神々の音楽 — 神道音楽集成 — 藤本壽一さんに聞く

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復刻されたCD4枚組『神々の音楽—神道音楽集成』は、日本の神道(しんとう)文化の音楽面に光を当てた貴重な音源と豪華な別冊解説書からなる大作で、今もなお類稀な価値を保っています。1976年(昭和51年)第31回文化庁芸術祭レコード部門優秀賞を受賞したこの作品を構成した作曲家・藤本壽一さんに、当時の制作された背景やいま作品を復刻する意義について、じっくりと語っていただきました(じゃぽマガジン編集部)。

 『神々の音楽』を制作した背景について教えてください。

 

 当時、宮中祭祀の音楽[ref]Disc-1収録の「東遊(あずまあそび)」や「御神楽(みかぐら)」[/ref]や、雅楽、民俗祭祀の音楽については、すでに多くの録音物があり、またそれぞれの分野に音楽学的、民俗学的な立場などから書かれた立派な研究も出ていました。

 しかし、これらの音楽が歴史上、神道祭祀と深くかかわって伝承されてきたにもかかわらず、それを神道の音楽的表象として、また宗教に奉仕する音楽としてとらえた作業はほとんどありませんでした。

 もちろん祝詞(のりと)ひとつをとってみても、声明(しょうみょう)のように音高の指示が書いてあるわけではない、神社で多用されている雅楽はかつて大陸から輸入された宴楽であるし、カトリックにおいてのように、有力な作曲家が典礼用の音楽を作ってきたという経緯もない。

 祭りで村人の奏でる素朴な里神楽(さとかぐら)が「神道音楽」と呼べるのか、その分野があまりにも曖昧模糊とした世界であったからでしょう。

 でも、これは西洋の宗教音楽の観点から見た、偏った感想かもしれませんね。

 

 曖昧だった「神道音楽」がどのように明確になっていきましたか。

 

DSCF2327 私は、当時NHKの番組などで作曲を担当していましたが、仕事の合間を縫って広くアジア各地を訪ね、道教、儒教など民間信仰の祭りを見て回っていました。

 各地の祭祀と音楽のかかわりを、学者ではなく創作者の耳で実際に感じてみたかったからです。振り返って日本を見ると、神道特有の清浄な空間を準備して行われる祭祀の場に、さらに静謐の気と生命力を与えようとする種々の音響と言葉と音楽は、やはり他教にはない「神道音楽」と呼べる明瞭な特徴を持っているのではないかと考えるようになりました。

 そこでこれらを「神道音楽」としてまとめてみてはどうかと当時の東芝レコードに提案しました。これが制作の発端です。

 

 収録された音源は臨場感と迫力があり、別冊解説書は充実しています。

 

vzzg-2C 解説には各分野の最先端の先生たちにお願いしました。吉川英史先生は純邦楽の専門家ですから、音楽的によく整備されている教派神道(きょうはしんとう [ref]明治時代以降、公認された神道系の新宗教教団。Disc-2、Disc-3に黒住教(くろずみきょう)、金光教(こんこうきょう)、大本(おおもと)の典礼楽を収録[/ref])に最も興味を持たれて熱心に取り組まれました。

 私は本流の神社祭式の流れに沿って、環境音も含めて祝詞などを収録することにこだわりました。自然環境の残された神域に入れば、風のそよぎ、玉砂利を踏む神職の足音、神殿内においては、開扉の時の木のきしむ音が響きます。これらすべての音が神道音楽の一部をなしていると考えているからです[ref]環境音は明治神宮内の野外録音(Disc-1、Track-1「神社神道の祭式」)[/ref]。

 私はたまたま神社の社家に生まれ神職資格を取得しましたが、国学院大学の講習で祝詞や祭式を学んだのは、明治神宮の高澤信一郎権宮司(ごんぐうじ)からでした。先生の祝詞奏上は敬虔の香気に満ちたもので、神社界でも高く評価されておりました。そこで、高澤先生にもお願いしてこの企画にご協力いただいた次第です[ref]祝詞奏上のレコーディングではスタジオに仮設の神殿を準備して執り行われた。環境音や小野雅楽会の演奏とミックスし、神社の祭式を音で再現(Disc-1、Track-1「神社神道の祭式」)[/ref]。

(記事公開日:2014年01月30日)