派合奏団、あいおいの会、会員。
グループ音鳥’s 2003年結成し、2009年7月 1stアルバム「星月夜」発売。
Duo「真結」 2005年結成し、目白庭園を中心に積極的にライブを行う。

黒川真理 official web site
http://www.k-hougakuin.jp/mari/

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

第49回 三好芫山 尺八リサイタル

2009年10月20日(火)開催
(東京・紀尾井小ホール)

京都を拠点にワールドワイドな活動で知られる都山流の尺八奏者、三好芫山師。来年開軒50周年を迎える芫山師が、2009年10月20日東京・四ツ谷の紀尾井小ホールで第49回にあたる尺八リサイタルを行ないました。都山流の本曲を含む、古典曲中心のプログラムで観衆を魅了したその模様をお伝えします。

本来のフィールドでの曲想が異なる3曲のリサイタル

文:中山久民

笙と尺八の為の小品「虚音(うつろね)」
笙と尺八の為の小品「虚音(うつろね)」

都山流の尺八奏者、三好芫山(みよし・げんざん)の第49回目となるリサイタルが、珍しく東京で行なわれた。京都を拠点にし、海外と東京が等距離にあるといった印象の活動ぶりで、クラシック音楽やジャズなど異ジャンルとのコラボレーションを積極的に展開してきているが、今回は芫山本来のフィールドならではの曲想が異なる3曲構成のナマ演奏が聴けた。

1曲目は、東京では初演となる雅楽の芝祐靖に委嘱した作品、笙と尺八の為の小品「虚音(うつろね)」。その芝が興した伶楽舎の笙奏者である東野珠実との二重奏で、空洞を吹きぬける息音が徐々に尺八ならではの楽音へと変容していく様子に面白味が感じられる。笙の音色が同系統のリードを持つアコーディオンの音色かと錯覚するように奏でられていく。時おり今では懐かしくさえある現代音楽曲などを思い起こさせるフレーズが聴こえたりもする。意外なほど淡々とした曲調で、荘子〈注1〉の「虚から音を生む」をきっかけにし、「日本書紀第一(天地開闢〈注2〉)」を想い描いた「虚音」には、叙情といった人の情や思いは薄いが、混沌から形態を持つようになる変容を感じさせるものだった。

2曲目の都山流本曲「寒月」は、都山流の流祖である中尾都山による曲で、厳冬の夜空に凍りつくように冴えわたる寒月をイメージして作られている。これを芫山はステージの中央に座っての尺八独奏で聴かせる。尺八曲の魅力でもある寒々とした寂寥の漂う演奏で、月の白光が土塀とその内から枝を伸ばしている梅花を照らしている光景を想像させる。その時、ふとワタシの好きなエドワード・ホッパー〈注3〉の油絵「ナイトフォークス(夜鷹)」に見られる都会の深夜の寒々とした寂寥と疎外感を感じさせる情景を思い出していた。それとの落差を楽しむというか、欧米の光をとらえる感性との違いといったものを面白く感じ、そして異質の寒々とした光景の描かれている様子が浮かんできた。その白い月の光に照らしだされる極寒の光景は、モノクロ映画などで観たような記憶もあり、さまざまな光景を思い出させる演奏だった。

地歌「新青柳」
地歌「新青柳」

3曲目は石川勾当作の地歌「新青柳」で、歌・三弦が藤井昭子、箏が渡辺明子、尺八を三好芫山という編成による演奏。後に八重崎検校が箏の手を付けた技巧的な手事(器楽演奏)ものの難曲といわれるだけに、ついバンド演奏の感覚で聴いてしまった。乱暴で的外れかもしれないが、箏をピアノに、三弦がギター、尺八がベースといった感じで聴いていると、抑制された尺八演奏が曲を支えていきながら触媒となるような展開をみせるのにビックリ。“洩れ来る風の匂い来て”や“これは老たる柳の色も狩衣の風折も”と歌われた後に続く手事に、三曲というバンド演奏ならではの面白味を実感。10年ほど前、女優、山岡久乃の告別式(築地本願寺)で地歌が流されていたのを聴いて以来、艶っぽい物語りを引用する妙と手事にみられるバンド・サウンドとしての技巧に魅了されていただけに嬉しくさせられた。

注1 荘子・・・
中国の思想家。
注2 天地開闢(てんちかいびゃく)・・・
世界のはじまり、初めのこと。
注3 エドワード・ホッパー(Edward Hopper)・・・
20世紀アメリカの具象絵画を代表する一人。

出演者プロフィール

三好芫山

京都市出身。12歳のとき都山流・富井舜山に入門。1971年大師範となり、1983年、尺八界最高の称号である「竹琳軒」を允許される。国際交流基金等の文化使節として、アメリカ、中国、モロッコ、中近東を訪問。さらに海外からの招聘で、ドイツ、フランス、スペイン、アメリカ、カナダ、オーストラリア等、数多くの公演を行い、喝采を博している。日本の伝統文化を継承するにとどまらず、クラシック音楽、ジャズ、ロックとのクロスオーバー等ジャンルを超えて、尺八の楽器としての可能性の追求に情熱を燃やして代表する尺八奏者。
1970年、大阪府文化奨励賞、
1985年、京都市文化芸術協会賞受賞。
公式HP:http://www.genzan.co.jp

藤井昭子

幼少より、祖母阿部桂子、母藤井久仁江に箏、三弦の手ほどきを受ける。九州系地歌箏曲演奏家として、国内のみならず、文化庁、国際交流基金等の派遣により海外でも多くの演奏を行う。又、現代における伝統音楽の継承と古典の新たな可能性を追求する場として地歌ライブを2ヵ月毎に開催し伝承曲70曲を演奏する。
文化庁芸術祭新人賞日本伝統文化振興財団賞
伝統文化ポーラ奨励賞を受賞

渡辺明子

幼少より、母菊池千恵子に手ほどきを受けその後、阿部桂子、藤井久仁江に師事する。九州系地歌箏曲演奏家として、活躍する他NHK邦楽技能者育成会を卒業し現在は藤井昭子と共に海外の公演、放送等めざましい活躍をしている。

東野珠実

国立音楽大学作曲学科首席卒業。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修了・義塾長賞受賞。雅楽を芝祐靖、豊英秋、宮田まゆみに師事。ISCM、ICMC、国立劇場作曲コンクール第一位、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、日本文化芸術奨励賞等国内外にて入賞・受賞。89年より笙奏者として国立劇場公演はじめ、タングルウッド音楽祭、ウィーンモデルン等、国内外の公演に参加。Yo-Yo MA主宰“The Silk Road Project”(EU/USA)、今藤政太郎、梅若六郎、坂本龍一、山下洋輔らの招聘を受け、創作・演奏を通じ多様な活動を展開。ソロ活動の他、雅楽団体・伶楽舎に所属。“From the Eurasian Edge”を主宰。
公式HP:http://www.shoroom.com

中山久民

『CDジャーナル』元編集顧問。タウン誌『新宿プレイマップ』編集部を経て、『美術手帖』で批評連載を始める。音楽之友社の『オン・ブックス』シリーズをきっかけにミュージック・マガジン社、講談社、音楽出版社などで音楽書&音楽誌の編集プロデュース作業を行なう。著書に『多量な音の時代』(音楽之友社)、『プロフェッショナル・ロック』(共著・キョードー東京)がある。

杵屋裕光 第二回納涼浴衣会 夢の競演

 

2009年7月13日(月)開催
(東京・日本橋劇場)

 

昨年、豪華なゲストを迎え、エレクトリックとアコースティックなサウンドを融合させた力作『地球→日本』を発表した、長唄三味線奏者・杵屋裕光さん。“第二回 納涼浴衣会夢の競演”と題したコンサートが7月13日の昼夜二回、日本橋劇場にて行なわれました。さまざまな趣向で観客を大いに沸かせたまさに“夢”の競演。夜の部のコンサート・レポートをお送りします。

豪華なメンバーによる現在進行形フュージョン・サウンド

文:じゃぽ音っと編集部

邦楽に“唄”と名の付くものは数多い。小唄、端唄、長唄……馴染みがないと区別がつきづらいかもしれない。こうした“唄”が付くもののなかでも、長唄は柔軟で間口が広い。江戸時代、歌舞伎の隆盛とともに人口に膾炙し、お座敷へ。また日本舞踊の伴奏音楽として親しまれ、昨今でも時代劇映画のバック・ミュージックに使われるなど、舞台を飛び出し、お茶の間へと広がっていった生粋のポップ・ミュージック。そんな長唄のおいしいさまざまな要素を詰め込み、普通の邦楽では実現し得ない豪華なメンバーが集まったコンサートが、この“杵屋裕光 第二回納涼浴衣会 夢の競演”なのだ。

「舌出し三番叟(さんばそう)」
「舌出し三番叟(さんばそう)」

会はいわばアコースティック・サイド、エレクトリック・サイドの二部構成。司会は山田邦子。NHK『いろはに邦楽』のナビゲーターを務めたのがご縁ですとのこと。コミカルな司会ぶりで会場に笑いを誘い、ステージ前や合間の待ち時間を見事に忘れさせてくれる。

アコースティック・サイドの幕開けは、裕光の甥・安達琳太郎さん、姪・安達友音さんを立方に、囃子に人間国宝・堅田喜三久、堅田新十郎、安倍弘朗の三代揃いぶみという「舌出し三番叟(さんばそう)」。五穀豊穣、天下泰平を祈って舞う能の「翁」を題材にしたご祝儀曲「三番叟」もののひとつで、立方のキャストといい、華やかな内容といい、最高の出だし。

「縮緬浴衣(ちりめんゆかた)」「吉野山」
「縮緬浴衣(ちりめんゆかた)」「吉野山」

次に細棹三味線とシンセサイザーによる新感覚端唄「縮緬浴衣(ちりめんゆかた)」。恋する女性の心情を映し出した唄に、細棹とシンセサイザーがしっとりと寄り添っていく。そこへさらに情感深い端唄「吉野山」(歌舞伎や人形浄瑠璃の演目『義経千本桜』四段目より)が続き、夏のせつない夕涼みの気分が味わえた。

「勧進帳」
「勧進帳」

そして大一番の「勧進帳」「二人椀久」へ。長唄、三味線、御囃子、笛の大編成は、舞台音楽の長唄ならでは。勇壮な掛け声と間を巧みに取り入れた御囃子のアンサンブル。スピーディで流麗なフレーズに目を見張る三味線。そして全身を振るわせて響き渡る唄が結集したダイナミックなサウンドに、観衆はただただ圧倒。山田邦子も「勧進帳」では三味線演奏で加わり、華を添える。

「二人椀久」
「二人椀久」

いよいよエレクトリック・サイド。CD『地球→宇宙』でのバッキングはプログラミングされていたが、今回はなんと生バンドのバッキング。しかも、渡辺香津美のギター、鳴瀬喜博のベース、菅沼孝三のドラムス、CDではプログラミングで参加した盟友、小西貴雄のキーボードという日本のジャズ/フュージョン界でこれ以上ありえないほどの布陣。そこへ『地球→宇宙』に参加した人間国宝の山本邦山、堅田喜三久が参戦。さらに本会に参加したメンバーも加わり、“大・大団円”に雪崩れこんでいき、そのあまりに豪華な取り合わせに観衆は驚きと興奮に包まれつつ、終会。最後におまけとして、三味線での「禁じられた遊び」(ギターでおなじみ)を皮切りに和洋新感覚セッション風のメンバー紹介も楽しい余韻となった。

強靭なエレクトリック・ファンク・サウンドに負けない、しなやかでエッジの利いた長唄の世界。江戸時代から現在まで、大衆文化の広がりとともに日本のさまざまな音楽を集約し発展させ、親しまれてきたのと同じく、今後も現在進行形のフュージョン・サウンドとして発展していく可能性はけっして夢ではない、そんな心持ちになる華やかなステージだった。

関連CD

地球→日本

VZCG-660(CD)
2008年2月20日 発売 
assocbutt_or_buy._V371070157_


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寶結

VZCG-697(CD)
2009年1月21日 発売 
assocbutt_or_buy._V371070157_


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杵屋裕光 第二回 納涼浴衣会夢の競演 番組

舌出し三番叟[文久九年(1812年) 作詞:二代目 桜田治助 作曲:二代目 杵屋正治郎]
縮緬浴衣[平成二十一年七月 初演 作詞・作曲:六九家裕光]
吉野山
二人椀久[安永三年(1774年) 作曲:錦屋金蔵]
勧進帳[天保十一年(1840年) 作詞:三代目 並木五瓶 作曲:二代目 杵屋六三郎]
地球
千鳥
水の行方
稲妻
(以上CD『地球→日本』より)
光線

杵屋裕光 第二回 納涼浴衣会夢の競演 出演者(順不同/敬称略)

人間国宝・堅田喜三久(鳴物) 杵屋利光(長唄) 安達琳太郎 安達友音(以上舞踊) 安倍弘朗 堅田新十郎(以上鳴物) 花季登喜葉(端唄) 人間国宝・山本邦山(尺八) 渡辺香津美(ギター) 鳴瀬喜博(ベース) 菅沼孝三(ドラムス) 小西貴雄(キーボード)
東音味見純 杵屋巳之助(以上長唄) 今藤長龍郎 杵屋勝十朗 杵屋裕太郎(以上三味線) 堅田喜三郎 望月秀幸(以上御囃子) 鳳声晴久(笛)
三味線/司会・山田邦子

第十三回日本伝統文化振興財団賞贈呈式

2009年5月28日(木)開催
(アイビーホール青学会館)

一昨年より副賞のCD制作がDVDに発展、音楽だけでなく伝統芸能分野全般にわたる日本伝統文化振興財団賞。今年の受賞者・遠藤千晶さんは生田流箏曲演奏家で、先日5月9日の“遠藤千晶箏リサイタル−凜−soloist−”ではオーケストラと共演するなど、今後のさらなる活躍が期待されています。国内外からの来賓が多数参列し、盛大な贈呈式となりました。

鮮やかで生き生きとした色彩の音で魅了

文:じゃぽ音っと編集部

ビクターエンタテインメントの基金を元に平成5年発足。16年もの長い間、日本の伝統音楽、伝統文化の振興に携わってきた日本伝統文化振興財団。降りしきる雨のなか、国内のみならず、海外からの来賓も多数迎え、13回目となる日本伝統文化振興財団賞の贈呈式が行なわれた。わが国の伝統文化の保存、振興、普及を目的とする顕彰事業の一環として、伝統芸能分野で将来いっそうの活躍が期待されるアーティストを毎年1名顕彰している。今回の受賞者は遠藤千晶さん。生田流箏曲演奏家として、古典から現代曲まで幅広いレパートリーへの意欲的な取り組みと、すぐれた演奏成果に大きな期待が寄せられている。

「私たちが参加しております〈歴史的音盤アーカイブ推進協議会〉は、大正から昭和30年くらいまでの5〜10万曲に及ぶ日本のSPレコードをデジタル化し、音源の将来にわたる保存、公開を目指しています」と語る財団・藤本草理事長の挨拶で式はスタート。その後、日本レコード協会会長の石坂敬一氏、文部科学大臣政務官の浮島とも子氏、渋谷区長の桑原敏武氏、衆議院議員の小宮山泰子氏、環境大臣の斉藤鉄夫氏、参議院議員の山口那津男氏という錚々たる来賓の祝辞が華やかな会に次々と添えられていく。

昭和初期日本ビクターが設立されるとその専属芸術家となり、邦楽の素晴らしさを世に広めた巨星・宮城道雄が、今から60年以上前に日本と西洋の技法を巧みに融合させた《手事》。この21世紀でもそれはけっして風化することなく、鮮やかで生き生きとした色彩で紡ぎ出されていた。終演での大きな拍手は、実際に目の前の演奏に聴き入っていた来賓一人一人の心のなかから自然と発現した渦だったに違いない。

受賞者の声

編集部
おめでとうございます。受賞のご感想をお聞かせください。
遠藤
受賞のお知らせを聞いて非常にびっくりして、うれしくお受けしたのですけれども、そのあとだんだん賞の重みをひしひしと今感じているところです。
編集部
お稽古を始めたきっかけを教えてください。
遠藤
母が福島でお箏の師匠をしていて、3歳からお箏を弾いていました。幼稚園に入って周りのお友達も加わり、グループ・レッスンを楽しく続けてきて、中学校に入学して東京の砂崎知子先生のところに通うようになりました。そのお稽古で自分はまだ子供でしたが、子供扱いをしなかったんです。お箏を一緒に弾いてくれるものと思っていましたが、「はい、どうぞ」って、とにかく最初から最後まで一曲を弾かせるんですね。それで悪いところを指摘されるっていう緊張感が強烈でした。実際にカセットテープで録って、初めて自分の音とちゃんと向き合うことになって……。ですから、お稽古の本当の厳しさを知ったのは中学生になってからです。「どうしてこの道に入ったか」とよく訊かれるのですが、砂崎先生が私の地元の演奏会で若い演奏家を連れていらしたんですね。先生はもちろんのこと、自分に近い素敵な人たちを見て、こういう風になりたいという憧れから始まって。こうなりたい、これかっこいい、これやりたいと思うことをただひたすらやってみようと思ってきたんです。
編集部
ご自身が結成されたクリスタルラインノーツのいきさつは?
遠藤
大学院を出たあと、福島でお稽古をやりながらコンサートに出ていると、年の若いお弟子さんが集まってきました。お弟子さんたちの一年一年の成長に対し、発表する場を設けたいと思ったんです。それから少しかっこいい、たとえば英語の名前をつけることで若い人たちのモチベーションを上げ、楽しく演奏できる曲を選び、興味のなかった方にも裾野を広げる活動を思いついたんです。お箏がもっと身近にあって、ピアノと同じようにみなさんが習ってもいいと思うのですが、お箏にゆかりのない人でも入門してくれるようになったので、結成した意味があったと思っています。
編集部
先日のリサイタルのテーマ(凜−soloist−)はどんなきっかけで生まれたものでしたか?
遠藤
以前、ある方のお手紙に「凜とした舞台姿が…」とあって「凜って言葉はすごくいいな」と思いました。今までのリサイタルのテーマも一文字で、「凜」を辞書で調べたら、態度や姿がひきしまってという以外に、声や音がよくひびくさまとあって、自分の想いとつながったんです。
編集部
ソロに加え、オーケストラとの共演もあり、素晴らしいリサイタルでしたが、実際にどんなお気持ちでしたか?
遠藤
一昨年の「挑み」は楽しかったのですが、今回は幸せだなあと。紀尾井ホールでのお客さまとのいい緊張感があって、一体になった感じでした。素晴らしい空間で好きな曲を好きなように弾く。すごく満たされた幸せな気持ちで、なんだかもったいないなと思いました。
編集部
最後に今後ご活動されるにあたり、夢や目標がありましたら教えてください。
遠藤
やりたいことをただやるだけではなく、伝えるとかつなぐという役割を一端でも担っていきたい。そのためにもっと学びの時間を作らなくてはいけないと考えるうえで、今回の受賞はすごくいいきっかけだと思うんです。リサイタルでの洋楽とのコラボレーションは、私にとって初めての経験でしたし、ソリストとしてすべてが勉強になって、本当にはじめの一歩でした。それからいろいろな方が協力してくださり、こうしたリサイタルができたことで、やりたい気持ちさえあればできる、夢を持っていこう、と若い人たちに伝えられる人であれたらいいな、と思っています。
編集部
ありがとうございました。
遠藤千晶プロフィール

福島県福島市出身。
3歳より母・遠藤祐子に箏の手ほどきを受ける。
12歳より砂崎知子氏に師事。
東京藝術大学音楽学部邦楽科生田流箏曲専攻卒業。
同大学院修士課程音楽研究科修了。
第21回宮城会主催全国箏曲コンクール演奏部門児童部第一位受賞。
大学卒業時には、卒業生代表として、皇居内桃華楽堂にて催された皇后陛下主催音楽会にて御前演奏。
第41回NHK邦楽技能者育成会卒業演奏会においては、コンサートミストレスを務める。
NHK邦楽オーディション合格。

2002 第8回長谷検校記念全国邦楽コンクールにて最優秀賞(全部門第一位)ならびに文部科学大臣奨励賞受賞。
「遠藤千晶箏・三絃リサイタル」を東京、福島にて開催。
2003 1stCD[水晶の音](邦楽の友社)をリリース。発売に合わせて、福島コミュニティー放送主催にてソロコンサートを行なう。
2004 門下生による[CRYSTALLINE NOTES]を結成。
ベトナム・ハノイにて行なわれたASEM(アジア・欧州首脳会合)に先立つ参加各国文化祭に日本代表として出演。
2007 「遠藤千晶箏リサイタル−華−」を福島にて開催。
「遠藤千晶箏リサイタル−挑み−」を紀尾井小ホールにて開催。その演奏に対して、第62回文化庁芸術祭新人賞を受賞。
2008 国立劇場主催公演「明日をになう新進の舞踊・邦楽鑑賞会」に出演。
母との共催で、妙祐会40周年記念箏曲演奏会を開催。
2009 東京シティフィル・ハーモニック管弦楽団を招いて(指揮・本名徹次)「遠藤千晶箏リサイタル−凜 soloist−」を紀尾井ホールにて開催。
第13回日本伝統文化振興財団賞を受賞。

現在、生田流箏曲宮城社師範。宮城合奏団団員。日本三曲協会会員。森の会会員。グループ“彩”メンバー。箏ニューアンサンブル団員。胡弓の会「韻」同人。妙祐会副会主。遠藤千晶とCRYSTALLINE NOTES(CCN)主宰。

高野山の声明 修正会 真言声明の会

2009年2月21日(土)開催
(東京オペラシティコンサートホール)

仏教式の讃美歌といえる“声明(聲明)”。スピード感のある節回し、力強い祈りの言葉が特徴的な高野山の声明=“南山進流聲明”を、天下泰平・五穀豊穣を祈る正月行事“修正会(しゅしょうえ)”を通して伝える公演が行われました。今回は儀式としても音楽としても素晴らしい南山進流聲明の世界をレポートします。

声の持つ根元的な力を感じる“祈り”の歌

文:星川京児

声が荘厳に響くホールの内部
声が荘厳に響くホールの内部

もっとも古い歌の一つに“祈り”がある。何かがうまくいかなかったり、不幸があったりした時、思わず声を出して、超自然の存在に祈ってしまうというのは十分に理解できる。あるいは逆の場合もそうだろう。宗教が大きくなるにつれ、祈りの形も整えられ、複雑化してゆき、高度に音楽化してくるのも必然なのだ。

キリスト教がグレゴリアン・チャント(注1)を生み、音楽は否定していても、実際にはきわめて複雑な旋律を持つものも多いイスラーム。仏教でも、スリランカやインドシナで信仰される上座部仏教の透き通った美しさは筆舌に尽くしがたい。またチベット仏教の数学的ともいえそうな緻密な構造。いずれも言葉こそ違え元は仏の教え、教典を唱える梵唄(ぼんばい)である。

真言宗の開祖・弘法大師(空海)の絵が掲げられたステージ
真言宗の開祖・弘法大師(空海)の絵が掲げられたステージ

2月21日の真言声明の会「高野山の声明」は東京オペラシティコンサートホールで行われた。クラシック用ホールの殿堂のような場所である。当然、響きは素晴らしい。どの位置にいても音が偏ることなく伝わってくる。ホールそのものが楽器として機能している。

演目(といってよいのか)は正月に行われる修正会。といっても仏教発祥の地インドの正月だから旧暦である。中心となるのは、僧侶が民衆に代わって罪過を懺悔し、その功徳で国家安泰、五穀豊穣を願う儀式だ。これを仏教では悔過儀式といって、きわめて重要なポジションを占めている。時期こそずれるが、あの東大寺の“お水取り”も悔過というと重要性が判ってもらえようか。

今回はステージに壇上が設けられ、作法に則って粛々と執り行われた。声明といえども時に動きは激しく、鐘や杖も登場すれば、移動の音も音楽としてアクセントを付けている。何より、役割別の袈裟や蓮の花弁を象った紙を散らす散華(さんげ)のように、視覚的にも飽きさせない。見事な音響と映像のスペクタクルとなっている。何より厳しい修行の成果であろう、統制のとれた合唱と切れのよい動きが心地よい。導師の方はいうまでもない。

独唱というか導師の経に続いて、ユニゾンで合唱が被ってくるところなど、イスラーム神秘主義のジクルを思わせる迫力も持つ。こういったコール・アンド・レスポンスを聴くと、世界各地の民謡など芸能の原点をみるような感もあるのだ。もちろんここまでの洗練はないとしても、きっかけになったことは十分に考えられる。

聲明だけを流して聴けばシンプルなメロディ・ラインなのだが、ふっと耳に残る語尾や音の跳躍部分を取り上げると、かなり細かい音程のコントロールも多い。パンフレットにある声明の『聲明類聚』(注2)をみると、ほとんど図形楽譜。五線譜では表せない複雑な音構造を持っているようだ。独特の発声法も含めて、形にするのは時間がかかりそうである。

今回はホール公演。時間も限られれば動きも制約されているはず。とはいえ、普段滅多に目にすることのできない声明。それも高野山。その一部に触れるだけでも有難い。

そして何より天井から降りてくる声のシャワーが心地よい。身も心も洗われるというのはこのことか。信者であろうがなかろうが、こういった生理的な効用には共通する部分が多い。人はその感動に“何か”をみてしまうのだろうという実感がある。

いずれにせよ歌=声の持つ根元的な力を納得する場でした。

写真提供:NPO法人SAMGHA
写真撮影:鳥居 誠

注1 グレゴリアン・チャント
ローマ・カトリック教会の単旋律・無伴奏の宗教音楽

注2 『聲明類聚』
聲明を伝習する際に用いられる教科書。正式名称は『南山進流聲明類聚附伽陀』。

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

人形と浄瑠璃で紡ぐ愛の物語 壺坂観音霊験記

2009年2月14日(土)開催
(銀座28’s Live 昼夜2回公演)

「人形と浄瑠璃で紡ぐ愛の物語 壺坂観音霊験記」(「沢市内」から「山の段」まで)が、2月14日 銀座28’s Liveで、女流義太夫と八王子車人形という顔合わせで上演されました。女流義太夫はふだん人形のつかない素浄瑠璃で聞かせますが、今回はたいへん狭い会場ながら、華やかな舞台が人形のために工夫されました。

主催者である女流義太夫の竹本越若さんによれば、「壺坂観音霊験記」は結婚3年目の夫婦の危機とその回避、そして二人の愛を確かめ合う物語で、バレンタインデーにはふさわしい演目とのこと。義太夫節にはめずらしいハッピーエンドの愛の物語を、人形と浄瑠璃でたっぷりと楽しませてくれました。

(「じゃぽ音っと」編集部)

第14回藤井泰和地歌演奏会

2008年11月 4日(火)開催

(紀尾井小ホール)

九州系地歌の伝統を受け継ぐ、数少ない演奏家として知られる藤井泰和師。2008年11月4日紀尾井小ホールで開かれた第14回藤井泰和地歌演奏会は、同じルーツの流れを汲む実力派の演奏家が揃い、難度の高い「石川勾当の三つ物」全曲に挑むという注目度の高いリサイタルとなりました。その模様をお届けします。

文:波多一索

藤井泰和師
藤井泰和師

紀尾井小ホールで藤井泰和師の第14回地歌演奏会が開かれた。芸術祭参加。日本伝統文化振興財団後援。師は、九州系地歌の古典を受け継ぐ現在数少ない演奏家。名手の祖母・阿部桂子師、母・藤井久仁江師に箏三絃を師事、銀明会三代目家元として活躍中です。

一昨年の会では京風手事物「松浦検校の四つ物」全曲を取り上げ話題となりましたが、今回は歌三絃ともに難度の高い「石川勾当の三つ物」に挑戦する。「キャリアと体力のバランスの取れた」今の年頃だからこそ可能な企画と申せます。前回同様、同じ芸系ルーツを持ちながら、現在はそれぞれ独自な活躍を続けている個性の異なる箏の助演者、米川敏子、野坂操壽、岩田柔柯の3師を迎え、会主との異色の顔合わせとあって、開演前から会場は期待で熱気につつまれていました。

「新青柳」 左:米川敏子師、右:藤井泰和師
「新青柳」
左:米川敏子師、右:藤井泰和師

1曲目は、「新青柳」。三絃が藤井師、箏が米川敏子師。老い朽ちた柳の精が、遊行の僧の回向を受けて報謝の舞を舞う謡曲の「遊行柳」を主題とした本調子手事物です。箏の手付けは八重崎検校。二つある手事(間奏部分)の、前半は「源氏物語」の恋物語を、後半は柳の精のイメージを描いています。

米川敏子師
米川敏子師

古典といえども、現代の演奏家の手にかかれば自ずと今の感覚がともなうのは当然で、助演の米川師は年代も会主に一番近く、手事などは互いに刺激しあい競い合いながら、それでいてきらびやかな合奏が心地よい幕開けでした。


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photoB-01
「八重衣」 左:野坂操壽師、右:藤井泰和師

2曲目の「八重衣」は、三絃が藤井師、箏が野坂操壽師。「百人一首」の中から「衣」の語が含まれる和歌を5首選び、石川勾当が作曲、八重崎検校が箏の手付けをしたもの。

野坂操壽師
野坂操壽師

野坂操壽師は、これまで現代的な箏曲の表現を追求してきた演奏者として知られ(以前にこの曲の手事に野坂師が箏、三絃のカデンツアを加えた演奏があります)、古典の枠を踏まえながら、切れ味のよい箏の一音一音の個性的な響きにその特色が伺われます。二つの手事の砧の描写、「百拍子」など音の流れにドラマチックなメリハリがあり、やや速めの音色の異なる両者の気迫に満ちた掛合いに圧倒されました。加えて、藤井師の高音の美しい歌唱がいつもながら見事な演奏でした。


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「融」○ 左:岩田柔柯師、右:藤井泰和師
「融」○
左:岩田柔柯師、右:藤井泰和師

3曲目は、演奏の機会の少ない「融」。三絃が藤井師、箏がベテランの岩田柔柯師。源融(みなもとのとおる)は名高い伊達男で、歌枕で有名な奥州塩釜の浦にあこがれ、六条河原院の邸内にその風景を模した庭園を造り、日ごと難波の海から汐を運ばせて焼くという凝りようでした。

岩田柔柯師
岩田柔柯師

融の没後は、さびれて省みる人もいない邸内に、旅僧が寝ていると、融の大臣が貴公子の姿で現れ、名月のもと舞を舞う謡曲の「融」の話に石川勾当が作曲。箏の手付けは市浦検校と伝えられます。岩田師のはっとするような箏の音色の美しさに秋の静かな夜景が浮かび上がり、会主の三絃をやさしく包み込む。幽玄な能の世界にふさわしいしっとりとした古典的演奏が、充実した終曲に相応しい内容でした。

同じ地歌の曲ながら、助演者の組み合わせによってこれほど演奏の印象が変わるものかと改めて感じさせるリサイタルでした。

写真はリハーサル時のもの(○は公演中)

藤井泰和(ふじいひろかず)

幼少より祖母阿部桂子、母藤井久仁江に箏の手ほどきを受け、後に祖母より三絃の手ほどきをうける。

1983 東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。
1985 同大学院修了。諏訪に於いて連続五年間コンサートを開催。
1986 NHKオーディション合格。国際交流基金の派遣により、ロサンゼルス、バンクーバー等アメリカ・カナダ各地巡演。以後、1988年~99年にかけ、欧米各国を重ねて巡演。
1993 第一回藤井泰和箏曲地歌演奏会を開催。以降、2008年まで十四回開催。
1995,1996 高崎芸術短期大学講師。
1997 国立劇場にて、祖母阿部桂子一周忌追善演奏会を母と共催。
2000,2001 坂東玉三郎特別公演に出演、全国各地で公演
2001 国立劇場にて、祖母が創立した銀明会七十周年記念演奏会を母と共催。
2002 国立劇場にて、親子三人の演奏による第一回三楽会を開催。
三月よりライブ形式の「地歌の会」を開始、現在まで全国で全二十二回を開催。
CDアルバム「藤井泰和の三弦」(ビクター)をリリース。
2003 国立劇場演芸場にて、第二回三楽会を開催。
名古屋中電ホールにて、母藤井久仁江の人間国宝認定記念演奏会を開催。
2004 第九回リサイタルに対し、平成十五年度文化庁芸術祭新人賞を受賞。
2005 芸歴四十周年、開軒二十周年記念演奏会を日本橋公会堂で開催。
2006 五月銀明会創立七十五周年記念演奏会を国立劇場で開催。
それを機に銀明会三代目家元を襲名。
2007 第十二回リサイタルに対し、平成十八年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞。
2008 四月国立劇場にて、祖母阿部桂子十三回忌、母藤井久仁江三回忌追善、ならびに藤井泰和銀明会会長襲名披露演奏会を開催。

その他、FM放送、CD録音等で高い評価を受けるほか、全国七都市の稽古場で後進の指導に当たっている。九州系地歌演奏家。銀明会会長。日本三曲協会参与。生田流協会理事。

藤井泰和official website http://www.hirokazu-jiuta.jp/

波多一索

昭和31年日本ビクター入社。主に古典芸能レコードの制作を担当。「箏曲と地歌の歴史」「雅楽大系」「能」「狂言」「武満徹の音楽」等のレコードで芸術祭賞受賞。平成5年(財)ビクター伝統文化振興財団(現・日本伝統文化振興財団)理事長。現在、(社)義太夫協会会長、(社)東京都民踊連盟会長、(社)日本小唄連盟副会長ほか。

2008 宮下秀冽 箏・三十絃リサイタル

2008年11月 3日(月)開催
(東京証券会館ホール)

毎年恒例の二世宮下秀冽による“三十絃”を中心としたリサイタルが本年も開催されました。豪華共演者を迎えた趣向を凝らした楽曲、箏とは異なる特性を持つ三十絃の魅力を十全に引き出した演奏――。そんな現代邦楽の可能性に迫った素晴らしいステージの模様をレポートします。

「箏の枠を超えた三十絃」

文:星川京児

53年前に初世・宮下秀冽によって考案されたという三十絃。大きさではその26年前に宮城道雄が開発した八十絃なんて凄いものがあるが、実用楽器としては最大の箏であろう。低音部17絃と高音部の13絃の二部構造。というと、通常の十三絃と十七絃を併せたものと思われるかもしれないが、聴いたイメージは大きく異なる。これはもう別の楽器である。

まずはトータルな楽器の響きが違う。ハイトーンは限りなく透明感を強調し、それだけに低音部は存在感を増す。加えて十七絃を超える太いゲージにより、打弦奏法のようなパーカッシブな衝撃音を生み出す。時に、ピアノの内部奏法(注)のような異空間まで創出してしまうのだから、これはもう箏の拡大版というより、独立した楽器。目を瞑って聴いていると、爪弾いているというより、両手を使っての打弦鍵盤楽器のような趣もある。
 それだけに奏者の力量が問われることは、言うまでもない。
 宮下秀冽の【箏・三十絃コンサート】は、半世紀をかけて蓄積されたこの楽器の響きを十二分以上に引き出している。もちろん、箏曲家・宮下秀冽の魅力を微塵も減じるものではない。

尺八・藤原道山を迎えた「夜の調」
尺八・藤原道山を迎えた「夜の調」

コンサート冒頭を飾るのは初世・宮下秀冽による『夜の調』(1943年)。作曲者が言うところの「古典本曲風の虚無僧尺八と新歌謡風旋律を融合した器楽曲」。第一楽章「さし昇る月」から「月下の舞」、「小夜曲」。最終章の「踊より眠りへ」は、一幅の絵を見るような心持ち。戦時下にあってこそ、生まれた平和と日本的な静寂感なのかもしれない。尺八に平成の名手・藤原道山を持ってきたのも演出の妙といえよう。

三十絃による「白神山地」
三十絃による「白神山地」

ここから三十絃。現代邦楽界きっての名作曲家、故・長澤勝俊の『白神山地—三十絃によるブナの森のうた—』(1998年)では、三楽章に分けて四季を描き分ける。たぶんに映像的であるが故に、この楽器ならではの響きの濃淡が鮮やかだ。

初お披露目となった「音づれ」
初お披露目となった「音づれ」

邦楽器としてのDNAをたっぷりと聴かせたかと思えば、休憩を挟んで、新進気鋭の作曲家・高橋久美子による『音づれ—三十絃独奏のための—』(2008年)が始まる。ここでは時に意表を突く絃の響振が心地よい。パンフレットの作曲者解説には「まず最初に三十絃を体験させて頂き、度々“音を聴く”ことを繰り返し、秀冽先生と相談したうえでの『音づれ』は生まれたのです」とある。いわゆる洋楽系作曲者への委嘱作品にありがちな、楽器の可能性への過剰な思い入れ、それ故の違和感がないのはそのためだろう。作品の面白さだけでなく、楽器そのものとしての可能性をも感じさせるのも成果。

「さらし幻想曲」。三絃・杵屋栄八郎、尺八・青木彰時との共演。
「さらし幻想曲」。三絃・杵屋栄八郎、尺八・青木彰時との共演。

締めは箏で、巨星・中能島欣一による名曲『さらし幻想曲』(1943年)。奇しくもというか、初世と合わせて同じ年の作品である。三絃に杵屋栄八郎、フルートを尺八に代えて青木彰時を迎えての快演。リズミカルな楽章の絃に挟まれた叙情的な管の第二楽章。これぞ『日本の四季』(もちろんヴィヴァルディの『四季』との対比です)といいたくなるカタルシスは、まずコンサートとして見事。こういうセンスはもっと邦楽界も取り入れて欲しい。楽器も演奏家もまだまだ少ないだけに、どうしても三十絃に耳が行ってしまいがちだが、現代邦楽の作品レベルの凄さを、改めて認識させられたステージでありました。

注 内部奏法
鍵盤を押さえて演奏するのではなく、ピアノの弦を直接指で弾いたり打楽器の桴(バチ)などで叩いたりする特殊奏法。

プログラム

  1. 夜の調
    作曲:初世宮下秀冽
    [箏]宮下秀冽/[尺八]藤原道山
  2. 1998年委嘱
    白神山地 -三十絃によるブナの森のうた-
    作曲:長澤勝俊
    [三十絃]宮下秀冽
  3. 2008年委嘱・初演
    音づれ -三十絃独奏のための-
    作曲:高橋久美子
    [三十絃]宮下秀冽
  4. さらし幻想曲
    作曲:中能島欣一
    [箏]宮下秀冽
    [三絃]杵屋栄八郎/[尺八]青木彰時
二世 宮下秀冽 プロフィール

幼少より父初世宮下秀冽より箏曲を学ぶ

満3歳にて初舞台をふむ

1958年 東京新聞主催、文部省(現文部科学省)、日本放送協会後援、第9回邦楽コンクールにおいて、宮下秀冽作曲「花」の演奏により三曲児童部第一位入賞
NHKより初放送される
1965年 東京芸術大学音楽部入学、人間国宝中能島欣一師に箏曲を学ぶ
1967年 東京芸術大学優秀賞、安宅賞を受賞
1968年 東京芸術大学卒業
NHK邦楽技能者育成会終了。NHK優秀賞受賞
NHK「今年のホープ」に選ばれ、NHKテレビに出演する
1972年 「宮下たづ子箏リサイタル」の成果により芸術選奨文部大臣新人賞を受賞
日本、インド文化交流芸術団員としてインド各地を訪問、ガンジー首相に謁見
1985年~1990年 NHKテレビ、FM放送に度々出演
「宮下秀冽作品集」全13巻(ビクターレコード)の録音実施
1991年 CDアルバム「邦楽演奏家Best Take 宮下たづ子」(ビクター)発売
1992年10月 「’92宮下たづ子 箏・三十絃リサイタル」開催(北とぴあ)
1993年10月 「’93宮下たづ子 箏・三十絃リサイタル」開催(浜離宮朝日ホール)
秀冽社初代家元宮下秀冽の遺志により、秀冽社二代家元を継承
1995年1月 山田流協会より「宮下家元」の認証を受ける
1995年11月 「’95宮下たづ子 箏・三十絃リサイタル」開催(三越劇場)
1996年11月 「宮下たづ子改メ二世宮下秀冽襲名箏曲記念演奏会」開催(有楽町朝日ホール)
CDアルバム「二世宮下秀冽襲名記念 三十絃/宮下秀冽」(ビクター)発売
1997年11月 「二世宮下秀冽 ’97 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
1998年11月 「’98 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(国立劇場小劇場)
1999年10月 「初世宮下秀冽七回忌 追善演奏会」開催(日刊工業ホール)
CDアルバム「宮下秀冽作品集 第1集」発売(ビクター)
2000年12月 「2000 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(国立劇場小劇場)
2001年11月 「2001 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
2002年2月 アメリカ合衆国ブッシュ大統領来日、大統領夫人歓迎会(赤坂迎賓館)にて演奏を披露
2002年11月 「2002 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
2003年11月 「2003 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(朝日生命ホール)
2004年11月 「2004 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(abc会館ホール)
2005年10月 「2005 宮下秀冽三十絃リサイタル」開催(北とぴあ)
2005年11月 「初世 宮下秀冽追善 宮下秀冽作品鑑賞会」開催(北とぴあ)
2006年10月 「2006 宮下秀冽 箏 三十絃リサイタル、箏曲演奏会」開催(北とぴあ)
2007年11月 「2007 宮下秀冽箏曲演奏会」開催(東京証券ホール)
2007年11月 「2007 宮下秀冽 箏・三十絃リサイタル」開催(紀尾井小ホール)

現在 秀冽社家元紫線会会長
   東京藝術大学非常勤講師
   十文字学園、星美学園、神田女学園箏曲講師
   山田流箏曲協会理事、日本三曲協会参事、新潮会、東洋音楽学会会員

箏曲 宮下秀冽 オフィシャルサイト http://www.shuretsu.com/

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

中村明一 虚無僧尺八の世界 京都の尺八I 虚空 第15回リサイタル

2008年10月28日(火)開催
(紀尾井ホール)

自ら開発した循環呼吸法による超絶技巧の尺八で知られる中村明一。“虚無僧尺八の世界”をシリーズで手がけているリサイタル第15回目の今回は、“京都の尺八Ⅰ”と題し、2008年10月28日紀尾井ホールにて行なわれ、大盛況となりました。技巧のみならず、その境界をも超えたスケールの大きいリサイタルをレポートします。

「虚無僧の思いを現代に伝える中村明一」

文:藤本国彦

中村明一
中村明一

 スロー・ハンド。これは、速弾きなのに、まるで手がゆっくり動いているように見えることから付けられたロック・ギタリスト、エリック・クラプトンの異名だが、スロー・ハンドとは、かなりの技術を要することをいとも簡単にやってのける表現方法だと言い換えてもいいだろう。

 10月28日に紀尾井ホールで初めて生の演奏に接することができた中村明一の所作に、なぜかそのエリック・クラプトンがだぶって見えた。『虚空』と題された新作を7月に発表した中村は、平成20年度文化庁芸術祭参加公演ともなったこの日のリサイタル“京都の尺八Ⅰ”で、京都の明暗寺(現在は京都の東福寺内にあるという)に伝承される尺八曲を中心に収録されたこのアルバムからの曲をすべて取り上げた。まず驚かされたのは、噂に聞いていた“密息”と循環呼吸法を駆使して演奏される、とにかく息の長い尺八の音色。

 聞きしに勝るとはまさにこのこと。とはいえ、ただ息が長いだけではもちろんない。後半に演奏された「虚空」などはその最たるものだが、虚空の静謐な空気を打ち破る力強いブロウがあちこちで飛び出し、尺八のたゆたう音色が中村明一にしか出せない音宇宙を作り上げていく。

 そして観客は、淡々と聴かせる「古傳巣籠」や、軽妙なフレーズをしのばせた「鶴の巣籠」、抑揚をつけずに空気をゆらす「心月」と曲が進むにつれ、図らずも“異空間”へとどんどん引き込まれていく不思議な世界を味わえるのだ。尺八の音色に包まれるなか、最後は吉岡龍晃を客演に迎え、「鹿の遠音」でリサイタルは幕となった。

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 全8曲を聴き終え、“スロー・ハンド”と並んでもうひとつ感銘を受けたことがある。尺八が、まるで言葉を発しているように聴こえたことだ。ロックに喩えて言うと、中村明一の尺八は、“泣きのギター”なのである。個人的にはサンタナの「哀愁のヨーロッパ」を思い浮かべたいところだが、涙はもっと乾いている。しかしながら、中村明一による虚無僧尺八曲は、まるで読経のように、情感たっぷりに空気をゆさぶり続けるのだった。

 渡辺香津美や近藤等則、エルヴィン・ジョーンズら、ジャズ系のミュージシャンとの共演でも知られている中村明一だからこそなしうる拡がりのある空間は、伝統を今に伝えるだけではない。正統と異端を融合したかのような演奏には、新たな息吹がたしかに感じられる。それはまた、伝統芸能の現代音楽的解釈であるようにも映る。こうして中村明一は、虚無僧の思いをこれからも、息の長い尺八の音色に乗せて現代に伝え続けていくのだ。

写真提供:オフィス・サウンド・ポット

【関連イベント】

虚無僧 原宿表参道を行く

2008年12月20日(土)14:00〜18:00、21日(日)12:00〜16:00(時間については予定です)おしゃれな街並みに数多くのファッションブランドが軒を連ねる原宿表参道に虚無僧が出現!イベント開催中、表参道のあちらこちらで虚無僧たちを目にすることでしょう。どこかで演奏もするかもしれません。どうぞご期待下さい。詳細はこちら

虚無僧尺八 ミニライブ

日時:2008年12月21日(日)15:00開演
場所:表参道・新潟館ネスパス3Fホール
出演:中村明一、越後明暗流尺八保存会
(入場無料、CD販売あり。ご購入者にはサインをさせていただきます) 詳細はこちら

中村明一

横山勝也師、多数の虚無僧尺八家に尺八を師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。米国バークリー音楽大学にて作曲とジャズ理論を学び、最優等賞で卒業。米国ニューイングランド音楽院大学院修士課程作曲科およびサード・ストリーム科で奨学生として学ぶ。自ら開発した方法による循環呼吸(吹きながら同時に息を吸い、息継ぎなしに吹き続ける技術)を自在に操る尺八奏者。虚無僧に伝わる尺八曲の採集・分析・演奏をライフワークとしつつ、ロック、ジャズ、現代音楽、即興演奏、コラボレイション等に幅広く活躍。尺八と箏によるバンド「Kokoo(コクー)」を率いる。外務省・国際交流基金の派遣などにより、世界30ヶ国余、150都市以上で公演。世界40局余の放送局に出演。CDアルバム「虚無僧尺八の世界」シリーズ第1弾「薩慈」により平成11年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞、第4弾「北陸の尺八 三谷」により平成17年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞。第8回リサイタル「根笹派錦風流を吹く」により第19回松尾芸能賞。作曲家としても活躍し、NHK、ドイツ国営放送、フランスのラヴェル弦楽四重奏団、フィンランドのジャン・シベリウス弦楽四重奏団、ドイツのムンク・トリオ、米国のミュージック・フロム・ジャパンなど、各方面より委嘱を受け、その作品は、合唱曲、弦楽四重奏曲、ピアノトリオなど、多種多様。第18回文化庁舞台芸術創作奨励賞。自らの極めた呼吸法から日本文化を論じた著書「『密息』で身体が変わる」を新潮社より上梓。洗足学園音楽大学大学院講師。桐朋学園芸術短期大学講師。日本現代音楽協会会員。

http://www.kokoo.com

藤本国彦

月刊誌『CDジャーナル』編集主幹。ほかに、ムック『ロック・クロニクル』シリーズ、『太鼓のビートに見せられて〜鬼太鼓座 世界公演記』『ジョン・レノン・フォーエヴァー』などを手掛けている。

CDJournal.com(ホームページ)
http://www.cdjournal.com

善養寺惠介尺八演奏会

2008年10月27日(月)開催
(トッパンホール)

 

ビクター財団賞「奨励賞」(現・日本伝統文化振興財団賞)受賞やZEN YAMATOとしての活動ほか、多方面で活躍する善養寺惠介師。賛助出演に藤井泰和師、滝澤郁子師、山登松和師を迎え、尺八のソロと三曲合奏のアンサンブルをひとつのプログラムのなかで融和させる試みとして行なわれた、多彩な尺八音楽の可能性を感じさせる演奏会の模様をお届けします。

ふたつの尺八の融和

文:笹井邦平

琴古流尺八奏者・善養寺惠介師は『虚無尺八(こむじゃくはち)』と題する独奏の会で〈尺八古典本曲〉の今日的表現を模索し、一方別の舞台では〈三曲合奏〉での尺八の表現も研究してきた。同じ尺八の表現でもこの2つはその表現世界の方向性を異にし、この方向性の異なる独奏曲としての〈尺八古典本曲〉と〈三曲合奏〉における尺八の演奏を1つのプログラムの中で表現することによって、尺八音楽の持つ今日的融和の可能性に少しでも迫る-というのがこのリサイタルのテーマ。

前奏曲として

善養寺惠介師
善養寺惠介師

序曲は「普大寺 調子(ふだいじ ちょうし)」(尺八独奏二尺四寸五分管-善養寺惠介)。浜松の普大寺に伝承されている曲で、尺八の鳴り具合を調べて呼吸と音調を整えるいわば前吹きの曲。

舞台には箏が置かれ善養寺師と次の「秋風曲(あきかぜのきよく)」を合奏する山登松和師がともに下手より登場し、善養寺師が緩やかに「調子」を吹き始める。つまりこの曲を「秋風曲」の前奏曲として吹こうというのだ。大地から自然に音が湧き出る如くたおやかな調べはまさに諸国行脚の虚無僧ワールドへいざなってくれる。


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音楽の本質を求めて

「秋風曲」 箏:山登松和師 尺八:善養寺惠介師
「秋風曲」
箏:山登松和師 尺八:善養寺惠介師

2曲目は藤田雁門作詞・光崎検校作曲「秋風曲」(箏-山登松和、尺八二尺四寸五分管-善養寺惠介)は箏曲の〈本曲〉というべき段物・組歌の合体で〈新組歌〉と云われ、善養寺師のような古典本曲吹きが本質的に箏曲と向き合うには避けて通れない曲である。

内容は白楽天の『長恨歌』をモチーフとし、玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇を六首の歌で綴っている。長い前弾きの中で箏と尺八がピッチを揃えて緩やかに溶け込んでゆき、滑らかな竹の調べが響きの良い洋楽ホールに谺する。山登師の箏・歌と善養寺師の尺八は淡々とした中に時折鋭い気合が光り、この悲劇の陰影をくっきりと浮かび上がらせる。

メロディアスな追善曲

「残月」 箏:滝澤郁子師 三弦:藤井泰和師 尺八:善養寺惠介師
「残月」
箏:滝澤郁子師 三弦:藤井泰和師 尺八:善養寺惠介師

3曲目は峰崎勾当作曲「残月」(箏-滝澤郁子、三弦-藤井泰和、尺八一尺八寸管-善養寺惠介)。追善の曲として有名だが尺八古典本曲にはどの曲にも鎮魂曲の風情が漂っているので、尺八本曲の色合いが違和感なくこの曲にマッチする。藤井師の抑揚を抑えた歌と滝澤師の清楚な爪音に比して善養寺惠介の尺八はメロディアス。五段からなる手事(長い間奏)で三者の見事なアンサンブルが難曲・大曲と云われるこの曲を凌駕している。

長い橋

最後は「布袋軒 鈴慕(ふたいけん れいぼ)」(尺八独奏二尺四寸五分管-善養寺惠介)。「鈴慕」は所伝する虚無僧寺によって曲想が異なり、布袋軒所伝の曲は柔らかな曲想で流れもよく尺八本曲のエキスが詰まっている。

甲(高)音が澄んで呂(低)音が深く沈み、そのギャップが豊かな広がりを創り、間(サイレント)が逝った人への鎮魂に聴こえる。

尺八ソロとアンサンブル、虚無僧音楽と近代箏曲、この2つの間に掛けられた長く遠い橋を21世紀の虚無僧が渡ろうとしている。竹の筒で造っただけのシンプルかつ深く豊かな響きを湛えた一本の剣を帯に挟んで……。

善養寺惠介

1964年生まれ。六歳より父昭三と岡崎自修(いずれも神如道門人)に虚無尺八の手ほどきを受ける。

1982年 神如正に師事。
1990年 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。学部、大学院を通して人間国宝 山口五郎に師事。
1988年 国際尺八フェスティバル(コロラド州ボルダー)に招待演奏家として参加。
1999年 第一回独演会『虚無尺八』開催、今までに八回を重ねる(2008年10月現在)
2000年 二月 尺八教則本「はじめての尺八」(音楽之友社刊)を執筆。
2002年 五月 ビクター財団賞「奨励賞」受賞。10月 世界銀行主催、世界宗教者国際会議(於イギリス カンタベリー大聖堂)にて、招待演奏。

そのほか、国際交流基金派遣などによるヨーロッパ、アジア各地での公演多数。東京藝術大学非常勤講師を務めた後、現在は関東各地区(東京、埼玉、群馬)での尺八教授活動も行なっている。

百錢会主宰、NHK文化センター町田教室、川越教室講師。

善養寺惠介 official website http://zenyoji.jp/

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。