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「秋風曲(あきかぜのきょく)」でのジョイント。左に山登師、右に善養寺師。

ZEN YAMATO vol.2

2007年1月31日(水)開催
(東京・紀尾井小ホール)

尺八演奏家・善養寺惠介さん=”ZEN”と箏曲演奏家・山登松和さん=”YAMATO”のジョイント・コンサート”ZEN YAMATO vol.2″の模様です。さらに客演に大間隆之さん、富山清琴さんを迎え、古典の素晴らしさがたっぷり味わえる演奏会の模様をお届けします。おふたりのコメントや写真が楽しめるブログ”ZEN YAMATO” へのアクセスもおすすめです。

文:笹井邦平

最強のタッグ

タイトルはやや不可解だがZENとは尺八演奏家・善養寺惠介(ぜんようじけいすけ)師、YAMATOとは山田流箏曲演奏家・山登松和(やまとしょうわ)師、つまりこの2人のジョイントコンサートなのである。

2人は東京藝術大学音楽学部邦楽科の1年違いの先輩後輩で今が旬のイケメン演奏家。善養寺師は昨年秋の箏曲のリサイタルには殆ど出演していた売れっ子、会主は変わっても尺八はいつも彼だった。山登師は山田流箏曲では山勢家・山木家とともに〈御三家〉と云われる名門山登家の七代家元、やはり昨年秋の演奏会では助演でよく舞台に立っていた。つまりこの2人は史上最強の若手演奏家タッグなのである。

序曲はプロフィール

「秋風曲(あきかぜのきょく)」でのジョイント。左に山登師、右に善養寺師。
「秋風曲(あきかぜのきょく)」でのジョイント。左に山登師、右に善養寺師。

開演前に善養寺師が客席に現れてトークを開始、以後山登師も加わって2人のトークで進行する。紀尾井小ホールでは解説者や司会者が出て進行する演奏会は多々あるが、演奏者が自らトークして進行する演奏会は珍しくフレッシュである。

ファーストプログラムは善養寺師が尺八古典本曲「調子」、続いて山登師が光崎検校作曲・箏組歌「秋風曲(あきかぜのきょく)」を演奏し善養寺師が所々尺八をあしらう-といういわば自らの持ちネタと軽いジョイント。「調子」は尺八の鳴り具合を調べて呼吸と音調を整えるいわば前奏曲、「秋風曲」は玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を綴る抒情詩である。

善養寺師によると自分が本曲を吹くと言ったら山登師は「じゃあ僕は〈組歌〉をやる。2つとも向いている方向が同じような気がするから……」と言ったという。

同じ方向とはどういうことか善養寺師は言わなかったが、〈尺八古典本曲〉は尺八ソロで吹く尺八音楽の基本形・原点、〈箏組歌〉も箏ソロで弾き歌いする箏曲の基本的な演奏スタイル、ともに無駄な音を一切省いて1つの音を究極まで研ぎ澄ましたシンプルゆえに奥深い広がりを持つテキストの如きジャンル、同じ方向とはこのことではないだろうか。

上手で善養寺師が吹奏し始めるとそこにスポットライトがポンと落ち、続いて下手で山登師が箏を弾き始めると同じくスポットが落ちて照明もいたってシンプル。2人の芸の根っ子が見えてくる如き2人の演奏家のプロフィールあるいはイントロといった感がある。

キーワードは酒

「赤壁賦(せきへきのふ)」。中央に大間隆之師。
「赤壁賦(せきへきのふ)」。中央に大間隆之師。

2曲目は山登師の藝大の師である中能島欣一作曲「赤壁賦(せきへきのふ)」。赤壁は中国湖北省にある景勝の地でその美しさを歌った曲、山登師の箏・善養寺師の尺八に客演として山登師の藝大の先輩・大間隆之(おおまたかゆき)師が箏を演奏。山登・大間師のクリアな箏の音と歌、善養寺師の深みのある美しい尺八のメロディが見事に溶け合って古代中国の墨絵の如き絵巻物が広げられる。

トリは2人に先輩格の富山清琴(とみやませいきん)師が三絃(三味線)で助演する菊岡検校作曲「笹の露」。別名「酒」ともいわれるこの曲は酒を称えた歌詞と間に入る華やかな手事(てごと-間奏)が特色の曲、富山師の味のある歌と三絃が絶妙のサポートをする。

歌と三絃に富山清琴師(中央)を迎えた「笹の露」。
歌と三絃に富山清琴師(中央)を迎えた「笹の露」。

3曲目に入って気がついたのは今宵の出演者は全員男性、普段女流の演奏会の取材が多い私にとって晴着や留袖ではなく黒紋付のみのモノクロの世界はユニークである。そして、トークを聞けば全員酒豪、そもそもこのジョイントはゴールデンウィークに仕事がないので2人で酒を酌み交わしたのがスタートだという。そこに大間師・富山師が加わり酒豪四天王の揃い踏みとなった。

そして、女流の演奏に比して箏・尺八・三絃の音色が力強くボリュームもありズシリと身体に響いてくる。箏曲界では数少ない男性ユニット、今後の活躍を期して乾杯。

写真はリハーサル時のもの

富山清琴(とみやま せいきん)

tomiyama_profile1950年初代富山清琴の長男として生まれる。1973年東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。1975年同大学講師を務める。1981年国際交流基金派遣使節として西欧四ヵ国を巡演。1983年ヨーロッパ日本芸術祭公演使節として西欧六ヵ国を巡演。お茶の水女子大学講師を務め現在に至る。1986年文化庁芸術祭賞受賞(89年、91年にも同賞受賞)。1992年国際交流基金派遣三曲使節として西欧四ヵ国を巡演。1994年同使節として北欧四ヵ国を巡演。2000年富山清琴を襲名、家元を継承。2003年エジンバラ国際フェスティバルに招かれ演奏。2004年日本芸術院賞受賞。パリ市立劇場に招かれ演奏。2006年松尾芸能賞優秀賞受賞。

大間隆之(おおま たかゆき)

ooma_profile中田博之師(重要無形文化財保持者)に山田流箏曲を師事。1984年東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業。在学中、増渕任一郎、藤井千代賀、山勢松韻の各師に師事。1982年、イギリス(ブリストル)で開催された国際音楽教育会議(ISME)に東京芸術大学から派遣され演奏する。1986年、東京芸術大学大学院修士課程修了。1987〜89年、1993〜95年、同大学に助手として勤務。1985〜86年、文化庁国内研修員に任命され、常磐津松尾太夫師に常磐津を師事研修する。1989年、フランス(マルセイユ)で開催されたジャパン・ウィークに中田博之師と参加出演。1993年、国際交流基金主催のアフリカ巡回公演に参加、タンザニア・ケニア・ジンバヴエ・南アフリカの四ヵ国で演奏。現在、東京芸術大学非常勤講師・山田流箏曲協会理事・日本三曲協会広報委員。山田流箏曲箏楽会・新潮会・曠の會会員。

山登松和(やまと しょうわ)

yamato_profile山田流箏曲山登派七代家元
東京芸術大学音楽学部邦楽科卒業・同大学院修士課程修了
祖母山登愛子、中能島欣一師、鳥居名美野師に師事
第5回ビクター財団賞「奨励賞」受賞
第1回「山登松和の会」にて文化庁芸術祭優秀賞受賞
CDリリース、コンサートなど精力的に活動。
山登会主宰 (社)日本三曲協会理事 山田流箏曲協会理事
跡見学園中学・高等学校箏曲講師

善養寺惠介(ぜんようじ けいすけ)

zenyoji_profile東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了。
学部、大学院を通して人間国宝、山口五郎に師事。
1999年、第一回独演会『虚無尺八』開催、現在に至るまで5回を重ねる。
2000年2月、尺八教則本「はじめての尺八」(音楽之友社刊)を執筆。
2002年5月、ビクター財団賞「奨励賞」受賞。同年10月、世界銀行主催、世界宗教者国際会議(於 イギリス カンタベリー大聖堂)にて、招待演奏。
そのほか、国際交流基金派遣などによるヨーロッパ、アジア各地での公演多数。
百錢会主宰、NHK文化センター町田教室、川越教室講師。

中村明一虚無僧尺八の世界 東北の尺八 霊慕

2006年10月13日(金)開催

(東京・神田カザルスホール)

2006年10月13日カザルスホールでの「中村明一虚無僧尺八の世界 東北の尺八 霊慕」。ジャズやロック、現代音楽といった幅広いジャンルで活躍する中村明一さんの尺八音楽のコンサートに多数の聴衆が訪れ、その深みと広がりのある音世界を堪能しました。伝統に裏打ちされながらも、新たな可能性を感じさせるステージの模様をお届けします。

虚無僧尺八の最先端「中村本曲」の誕生

文:星川京児

レパートリーは全て古典本曲

「霊慕」。三尺一寸管を用いている。
「霊慕」。三尺一寸管を用いている。

ジャズやロック、現代音楽と幅広いジャンルで活躍する中村明一が、ライフワークともいえる「虚無僧尺八の世界」。最新作『東北の尺八・霊慕』発売に合わせて行われた十四回目のリサイタル。

当然レパートリーは全て古典本曲(注1)。いずれも宮城、岩手、福島など東北に起因するもの。「三谷」「鶴の巣籠」「霊(鈴)慕」と古典本曲ファンには馴染みの曲目が並ぶが、どこか重厚な気韻を感じさせるのは東北の風土によるものか。越後明暗寺(みょうあんじ)に発する「連芳軒(れんぽうけん)・喜染軒(きぜんけん) 鶴の巣籠」と、津軽の根笹派錦風流とも関係が問われる岩手の松厳軒(しょうがんけん)、もしくは宮城の布袋軒(ふたいけん)伝承「鶴の巣籠」との対比や、コンサートの白眉、三尺一寸管を用いた奥州「霊慕」など、これまでの蓄積を一気に吐露したかのような迫力。間に挟み込まれた一尺七寸の「桜落(さくらおとし)」と一尺五寸の「宮城野清掻」があってそれぞれの個性がより際だつ。まさに絶妙のプログラムといえよう。

それぞれの曲を「音楽作品」として提示

古典本曲には現代音楽やフリージャズに共通する、ある種、瞬間的な抽象化といった概念がある。少なくとも、旋律を聴いて頭の中でなぞらえるといった、通常の音楽鑑賞では賄いきれない作品があることはたしか。これを楽しむためには、それなりの訓練、慣れ、そして聴き手の直感が要求されるのだ。たった一つの音で音楽になってしまう楽器など他に無いのだから。その一音にすべてを集約したようなジャンルが、吹くこと【吹禅】を修行とした虚無僧尺八である。それだけに一歩間違えれば音そのものの混沌、精神性云々に溺れかねない。それを良しとするところすらあるのだ。このリサイタルでは、それぞれの曲を「音楽作品」として提示。「本曲」だからという逃げ道を自ら塞いだ姿勢が、なんともいい。

これは師である横山勝也(注2)の音楽に対する冷徹な距離感と、尺八を吹く意味を問い続けた海童道祖(わたづみどうそ)(注3)との調和が結実しているといえよう。きわめて抽象的な音表現でありながら、同時にエンターテインメントとして耳に心地よいという、一見相反する効果を上げてしまうのは言葉で言うほど簡単なことではない。これは音楽のジャンルを問わない。

循環呼吸法と倍音による「中村本曲」

それにしても尺八の循環呼吸法(注4)というのは恐ろしい武器である。本来は途切れてしまうはずの音の流れを、曲の要求に合わせて自在にコントロールする。加えて、倍音の豊かさを音域の突破口とする。中村明一にとって、全ての音が頭の中にサンプリングされているかのよう。これはもう「中村本曲」といえるもの。

前回の北陸編は読経と併せるという離れ業を魅せてくれたが、今回は朝倉摂の美術が曲に不思議な透明感を与えていた。

アンコールの「Trance Formation」は尺八の離れ業オンパレードの同時代的作品だが、なぜか今様虚無僧尺八に聴こえてしまった。これも中村マジックなのだろうか。

写真提供:オフィス・サウンド・ポット

注1 本曲

もともと宗教音楽だった尺八音楽が、音楽的な向上をはかって整理され、まとめられた基本的なレパートリーを指す。琴古流、都山流などさまざまな流派の本曲がある。

注2 横山勝也

1934年生。琴古流尺八奏者。父の横山蘭畝(らんぽ)、福田蘭童、海童道祖に師事。1964年に山本邦山、二代青木鈴慕と尺八三本会を結成。流儀を超えて”尺八ルネッサンス”とよばれるブームを起こした。

注3 海童道祖(わたづみどうそ)

1911年生。1992年没。普化(ふけ)尺八奏者。福岡県生まれ。本名は田中賢道。禅の精神から出発した独自の哲学を背景に、「行」の実践に徹し、尺八を演奏。現代音楽の世界に大きな影響を与えた。

注4 循環呼吸法

吹きながら同時に息を吸い、息継ぎなしに吹き続ける技術。

中村明一(なかむら あきかず)

Nakamura_kimonoC横山勝也師、多数の虚無僧尺八家に尺八を師事。米国バークリー音楽大学およびニューイングランド音楽院大学院にて作曲とジャズ理論を学ぶ。自ら開発した方法による循環呼吸(吹きながら同時に息を吸い、息継ぎなしに吹き続ける技術)を自在に操る尺八奏者。虚無僧に伝わる尺八曲の採集・分析・演奏をライフワークとしつつ、ロック、ジャズ、現代音楽、即興演奏、コラボレイション等に幅広く活躍。外務省・国際交流基金の派遣などにより、世界30ヶ国余で公演。CD「虚無僧尺八の世界」シリーズ第1弾「薩慈」により平成11年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞、第4弾「北陸の尺八 三谷」により平成17年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞。第8回リサイタル「根笹派錦風流を吹く」により第19回松尾芸能賞。作曲家としても活躍し、ドイツ国営放送など各方面より委嘱作品多数。第18回文化庁舞台芸術創作奨励賞。自らの極めた呼吸法から日本文化を論じた著書「『密息』で身体が変わる」を新潮社より上梓。桐朋学園芸術短期大学講師。日本現代音楽協会会員。
http://www.kokoo.com

 

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。