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山勢麻衣子演奏会

2007年11月15日(木)開催

(紀尾井小ホール)

山田流箏曲の山勢麻衣子さん。今回”山勢麻衣子”としてのお披露目となる演奏会が2007年11月15日紀尾井小ホールで開かれました。確かな実力に支えられた演奏、バラエティ豊かな選曲に加え、山勢松韻師、鳥居名美野師、中能島弘子師、髙橋榮清師、青木彰時師という豪華な共演者とともに聴衆を魅了した演奏会の模様をお届けします。

文:笹井邦平

名披露目と独立と

山田流箏曲の山勢麻衣子(やませまいこ)さんは人間国宝・山勢松韻(やませしょういん)師の門下で「髙橋衣勢(きぬせ)」という芸名で研鑽を続け、昨年12月松韻師と養子縁組をして「山勢麻衣子」と改名し、今回初めてのリサイタルとなる。

つまりお披露目と演奏家として独立するファーストリサイタルである。

温もり湛えた音色

「花妻」
「花妻」

曲はまず山田流の流祖・山田検校(やまだけんぎょう)作曲の古典曲「花妻」を髙橋榮清(たかはしえいせい)師の三絃と麻衣子さんの箏で演奏。「花妻」とは萩の花の異名で萩と鹿に準えて秋の夜長に恋人を想う切ない恋心をテーマとしている。

ベテラン髙橋師の深みのある三絃に支えられて麻衣子さんは淡々とそして切々と乙女の恋心を歌い上げる。

「盤渉調」
「盤渉調」

次の「盤渉調(ばんしきちょう)」は中能島欣一(なかのしまきんいち)作曲の器楽曲で麻衣子さんの三絃独奏。「盤渉」とは日本の伝統的な音の名称で「ロ」(h)の音を指しこの音を基本に演奏する。絃を指ではじいたり撥で掬ったり超難度技巧を繰り返す難曲を麻衣子さんは冷静沈着に表情と温もりを湛えた音色を紡ぎだしてゆく。

錦秋の開花

「四季の眺」
「四季の眺」

後半は松浦検校(まつうらけんぎょう)作曲の「四季の眺(ながめ)」を鳥居名美野(とりいなみの)師の箏・麻衣子さんの三絃・青木彰時(あおきしょうじ)師の尺八で演奏。

歌の間に〈手事〉(てごと)という長い間奏が入る〈手事物〉というジャンルで、四季の美しさを歌う歌詞と華やかな手事がマッチして優雅な雰囲気が漂う。

「伏見」
「伏見」

トリは中能島検校(なかのしまけんぎょう)作曲「伏見」を作曲者のひ孫に当たる中能島弘子(なかのしまひろこ)師と山勢松韻師の箏に麻衣子さんの三絃で演奏。これは幕末の鳥羽・伏見の戦いを物語風に語り、平穏を取り戻した君が世をめでる-という内容で、壮絶な戦の様子が臨場感溢れる演奏で語られる。

小品・現代曲・手事物・浄瑠璃風とバラエティ豊かな選曲と各曲を見事にクリアした麻衣子さんの実力は長年の研鑽と持って生まれた音楽センスに支えられている。

いわゆる山田流御三家(山木・山勢・山登)の一つの山勢派に育った蕾が今花を咲かせようとしている。錦秋を彩るその開花は21世紀の箏曲界に新たな一歩を記すことになるだろう。

写真はリハーサル時のもの

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

「十七絃と小鼓のための二重奏曲」

第2回 邦楽グループたまゆらコンサート

2007年7月20日(金)開催

(東京・四谷区民ホール)

山田流箏曲演奏家・二代伊藤松超師を中心に1985年に設立された邦楽グループたまゆら。昨年、一般向けに第1回のコンサートを開催し、今年7月20日、四谷区民ホールにて第2回が開かれました。その当日にファースト・アルバム『たまゆら』(注)を発表するなど、邦楽界注目グループのコンサートの模様をお送りします。

文:笹井邦平

かすかな安らぎの音

「岡康砧(おかやすきぬた)」
「岡康砧(おかやすきぬた)」

「たまゆら」とは古いヤマトコトバで、首にかけた勾玉(まがたま・ネックレス)が触れ合ってかすかな音が生まれ、その音に耳を傾けると心の安らぎを覚えるので、〈しばしの間・暫時〉という意味であるが、邦楽グループ「たまゆら」のグループ名の由来は一味違うようだ。

邦楽グループ「たまゆら」は一昨年暮に逝去された山田流箏曲演奏家・二代伊藤松超(いとうしょうちょう)師を中心に邦楽のジャンル・流派を超えて1985年に設立されたアンサンブル。メンバーは夫人の伊藤美恵子さんと息女の伊藤まなみ・ちひろさん、生田流箏曲の木田敦子(きだあつこ)さんと矢野加奈子(やのかなこ)さん、山田流箏曲の清野(せいの)さおりさん、邦楽囃子の望月晴美(もちづきはるみ)さん-と多種多彩。

「私は触れ合う小さな音を大切にして、結び合う人と人との関わりを掛け替えのないものにしていきたい-という想いで『たまゆら』と名付けました」と伊藤松超師は公演のプログラムの中で述べている。

全国各地で〈こども劇場・親子劇場〉を中心に「伝統文化を人々の心に届けたい」というテーマで演奏活動を続けてきたが、松超師亡き後その遺志を継いで昨年9月に一般向けのコンサートを開催し今回が2回目となる。

泉下へ届く流麗な調べ

「十七絃と小鼓のための二重奏曲」
「十七絃と小鼓のための二重奏曲」

ファーストプログラムはメンバー全員による古典曲・岡安小三郎作曲・初代伊藤松超箏替手手付「岡康砧(おかやすきぬた)」。〈砧〉とは布を叩いて柔らかくして艶を出すための木の棒か石の台、あるいはそれを打つことをいう。「チンリン チンリン」という「砧地(きぬたぢ)」といわれるリズムが心地良く、黒の正装で華やかに厳かに奏でる響きは泉下の松超師を追悼するようだった。

杵屋正邦作曲「十七絃と小鼓のための二重奏曲」(十七絃-木田敦子、小鼓-望月晴美)は2人の呼吸(いき)がピタリと合って「ポン」と軽やかな小鼓と「ボン」と重厚な十七絃のコントラストが絶妙のアンサンブルを創る。

「風・わたり」 左端は箏Ⅱの伊藤さん、その右に箏Ⅰの木田さん
「風・わたり」
左端は箏Ⅱの伊藤さん、その右に箏Ⅰの木田さん

栗林秀明作曲「風・わたり」(箏Ⅰ-木田敦子、箏Ⅱ-伊藤まなみ、箏Ⅲ-矢野加奈子、箏Ⅳ-清野さおり)。演奏者の位置は箏Ⅰより左から右へ並ぶのが普通だが、左端は箏Ⅱの伊藤さんで木田さんがその隣に入り、これは作曲者の指定とのこと。古典の箏にはない新しい音色を創り出す不思議な曲想で、風の様々な表情が見えてくる。

溢れる郷愁と抒情

「水郷暮情」
「水郷暮情」

中原綾子作詞・初代伊藤松超作曲「水郷暮情」(唄-伊藤美恵子、箏-伊藤ちひろ)は利根川の夕暮れの情景を歌った抒情歌、素朴な歌と控えめながら美しく繊細な箏の音が郷愁をそそる。

ラストは長沢勝俊作曲「飛騨によせる三つのバラード」(箏1-木田敦子、箏2-伊藤まなみ、箏3-伊藤ちひろ、十七絃-矢野加奈子、尺八-田辺頌山)。俗に〈飛騨バラ〉と呼ばれる現代邦楽のスタンダードナンバーで、美しいメロディと心地良いリズムはいつ聴いても心休まる。助演の田辺頌山(たなべしょうざん)さんのボリューム豊かな尺八がアンサンブルに厚みと深さを加える。

たまゆらの音

プログラムを振り返ると二代松超師の父・初代松超師の手付・作曲の曲が2曲、古典曲とメロディが美しくリズムが心地良い現代邦楽が並ぶ。これが二代松超師の想い描いた〈たまゆらの〉の音なのかも知れない。

写真はリハーサル時のもの

注)
邦楽グループ たまゆら ファースト・アルバム『たまゆら』
[Disc 1]尺八、箏、十七絃、打楽器のための音楽(佐藤敏直)/バロック風 日本の四季 より(早川正昭)/水郷暮情(詞・中原綾子、曲・初代 伊藤松超)/[Disc 2]那須野(山田検校)/啄木によせる無言歌(伊藤松博[二代 伊藤松超])
発売元:ノーザンライツ・レコード
品番:tmyr-001/002(CD2枚組)
価格:定価3,500円(税込)
問い合わせ:邦楽グループ たまゆら(電話 03-3355-3589 FAX 03-3357-4655)

出演者略歴

田辺頌山(都山流尺八)

小学生より父、恵山に手ほどきを受け、早稲田大学入学と同時に人間国宝 山本邦山師に師事。NHK邦楽技能者育成会第27期卒業。ローマ法王謁見演奏をはじめ海外演奏も多い。’93長谷検校記念第1回全国邦楽コンクールで最優秀賞を受賞。CD「静かなる時」をリリース。尺八本来の持ち味をたいせつにし、ジャンルにとらわれない幅広い活動を行っている。都山流尺八楽会大師範。

伊藤美惠子(山田流箏曲)

東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。中能島欣一、初代伊藤松超、平井澄子各師に師事。二代伊藤松超と結婚、共に箏曲武声会定期演奏会等を多数開催。アジア音楽祭出演。東芝レコード、NHKラジオ出演多数、NHK「三曲大全集」等収録。(社)日本三曲協会学校音楽普及委員。箏曲武声会会長。

木田敦子(生田流箏曲)

東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。同大学院音楽研究科修了。邦楽のみならず、洋楽器、民族楽器、ヴォーカリストとも共演するなど、意欲的に音楽活動範囲を拡げている。「箏座」メンバーとしてCDを3枚リリース。箏曲関連のCDでの演奏多数。宮城会師範。

矢野加奈子(生田流箏曲)

東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。同大学院音楽研究科修了。NHK邦楽オーディション合格。実践女子学園中高等学校箏曲部講師。地唄から現代曲まで意欲的な音楽活動、教授活動を行っている。宮城会師範。

伊藤まなみ(山田流箏曲)

東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。同大学院音楽研究科修了。他派箏曲を鳥居名美野師、河東節三味線を山彦さわ子師に師事。NHK邦楽技能者育成会第40期卒業。文化庁新進芸術家国内研修員に選出。国立劇場主催公演出演。アメリカ、ロシア公演。山田流箏曲協会理事。箏曲武声会副会長。学習院大学三曲研究部絲竹会講師。箏曲新潮会会員。四十騎会同人。

望月晴美(邦楽囃子)

宗家藤舎せい子師に師事。長唄を今藤美知、江戸里神楽を若山胤雄各師に師事。1988年東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。1990年同大学院音楽研究科修了。長唄協会、邦楽囃子新の会会員。2005年、紀尾井小ホールにて初リサイタル主催。本年11月、第二回リサイタルを紀尾井小ホールにて予定。

清野さおり(山田流箏曲)

東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。NHK邦楽技能者育成会第40期卒業。NHK邦楽新人オーディション合格。NHKラジオ・テレビ出演。第4回全国邦楽コンクール最優秀賞受賞。2005年文化庁新進芸術家国内研修員に選出。箏・三絃清翔会副会長。箏曲新潮会会員。四十騎会同人。

伊藤ちひろ(山田流箏曲)

東京藝術大学音楽学部邦楽科卒業。同大学院音楽研究科修了。文化庁国内研修員として他派箏曲を鳥居名美野師、河東節三味線を山彦さわ子師に師事。(社)日本三曲協会、山田流箏曲協会、箏曲新潮会会員。箏曲武声会会長補佐。学習院大学三曲研究部絲竹会講師。山脇学園中学校音楽家邦楽助手。

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

亀山香能師の弾き歌い「おもひで」

箏曲 亀山香能 ライブ&トークvol.13

2007年4月22日(日)開催

(東京日暮里・養福寺)

亀山香能師が定期的に開いているライブ&トークvol.13が、4月22日日曜の午後、東京・谷中のお寺にて開催されました。貴重な競演を目の当たりにできるのはもちろん、ゆったりと楽しいトークとともに会は進行し、お寺のお庭の素晴らしい景色を眺め、お茶を飲むなど味わい深いひとときとなりました。その模様をお届けします。

文:笹井邦平

牡丹を背に雅びの世界へ

山田流箏曲の中堅・亀山香能(かめやまこうの)師が年2回のペースで東京で開催しているライブの会場はJR日暮里駅にほど近い谷中のお寺の大広間。土手の下をゴーゴー走る電車の音をものともせずに雅びやかな和の世界へいざなってくれる。

折しも庭に今を盛りと咲き誇る早咲きの牡丹を背に休憩にいただくお茶とお菓子をたしなみながら弥生の日曜の午後のひと時ゆったりとした時が流れる。

シンプルゆえにパッショナブル

亀山香能師の弾き歌い「おもひで」
亀山香能師の弾き歌い「おもひで」

ファーストプログラムは薄田泣菫作詞・鈴木鼓村作曲・京極流箏曲(きょうごくりゅうそうきょく)「おもひで」。京極流は明治30年代に当時の華やかな洋楽趣味のアンチテーゼとして生まれた純日本風の箏曲、三絃(三味線)との合奏はせず箏の弾き歌いのみで演奏するシンプルな音楽である。

亀山師は同流の三代目宗家・和田一久(わだかずひさ)師に師事して現在9曲ほど習得していて、最近のライブのファーストプログラムとしてその中から選んでいる。

「歌詞がとても良く自分の心に触れるものがあって感性というか肌に合うんです。雅びな中に〈もののあわれ〉を感じるんです」と亀山師は言う。

「おもひで」は過ぎ去った恋の追憶を韻文で美しく綴った詩にシンプルなメロディと伴奏が付いて恋の儚さ・切なさ・甘さを浮き彫りにしている。亀山師の抑えたような箏弾き歌いは逆にその溢れるばかりの熱情を彷彿とさせる。

テンションは鰻登り

「竹生島」での藤井千代賀師(左)と亀山師(右)
「竹生島」での藤井千代賀師(左)と亀山師(右)

2曲目は千代田検校作曲「竹生島(ちくぶしま)」を芸大(東京芸術大学)の一級先輩で同じ山田流の藤井千代賀(ふじいちよが)師の箏と亀山師の三絃で合奏。琵琶湖の竹生島に祀られている芸事の神様・弁財天の奇特をテーマにした曲で、生田流にも同タイトルの曲があるが、この曲はクライマックスの「不思議や虚空に音楽聞こえ 花ふり下る春の夜の」という歌詞の後に〈楽(がく)の手〉という山田流独自の厳かで華やかなフレーズが付いていてドラマチックな歌曲となっている。

「かめちゃん」「モーちゃん(千代賀師の本名百代をもじった呼び名)」と呼び合う2人の呼吸(いき)がピタリとあってテンションが鰻登りにあがる。

牡丹に負けぬ艶やかさ

「こんかい」での亀山師(左)と西潟昭子師(右)
「こんかい」での亀山師(左)と西潟昭子師(右)

ラストプログラムは岸野治郎三作曲・佐藤左久箏手付「こんかい」を同じく山田流の芸大の先輩・西潟昭子(にしがたあきこ)師の三絃と亀山師の箏で合奏。

やはり生田流にも同タイトルの曲があるが、箏の調子が低調子なので、30年ほど前にいっしょに山田流の古典を勉強していた西潟師に三絃をお願いしての競演となった。

「こんかい」は姿を見顕して古巣に帰って行く狐の母への思慕を綴った曲で、解説の谷垣内和子(たにがいとかずこ)東京芸術大学講師によればタイトルは狐の鳴き声を表しているという。

その胸張り裂けるばかりの焦がれる想いを亀山師はじわりじわりと滲ませて盛り上げてゆく。西潟師の音締めの良い(調弦のしっかりした)深みのある三絃の音色は古風な趣を湛えて亀山師の歌をサポートする。現代三絃の第一人者としてキレのある演奏をする西潟師のとは思えぬ抑えた三絃の音色を満喫する。

演奏後は藤井師も加わってのトーク、芸大の仲良しトリオで今が旬の山田流女流演奏家の〈揃い踏み〉は谷垣内氏の言葉の如く庭の牡丹に負けぬ艶やかさであった。

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

第6回箏曲組歌演奏会 流派を超えて組歌の魅力を探る

2007年3月24日(土)開催

(東京四ツ谷・紀尾井小ホール)

300年以上前の日本で、八橋検校(1614〜1685)が創始した箏の弾き歌いによる歌曲、箏組歌。鳥居名美野師を代表とする現代邦楽研究所箏曲組歌研究会によって、近代箏曲の根本だった組歌の研究、研鑽が行なわれています。今回、山田流である鳥居師のみならず、他の流派の演奏家も多数集まって開催された、第6回箏曲組歌演奏会を取り上げます。また、箏組歌の奥義をさらに味わいたい方には、CD『鳥居名美野 箏組歌第一集』もあわせておすすめします。

*近代邦楽のエッセンス、日本のリート=箏組曲

文:星川京児

箏組歌は純邦楽のエッセンス

総勢16人で演奏された「天下太平」(表組、八橋検校城談作曲)
総勢16人で演奏された「天下太平」(表組、八橋検校城談作曲)

八橋検校が創始した箏組歌。王朝風の雅な歌詞に、これまたなんとも日本風なタメの効いた箏の伴奏が付いたもの。聴けば、一瞬にして花鳥風月、美しき日本の四季、風景、景物が浮かんでくるという、まさに純邦楽のエッセンスのようなジャンルである。それだけに、聴く方の感性、教養も計られてしまうという怖さもあるのだが。

それにしても八橋検校という人は凄い。彼の享年1685年は、あのバッハとヘンデルが生まれた年。昔、音楽の授業で習った、音楽の「父」と「母」が産声をあげた時、すでに箏曲、三味線、胡弓の近世邦楽の骨格は築かれていたのだ。

今回のプログラムは、山田流の鳥居名美野師を代表とする現代邦楽研究所箏曲組歌研究会主催だが、タイトルどおり、生田や継山など他流派も、伝承のスタイルをそのままステージに乗せて、それぞれの魅力を披露するという、ある種のガラ・コンサートとも言えるもの。こんな贅沢な時間は滅多に味わえるものではない。

総勢16人の奏者が舞台に乗る「天下太平」から「四季の友」「明石」「雲井曲」「心尽くし」「玉鬘」、鳥居名美野、山登松和の「若葉」まで全7曲。八橋検校3曲を入れて、表組、裏組、中組、奥組、そして平調子に雲井調子と、レパートリーも吟味・厳選されている。富山清琴、富山清仁組の齢による歌唱の対比など、歌唱のコントラストも面白い。

シューベルトにも優る日本歌曲

それにしても、邦楽というか、日本の伝統音楽・芸能においての歌(歌詞)の重要さは、ちょっと他に見当たらない。同じアジアの古典声楽をみても、ペルシアやインドには、人間離れした特殊な唱法があり、なかには詞を伴わないものすらあるのだ。中国の京劇や粤劇(注)の唱法も、その特殊性は明らかだし、李朝の國樂の息遣いも、まずは唱法技術が優先する。それゆえに、門外漢でも判りやすいという部分もあるのだが。

ところが本朝の歌曲ときたら、歌詞が理解できて初めて曲の良さが見えてくるという、素人にはやっかいな代物。もちろん、詞の内容なんか判らなくても音楽的に十分楽しめるが、やはり風景、心情が伝わるには、ある程度の理解は必要。今回だけでなく、大概のプログラムに詞が掲載されているのも、このことと無関係ではないだろう。本来は、聴衆も含めて、誰もが歌詞を共有していたのだろう。江戸ブルジョア文化の極致。江戸のサロン・ミュージックと言い換えてもいい。

このことは日本人の洋楽受け入れ過程と似たところもある。最初に交響曲などオーケストラもので入っても、そのうち室内楽の良さが見え始め、最後は歌曲。オペラや古楽、バレエに行くのは嗜好の問題としても、リートとなったらけっこう難しい。それだけに嵌ったら抜けられない魅力があるのか、熱狂的なファンが多い。リートも、ゲーテなど詩人の作品に、きっちりと対応する譜面上の決まり事があり、ドイツ的詩情というものと切り離せない。そう考えれば、八橋検校は日本歌曲の先駆けでもあったのか。

あのシューベルトにも優っていたということですね。

※写真はリハーサル時のもの

注:粤劇(えつげき、ユッケッ)
中国の広東地方で受け継がれている歌舞劇。北京の京劇同様、チャイニーズオペラとして知られている。

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。