第四十六回ビクター名流小唄まつり
2006年7月 4日(火)〜5日開催
(日本橋 三越劇場)
長きにわたって開催され、今年で第46回を数えるビクター名流小唄まつり。平成16年からはビクター小唄奨励賞“市丸賞”が制定され、今年は市丸賞に春日とよ五凛さん、優秀賞に蓼史ま由さんが顕彰されました。二日間にわたり多数の流派の方が出演し、粋な小唄の芸を次々に披露しました。その模様をレポートします。
“三分邦楽=小唄は和のエッセンス”
文:星川京児
小唄の殿堂:三越劇場
第46回ということは、今年46回目を迎えるということ。場所は日本橋三越劇場。なんとも素晴らしいマッチング。こんなに雰囲気の出る劇場はちょっと他にはない。なにせ100人近い出演者である。とうていワンステージでは収まらない。で、7月4、5日の2日間。午前中からわずかな休憩を挟んでぶっ通し。まさにお祭りである。全身が小唄まみれ。ちょっとした異世界気分。ある意味こんな贅沢、ちょっと味わえない。心地よい緊張感は、平成16年に制定された『市丸賞』のコンペティションも兼ねているからか。
多様な江戸文化
最初は戸惑いながらも、そのうちそれぞれの差違が見えてくる。そう、聴こえてくるのではなくて観えてくるのだ。もともとお座敷芸ということもあってか、押さえた唄に抑制の効いた三味線。替手が入っても賑やかというより、ふんわりと空気が広がる感じ。なによりテンポがストレートで、慣れない聴衆を突き放す過度な間合いがないのがいい。同じ三絃を使った中国の語物や、ギターのブルースに馴染んだ耳にも心地よいのである。
ブルースといえば、日本の唸るブルース義太夫をネタにした小唄版【曽根崎心中】など三味線がきっちり太棹風にスライド。なにより爪弾きというのがいい。これが撥弾きとなれば、さすがに耳が持たない。
もっと多様なのが唄。聞くところによると流派だけで百を越すとのこと。今回のステージにも20を超える流派がエントリーされていた。流派の違いもあるのだろうが、なによりみなさん個性的。ヴィヴラートの塊のような唄があれば、ピアノ・フォルテだけで陰影を付ける人あり、一人として同じ歌唱がない。いずれもプロなのだから当然といえば当然だが。それに、こういった合同舞台にありがちな、ギスギスした雰囲気があまりないというのも好感。これは客席からの視点だからかもしれない。としたら、この柔らかい一体感こそ、この芸の粋ということか。
20を超える流派がエントリー、個性的な芸を披露
すべての邦楽への扉
とはいえ、これだけ続けて聴けるのは小唄だからこそ。長くて4分ちょっと。平均すれば3分は切るというコンパクトさがポイント。基になったという清元はもちろん、長唄・常磐津、新内のいいとこ取り。先の義太夫ではないが、伝統邦楽のスタンダードも揃っているので、他のジャンルと比べてみるのもよし。江戸美学の終着点のような完成度を持ちながら、邦楽全体への入門編としても格好の素材なのである。
ある関係者の言っていた3分邦楽というのは言い得て妙。時代の要求に答え得るタイム感覚。シングル盤対応の邦楽=小唄というのは案外定着するかも。
今回最大の驚き、いや収穫はトリをとった千紫千恵。声のコントロール、ピッチの良さはとても御年103才とは思えない。スポーツ化する前の武道にも通じる、生涯現役という感覚。衰えるのではなく、濃縮されてゆく日本文化の象徴を観ました。
それにしても皆勤賞が3人もいるとは。これからの高齢化社会、聴くだけではなく、演ってみるものは小唄かも。そんな風に思えてくる小唄まつりでした。
星川京児(ほしかわ きょうじ)
1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。
(記事公開日:2006年07月05日)