第14回藤井泰和地歌演奏会

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2008年11月 4日(火)開催

(紀尾井小ホール)

九州系地歌の伝統を受け継ぐ、数少ない演奏家として知られる藤井泰和師。2008年11月4日紀尾井小ホールで開かれた第14回藤井泰和地歌演奏会は、同じルーツの流れを汲む実力派の演奏家が揃い、難度の高い「石川勾当の三つ物」全曲に挑むという注目度の高いリサイタルとなりました。その模様をお届けします。

文:波多一索

藤井泰和師
藤井泰和師

紀尾井小ホールで藤井泰和師の第14回地歌演奏会が開かれた。芸術祭参加。日本伝統文化振興財団後援。師は、九州系地歌の古典を受け継ぐ現在数少ない演奏家。名手の祖母・阿部桂子師、母・藤井久仁江師に箏三絃を師事、銀明会三代目家元として活躍中です。

一昨年の会では京風手事物「松浦検校の四つ物」全曲を取り上げ話題となりましたが、今回は歌三絃ともに難度の高い「石川勾当の三つ物」に挑戦する。「キャリアと体力のバランスの取れた」今の年頃だからこそ可能な企画と申せます。前回同様、同じ芸系ルーツを持ちながら、現在はそれぞれ独自な活躍を続けている個性の異なる箏の助演者、米川敏子、野坂操壽、岩田柔柯の3師を迎え、会主との異色の顔合わせとあって、開演前から会場は期待で熱気につつまれていました。

「新青柳」 左:米川敏子師、右:藤井泰和師
「新青柳」
左:米川敏子師、右:藤井泰和師

1曲目は、「新青柳」。三絃が藤井師、箏が米川敏子師。老い朽ちた柳の精が、遊行の僧の回向を受けて報謝の舞を舞う謡曲の「遊行柳」を主題とした本調子手事物です。箏の手付けは八重崎検校。二つある手事(間奏部分)の、前半は「源氏物語」の恋物語を、後半は柳の精のイメージを描いています。

米川敏子師
米川敏子師

古典といえども、現代の演奏家の手にかかれば自ずと今の感覚がともなうのは当然で、助演の米川師は年代も会主に一番近く、手事などは互いに刺激しあい競い合いながら、それでいてきらびやかな合奏が心地よい幕開けでした。


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「八重衣」 左:野坂操壽師、右:藤井泰和師

2曲目の「八重衣」は、三絃が藤井師、箏が野坂操壽師。「百人一首」の中から「衣」の語が含まれる和歌を5首選び、石川勾当が作曲、八重崎検校が箏の手付けをしたもの。

野坂操壽師
野坂操壽師

野坂操壽師は、これまで現代的な箏曲の表現を追求してきた演奏者として知られ(以前にこの曲の手事に野坂師が箏、三絃のカデンツアを加えた演奏があります)、古典の枠を踏まえながら、切れ味のよい箏の一音一音の個性的な響きにその特色が伺われます。二つの手事の砧の描写、「百拍子」など音の流れにドラマチックなメリハリがあり、やや速めの音色の異なる両者の気迫に満ちた掛合いに圧倒されました。加えて、藤井師の高音の美しい歌唱がいつもながら見事な演奏でした。


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「融」○ 左:岩田柔柯師、右:藤井泰和師
「融」○
左:岩田柔柯師、右:藤井泰和師

3曲目は、演奏の機会の少ない「融」。三絃が藤井師、箏がベテランの岩田柔柯師。源融(みなもとのとおる)は名高い伊達男で、歌枕で有名な奥州塩釜の浦にあこがれ、六条河原院の邸内にその風景を模した庭園を造り、日ごと難波の海から汐を運ばせて焼くという凝りようでした。

岩田柔柯師
岩田柔柯師

融の没後は、さびれて省みる人もいない邸内に、旅僧が寝ていると、融の大臣が貴公子の姿で現れ、名月のもと舞を舞う謡曲の「融」の話に石川勾当が作曲。箏の手付けは市浦検校と伝えられます。岩田師のはっとするような箏の音色の美しさに秋の静かな夜景が浮かび上がり、会主の三絃をやさしく包み込む。幽玄な能の世界にふさわしいしっとりとした古典的演奏が、充実した終曲に相応しい内容でした。

同じ地歌の曲ながら、助演者の組み合わせによってこれほど演奏の印象が変わるものかと改めて感じさせるリサイタルでした。

写真はリハーサル時のもの(○は公演中)

藤井泰和(ふじいひろかず)

幼少より祖母阿部桂子、母藤井久仁江に箏の手ほどきを受け、後に祖母より三絃の手ほどきをうける。

1983 東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。
1985 同大学院修了。諏訪に於いて連続五年間コンサートを開催。
1986 NHKオーディション合格。国際交流基金の派遣により、ロサンゼルス、バンクーバー等アメリカ・カナダ各地巡演。以後、1988年~99年にかけ、欧米各国を重ねて巡演。
1993 第一回藤井泰和箏曲地歌演奏会を開催。以降、2008年まで十四回開催。
1995,1996 高崎芸術短期大学講師。
1997 国立劇場にて、祖母阿部桂子一周忌追善演奏会を母と共催。
2000,2001 坂東玉三郎特別公演に出演、全国各地で公演
2001 国立劇場にて、祖母が創立した銀明会七十周年記念演奏会を母と共催。
2002 国立劇場にて、親子三人の演奏による第一回三楽会を開催。
三月よりライブ形式の「地歌の会」を開始、現在まで全国で全二十二回を開催。
CDアルバム「藤井泰和の三弦」(ビクター)をリリース。
2003 国立劇場演芸場にて、第二回三楽会を開催。
名古屋中電ホールにて、母藤井久仁江の人間国宝認定記念演奏会を開催。
2004 第九回リサイタルに対し、平成十五年度文化庁芸術祭新人賞を受賞。
2005 芸歴四十周年、開軒二十周年記念演奏会を日本橋公会堂で開催。
2006 五月銀明会創立七十五周年記念演奏会を国立劇場で開催。
それを機に銀明会三代目家元を襲名。
2007 第十二回リサイタルに対し、平成十八年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞。
2008 四月国立劇場にて、祖母阿部桂子十三回忌、母藤井久仁江三回忌追善、ならびに藤井泰和銀明会会長襲名披露演奏会を開催。

その他、FM放送、CD録音等で高い評価を受けるほか、全国七都市の稽古場で後進の指導に当たっている。九州系地歌演奏家。銀明会会長。日本三曲協会参与。生田流協会理事。

藤井泰和official website http://www.hirokazu-jiuta.jp/

波多一索

昭和31年日本ビクター入社。主に古典芸能レコードの制作を担当。「箏曲と地歌の歴史」「雅楽大系」「能」「狂言」「武満徹の音楽」等のレコードで芸術祭賞受賞。平成5年(財)ビクター伝統文化振興財団(現・日本伝統文化振興財団)理事長。現在、(社)義太夫協会会長、(社)東京都民踊連盟会長、(社)日本小唄連盟副会長ほか。

(記事公開日:2008年11月04日)