中村明一 虚無僧尺八の世界 京都の尺八I 虚空 第15回リサイタル

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2008年10月28日(火)開催
(紀尾井ホール)

自ら開発した循環呼吸法による超絶技巧の尺八で知られる中村明一。“虚無僧尺八の世界”をシリーズで手がけているリサイタル第15回目の今回は、“京都の尺八Ⅰ”と題し、2008年10月28日紀尾井ホールにて行なわれ、大盛況となりました。技巧のみならず、その境界をも超えたスケールの大きいリサイタルをレポートします。

「虚無僧の思いを現代に伝える中村明一」

文:藤本国彦

中村明一
中村明一

 スロー・ハンド。これは、速弾きなのに、まるで手がゆっくり動いているように見えることから付けられたロック・ギタリスト、エリック・クラプトンの異名だが、スロー・ハンドとは、かなりの技術を要することをいとも簡単にやってのける表現方法だと言い換えてもいいだろう。

 10月28日に紀尾井ホールで初めて生の演奏に接することができた中村明一の所作に、なぜかそのエリック・クラプトンがだぶって見えた。『虚空』と題された新作を7月に発表した中村は、平成20年度文化庁芸術祭参加公演ともなったこの日のリサイタル“京都の尺八Ⅰ”で、京都の明暗寺(現在は京都の東福寺内にあるという)に伝承される尺八曲を中心に収録されたこのアルバムからの曲をすべて取り上げた。まず驚かされたのは、噂に聞いていた“密息”と循環呼吸法を駆使して演奏される、とにかく息の長い尺八の音色。

 聞きしに勝るとはまさにこのこと。とはいえ、ただ息が長いだけではもちろんない。後半に演奏された「虚空」などはその最たるものだが、虚空の静謐な空気を打ち破る力強いブロウがあちこちで飛び出し、尺八のたゆたう音色が中村明一にしか出せない音宇宙を作り上げていく。

 そして観客は、淡々と聴かせる「古傳巣籠」や、軽妙なフレーズをしのばせた「鶴の巣籠」、抑揚をつけずに空気をゆらす「心月」と曲が進むにつれ、図らずも“異空間”へとどんどん引き込まれていく不思議な世界を味わえるのだ。尺八の音色に包まれるなか、最後は吉岡龍晃を客演に迎え、「鹿の遠音」でリサイタルは幕となった。

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 全8曲を聴き終え、“スロー・ハンド”と並んでもうひとつ感銘を受けたことがある。尺八が、まるで言葉を発しているように聴こえたことだ。ロックに喩えて言うと、中村明一の尺八は、“泣きのギター”なのである。個人的にはサンタナの「哀愁のヨーロッパ」を思い浮かべたいところだが、涙はもっと乾いている。しかしながら、中村明一による虚無僧尺八曲は、まるで読経のように、情感たっぷりに空気をゆさぶり続けるのだった。

 渡辺香津美や近藤等則、エルヴィン・ジョーンズら、ジャズ系のミュージシャンとの共演でも知られている中村明一だからこそなしうる拡がりのある空間は、伝統を今に伝えるだけではない。正統と異端を融合したかのような演奏には、新たな息吹がたしかに感じられる。それはまた、伝統芸能の現代音楽的解釈であるようにも映る。こうして中村明一は、虚無僧の思いをこれからも、息の長い尺八の音色に乗せて現代に伝え続けていくのだ。

写真提供:オフィス・サウンド・ポット

【関連イベント】

虚無僧 原宿表参道を行く

2008年12月20日(土)14:00〜18:00、21日(日)12:00〜16:00(時間については予定です)おしゃれな街並みに数多くのファッションブランドが軒を連ねる原宿表参道に虚無僧が出現!イベント開催中、表参道のあちらこちらで虚無僧たちを目にすることでしょう。どこかで演奏もするかもしれません。どうぞご期待下さい。詳細はこちら

虚無僧尺八 ミニライブ

日時:2008年12月21日(日)15:00開演
場所:表参道・新潟館ネスパス3Fホール
出演:中村明一、越後明暗流尺八保存会
(入場無料、CD販売あり。ご購入者にはサインをさせていただきます) 詳細はこちら

中村明一

横山勝也師、多数の虚無僧尺八家に尺八を師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。米国バークリー音楽大学にて作曲とジャズ理論を学び、最優等賞で卒業。米国ニューイングランド音楽院大学院修士課程作曲科およびサード・ストリーム科で奨学生として学ぶ。自ら開発した方法による循環呼吸(吹きながら同時に息を吸い、息継ぎなしに吹き続ける技術)を自在に操る尺八奏者。虚無僧に伝わる尺八曲の採集・分析・演奏をライフワークとしつつ、ロック、ジャズ、現代音楽、即興演奏、コラボレイション等に幅広く活躍。尺八と箏によるバンド「Kokoo(コクー)」を率いる。外務省・国際交流基金の派遣などにより、世界30ヶ国余、150都市以上で公演。世界40局余の放送局に出演。CDアルバム「虚無僧尺八の世界」シリーズ第1弾「薩慈」により平成11年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞、第4弾「北陸の尺八 三谷」により平成17年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞。第8回リサイタル「根笹派錦風流を吹く」により第19回松尾芸能賞。作曲家としても活躍し、NHK、ドイツ国営放送、フランスのラヴェル弦楽四重奏団、フィンランドのジャン・シベリウス弦楽四重奏団、ドイツのムンク・トリオ、米国のミュージック・フロム・ジャパンなど、各方面より委嘱を受け、その作品は、合唱曲、弦楽四重奏曲、ピアノトリオなど、多種多様。第18回文化庁舞台芸術創作奨励賞。自らの極めた呼吸法から日本文化を論じた著書「『密息』で身体が変わる」を新潮社より上梓。洗足学園音楽大学大学院講師。桐朋学園芸術短期大学講師。日本現代音楽協会会員。

http://www.kokoo.com

藤本国彦

月刊誌『CDジャーナル』編集主幹。ほかに、ムック『ロック・クロニクル』シリーズ、『太鼓のビートに見せられて〜鬼太鼓座 世界公演記』『ジョン・レノン・フォーエヴァー』などを手掛けている。

CDJournal.com(ホームページ)
http://www.cdjournal.com

(記事公開日:2008年10月28日)