奏心会−2006−「今」を語る古典
2006年4月26日(水)開催
(東京四ッ谷・紀尾井小ホール)
“心を奏でよう、心で奏でる”という思いから名づけられ、山田流箏曲の古典曲を中心に演奏会を重ねてきた「奏心会」。今回は新たな工夫を盛り込み、楽器編成も広げ、有志を募り、より多角的に古典を見つめ直したという“新生”「奏心会」の模様をお届けします。
文:笹井邦平
瑞々しい心拡げて
「奏心会(そうしんかい)」とは文字通り“古典を瑞々しい心で奏でる”をテーマに掲げる演奏会。山田流箏曲演奏家・亀山香能(かめやまこうの)が代表となり、東京芸術大学を卒業しプロを志向する若手演奏家の〈修行の場〉として一昨年まで10回の公演を重ねてきた。
一昨年まで出演者は箏曲演奏家が中心だったが、今回箏曲に限らず間口を広げて邦楽の様々なジャンルより有志を募り、多角的に古典を見つめ直すプログラムを組み、リニューアルした「奏心会」が再スタートを切った。
亀山のラブコールに呼応して〈邦楽梁山泊〉に馳せ参じた戦士は〈邦楽囃子〉望月太左衛(もちづきたざえ)・望月太左彩(もちづきたさあや)・福原百貴(ふくはらひゃくたか)、〈尺八〉田辺頌山(たなべしょうざん)・善養寺惠介(ぜんようじけいすけ)、〈三味線〉杵家弥七佑美(きねいえやなゆみ)・鶴澤三寿々(つるざわさんすず)、〈箏曲〉五十川真子(いそがわまさこ)・佐々木千香能(ささきちかの)・木村伶香能(きむられいかの)・亀山香能・小瀬村浪路(こせむらなみじ)の総勢12名、今回は11名が出演して熱い戦いの火蓋が切って落とされた。
邦楽ライブラリー
トップは望月太左衛作曲「ひととき」を太左衛・太左彩の師弟コンビが小鼓と大鼓を打ち合わせて掛け合う。小鼓のポンポンと湿った音色と大鼓のカンカンと乾いた音がステージも壁も木の香床しいホールにたおやかにこだまして温もりが漂う。
山口五郎・山本邦山作曲「現代鈴慕」は都山流尺八の田辺頌山と虚無僧尺八の善養寺惠介が吹き合わせる異流派同士の合奏。「鈴慕(れいぼ)」という古典曲をモチーフにした善養寺の古風な呂音(りょおん−低音)と田辺の切れ味鋭い現代的な甲音(かんおん−高音)が見事にマッチする。
本間貞史作曲「九絃の曲」は三味線の細棹(杵家弥七佑美)・中棹(五十川真子)・太棹(鶴澤三寿々)の合奏で、3絃×3挺で9絃という掛け算の“九九”がタイトルに付く。長唄・地歌・義太夫の3挺の三味線の異なる音色・ピッチがマッチするようなしないようなビミョウなサウンド。
前半は素囃子・尺八合奏・三味線合奏−と多彩なジャンル、しかも楽器は打楽器・管楽器・弦楽器−とあたかも邦楽のライブラリーのようでビギナーには興味深いプログラムとなる。
新邦楽のモデルケース
後半のトップは船川利夫作曲「文楽の幻想」を唄(佐々木千香能)・箏(木村伶香能)・十七絃(亀山香能)・笛(福原百貴)でコラボレーション。文楽の人気シーンを唄と和楽器で綴る。例えば幼い恋人同士が政略結婚で引き裂かれる「野崎村」の合方(器楽のフレーズ)がアレンジされて文楽ファンには楽しい1曲。
フィナーレは全員による中能島欣一編曲「岡康砧(おかやすきぬた)」。〈砧〉とは織った布を叩いて艶を出すのに使う木槌のこと、戦に赴いた夫の無事と生還を祈って妻の打つ砧の音色は秋の夜寒にもの哀しく響き、箏曲の古典的なモチーフとされ様々な〈砧物〉が創作されてきた。これを現代風にアレンジして唄に合唱や輪唱を入れ、本手(主旋律)は箏3面と細棹三味線1挺、替手(助奏)は第一替手が箏1面、第二替手が太棹三味線1挺、管楽器が横笛(篠笛・能管)と尺八2管、そして打楽器は小鼓・大鼓とまさに〈和楽器アンサンブル〉。音の厚さと豊かさが聴衆の身体にズンズンと響いてくる。
「最後は山田流の曲ですが、全員で企画・構成・編曲して演奏する新『奏心会』のメイン曲です。これからは各ジャンルから委員を1人ずつ選出して番組を企画し、古典に根ざした邦楽の新しい道を目指して第一歩を踏み出します」と亀山は演奏会前の私の取材にこう抱負を語ってくれた。
ジャンルや流派・会派などのセクトを超えてグローバルなアングルで古典をリメイクするこの演奏会は邦楽の新しいスタイルの1つのモデルケースとなるだろう。
※写真はリハーサル時のもの
奏心会会員プロフィール
望月太左衛(もちづき・たざえ)
邦楽囃子 小鼓
東京芸術大学邦楽科卒業、同大学院修士課程修了。2003年同大学院博士課程入学。邦楽囃子を幼少より父(十代目家元望月太左衛門)に指導をうける。1994年二代目望月太左衛を襲名。“二世望月太左衛 鼓樂”を開催するなど邦楽囃子における独自の世界を展開中。社団法人長唄協会理事・学校教育邦楽普及委員 国立劇場養成課鳴物講師。
望月太左彩(もちづき・たさあや)
邦楽囃子 大鼓
ノースウェスタン大学(コミュニケーション専攻)卒業。在学中に日本文化に興味を持ち、1995年より邦楽囃子を望月太左衛師に師事。2005年東京芸術大学邦楽科卒業。在学中より、望月太喜雄師に師事。三味線を杵屋五司郎師に、能楽囃子を柿原崇志師に師事。長唄協会会員。
田辺頌山(たなべ・しょうざん)
都山流尺八
父、恵山に手ほどきを受け、早稲田大学入学と同時に山本邦山師(人間国宝)に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。ローマ法王謁見演奏をはじめ海外演奏も多い。1993年長谷検校記念第1回全国邦楽コンクールで最優秀賞。CD「静かなる時」をリリース。尺八本来の持ち味を大切にし、ジャンルにとらわれない幅広い活動を行っている。都山流尺八楽会大師範。
善養寺惠介(ぜんようじ・けいすけ)
琴古流尺八
東京芸術大学邦楽科卒業、同大学院修士課程修了。6歳より、虚無僧尺八の手ほどきをうける。同大学在学中は山口五郎師(人間国宝)に師事。1999年、第一回独演会『虚無尺八』開催、現在に至るまで5回を重ねる。2000年尺八教則本「はじめての尺八」(音楽之友社刊)を執筆。2002年ビクター財団賞奨励賞受賞。虚無僧尺八を中心とした演奏活動のほか、関東各地にて尺八普及のための教授活動を行っている。
杵家弥七佑美(きねいえ・やなゆみ)
長唄三味線(細棹)
東京芸術大学邦楽科卒業。六世杵家弥七師に師事。1983年シアトル公演。1988年テキサス州ダラス・ヒューストン・サンアントニオ市にて公演。各市の名誉市民となる。長唄協会会員。杵家会会員。現在、長唄の演奏会の他に、舞踊会、NHK・FM放送など、幅広い場で演奏活動を続けている。
五十川真子(いそがわ・まさこ)
山田流箏曲 三味線(中棹)
東京芸術大学邦楽科卒業。山田流箏曲を亀山香能師に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。「邦楽のひととき」出演。NHK邦楽オーディション合格(箏・三味線)、奏心会に結成時より参加。近年は全国各地の小学校、中学校、高校での学校公演を企画・出演、子供たちの和楽器の普及につとめている。上原潤之助(三味線)と「福之音」を結成。邦楽アンサンブル「昴」「オースケトラアジア」メンバー。
鶴澤三寿々(つるざわ・さんすず)
義太夫三味線(太棹)
東京芸術大学大学院(音楽学)修了。1991年、竹本駒之助師に師事。1994年、初舞台。女流義太夫演奏会や若手勉強会をはじめ、NHK「新春檜舞台」「邦楽のひととき」等にも出演。新作にも取り組み、野村万之丞プロデュース「復元・阿国歌舞伎」公演に参加。平成11年度芸団協助成新人奨励賞受賞。平成13年度文化庁芸術インターンシップ研修員。義太夫協会、人形浄瑠璃因協会所属。
佐々木千香能(ささき・ちかの)
山田流箏曲 唄
東京芸術大学邦楽科卒業。山田流箏曲を亀山香能師に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。2000年賢順記念コンクール銀賞。平成13年度文化庁芸術インターンシップ研修員。2001年ビクター邦楽技能者オーディション合格、ビクターよりCD「山田流箏曲佐々木千香能」を発表。2004年第2回リサイタル開催(文化庁芸術祭参加)。
木村伶香能(きむら・れいかの)
山田流箏曲 箏
東京芸術大学邦楽科卒業。山田流箏曲を亀山香能師、河東節三味線を山彦千子師に師事。NHK邦楽技能者育成会、現代邦楽研究所研究科修了。平成16年度文化庁芸術インターンシップ研修生。2003年第10回賢順記念全国箏曲コンクールにて賢順賞(第1位)受賞。2005年NHK邦楽オーディション合格。ポーランド、スイス、フランス等、国内外で活動中。
亀山香能(かめやま・こうの)
山田流箏曲 十七絃
東京芸術大学邦楽科卒業、同大学院修士課程修了。山田流箏曲を中能島欣一師に師事。同大学非常勤講師を務める。1979年に第一回リサイタルを開催以来、現在までに十三回を数え、2005年のリサイタルにおいては、文化庁芸術祭優秀賞を受賞。国際交流基金などの派遣によるヨーロッパ公演も多数行う一方、箏曲以外の邦楽器との演奏会も積極的に行い、年間に度々、箏曲Live「亀山香能Talk & Live」を開催している。
福原百貴(ふくはら・ひゃくたか)
邦楽囃子 笛
東京芸術大学邦楽科卒業。幼い頃獅子舞の笛に興味を持ち、11歳より福原徹師に師事。1999年福原百貴の名を許される。芸大卒業後は邦楽囃子笛方として邦楽演奏、舞踊会などで演奏活動を行っている。
小瀬村浪路(こせむら・なみじ)
山田流箏曲
東京芸術大学邦楽科卒業。6歳から箏の手ほどきを受ける。1982年、NHK教育テレビ「お箏のおけいこ」に一年間出演。1983年より亀山香能師に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。奏心会会員として第一回演奏会より参加。2003年、アメリカ大使館にて演奏。公共施設でのお箏講座や公立中学校での演奏指導等、出身地である厚木市を中心に活動している。
笹井邦平(ささい くにへい)
1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。
(記事公開日:2006年04月27日)