中村明一虚無僧尺八の世界 東北の尺八 霊慕

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2006年10月13日(金)開催

(東京・神田カザルスホール)

2006年10月13日カザルスホールでの「中村明一虚無僧尺八の世界 東北の尺八 霊慕」。ジャズやロック、現代音楽といった幅広いジャンルで活躍する中村明一さんの尺八音楽のコンサートに多数の聴衆が訪れ、その深みと広がりのある音世界を堪能しました。伝統に裏打ちされながらも、新たな可能性を感じさせるステージの模様をお届けします。

虚無僧尺八の最先端「中村本曲」の誕生

文:星川京児

レパートリーは全て古典本曲

「霊慕」。三尺一寸管を用いている。
「霊慕」。三尺一寸管を用いている。

ジャズやロック、現代音楽と幅広いジャンルで活躍する中村明一が、ライフワークともいえる「虚無僧尺八の世界」。最新作『東北の尺八・霊慕』発売に合わせて行われた十四回目のリサイタル。

当然レパートリーは全て古典本曲(注1)。いずれも宮城、岩手、福島など東北に起因するもの。「三谷」「鶴の巣籠」「霊(鈴)慕」と古典本曲ファンには馴染みの曲目が並ぶが、どこか重厚な気韻を感じさせるのは東北の風土によるものか。越後明暗寺(みょうあんじ)に発する「連芳軒(れんぽうけん)・喜染軒(きぜんけん) 鶴の巣籠」と、津軽の根笹派錦風流とも関係が問われる岩手の松厳軒(しょうがんけん)、もしくは宮城の布袋軒(ふたいけん)伝承「鶴の巣籠」との対比や、コンサートの白眉、三尺一寸管を用いた奥州「霊慕」など、これまでの蓄積を一気に吐露したかのような迫力。間に挟み込まれた一尺七寸の「桜落(さくらおとし)」と一尺五寸の「宮城野清掻」があってそれぞれの個性がより際だつ。まさに絶妙のプログラムといえよう。

それぞれの曲を「音楽作品」として提示

古典本曲には現代音楽やフリージャズに共通する、ある種、瞬間的な抽象化といった概念がある。少なくとも、旋律を聴いて頭の中でなぞらえるといった、通常の音楽鑑賞では賄いきれない作品があることはたしか。これを楽しむためには、それなりの訓練、慣れ、そして聴き手の直感が要求されるのだ。たった一つの音で音楽になってしまう楽器など他に無いのだから。その一音にすべてを集約したようなジャンルが、吹くこと【吹禅】を修行とした虚無僧尺八である。それだけに一歩間違えれば音そのものの混沌、精神性云々に溺れかねない。それを良しとするところすらあるのだ。このリサイタルでは、それぞれの曲を「音楽作品」として提示。「本曲」だからという逃げ道を自ら塞いだ姿勢が、なんともいい。

これは師である横山勝也(注2)の音楽に対する冷徹な距離感と、尺八を吹く意味を問い続けた海童道祖(わたづみどうそ)(注3)との調和が結実しているといえよう。きわめて抽象的な音表現でありながら、同時にエンターテインメントとして耳に心地よいという、一見相反する効果を上げてしまうのは言葉で言うほど簡単なことではない。これは音楽のジャンルを問わない。

循環呼吸法と倍音による「中村本曲」

それにしても尺八の循環呼吸法(注4)というのは恐ろしい武器である。本来は途切れてしまうはずの音の流れを、曲の要求に合わせて自在にコントロールする。加えて、倍音の豊かさを音域の突破口とする。中村明一にとって、全ての音が頭の中にサンプリングされているかのよう。これはもう「中村本曲」といえるもの。

前回の北陸編は読経と併せるという離れ業を魅せてくれたが、今回は朝倉摂の美術が曲に不思議な透明感を与えていた。

アンコールの「Trance Formation」は尺八の離れ業オンパレードの同時代的作品だが、なぜか今様虚無僧尺八に聴こえてしまった。これも中村マジックなのだろうか。

写真提供:オフィス・サウンド・ポット

注1 本曲

もともと宗教音楽だった尺八音楽が、音楽的な向上をはかって整理され、まとめられた基本的なレパートリーを指す。琴古流、都山流などさまざまな流派の本曲がある。

注2 横山勝也

1934年生。琴古流尺八奏者。父の横山蘭畝(らんぽ)、福田蘭童、海童道祖に師事。1964年に山本邦山、二代青木鈴慕と尺八三本会を結成。流儀を超えて”尺八ルネッサンス”とよばれるブームを起こした。

注3 海童道祖(わたづみどうそ)

1911年生。1992年没。普化(ふけ)尺八奏者。福岡県生まれ。本名は田中賢道。禅の精神から出発した独自の哲学を背景に、「行」の実践に徹し、尺八を演奏。現代音楽の世界に大きな影響を与えた。

注4 循環呼吸法

吹きながら同時に息を吸い、息継ぎなしに吹き続ける技術。

中村明一(なかむら あきかず)

Nakamura_kimonoC横山勝也師、多数の虚無僧尺八家に尺八を師事。米国バークリー音楽大学およびニューイングランド音楽院大学院にて作曲とジャズ理論を学ぶ。自ら開発した方法による循環呼吸(吹きながら同時に息を吸い、息継ぎなしに吹き続ける技術)を自在に操る尺八奏者。虚無僧に伝わる尺八曲の採集・分析・演奏をライフワークとしつつ、ロック、ジャズ、現代音楽、即興演奏、コラボレイション等に幅広く活躍。外務省・国際交流基金の派遣などにより、世界30ヶ国余で公演。CD「虚無僧尺八の世界」シリーズ第1弾「薩慈」により平成11年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞、第4弾「北陸の尺八 三谷」により平成17年度文化庁芸術祭レコード部門優秀賞。第8回リサイタル「根笹派錦風流を吹く」により第19回松尾芸能賞。作曲家としても活躍し、ドイツ国営放送など各方面より委嘱作品多数。第18回文化庁舞台芸術創作奨励賞。自らの極めた呼吸法から日本文化を論じた著書「『密息』で身体が変わる」を新潮社より上梓。桐朋学園芸術短期大学講師。日本現代音楽協会会員。
http://www.kokoo.com

 

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

(記事公開日:2006年10月13日)