安藤政輝 箏の世界

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2006年11月19日(日)開催

(北とぴあ つつじホール)

優れた邦楽演奏家であり、学術博士である安藤政輝さん。CD『安藤政輝 箏の世界』の発売とあわせ、秋の深まりが感じられる11月、北とぴあ国際音楽祭2006公演の一環となるコンサートが開かれました。豪華な共演者を迎え、CDとまた一味違う、素晴らしいステージの模様をレポートします。

文:笹井邦平

宮城道雄の心を継いで

会場は詰め掛けた聴衆で満員
会場は詰め掛けた聴衆で満員

普段邦楽を聴かない人でも正月に商店街やショッピングセンターで流れる「春の海」のメロディは耳に残っているはず、これが正月気分をいっそう盛り上げ箏曲の代表曲のように思われがちだが、これは故宮城道雄(みやぎみちお)師が昭和4年に作曲した〈新日本音楽〉と云われるジャンルの名曲で、決して江戸時代より伝わる古典曲ではないが、春の穏やかな海辺の風景を綴った美しい曲想は親しみ易く箏曲のスタンダードナンバーとなっている。

安藤政輝(あんどうまさてる)師はその宮城師の親戚筋にあたり、最後の弟子とも云われる。1990年より約350曲ある宮城道雄作品の〈全作品連続演奏会〉を立上げ、現在は中断しているものの「まだ三分の一くらいまでしかいっていないのでいずれ再開したい」と安藤師は語る。

古典曲にチャレンジ

「五段砧」。二代野坂操壽師との競演。
「五段砧」。二代野坂操壽師との競演。

これまでの安藤師のリサイタルには必ず……と言って良いほど宮城作品がいくつか含まれていたが、今回〈安藤政輝 箏の世界〉というタイトルで古典曲のみを集めたCDが当財団より発売され、その発売記念として北区文化振興財団が主催する〈北とぴあ国際音楽祭2006〉の参加公演としてこのリサイタルが開催された。

1曲目は「五段砧(ごだんぎぬた)」を二代野坂操壽(にだいのさかそうじゅ)師との箏の競演で、本手(主旋律)と替手(助奏や装飾音)との合奏―というスタイルで演奏。

砧とは布を叩いて柔らかくして艶を出すために使う石の槌、澄み切った秋の夜空に響くリズミカルなその音は〈秋の風物詩〉として音楽化され、〈砧物〉として箏曲の1ジャンルを形成している。歌を基本とする古典箏曲の中では演奏だけの数少ない器楽曲で、野坂師との呼吸(いき)の合った絶妙の掛け合いに会場が静まり返る。

他流・重鎮との競演

山勢松韻師との「松竹梅」。
山勢松韻師との「松竹梅」。

2曲目は山田流の人間国宝・山勢松韻(やませしょういん)師の三絃(さんげん・三味線)との合奏で「松竹梅(しょうちくばい)」。これは歌の間に〈手事(てごと)〉と云われる聴かせ処の間奏が入る古典曲本来のスタイル。安藤師は生田流(いくたりゅう)で違う流派との競演は新鮮、山田流の歌は〈定間(じょうま・コンスタントな拍子・リズム)〉で聴き易く、山勢師はその山田流の第一人者で、味わい深い山勢師の歌と安藤師の華麗な箏が見事に溶け合う。

終曲は三曲協会会長で生田流の重鎮・二代米川文子(にだいよねかわふみこ)師の三絃と安藤師の箏の合奏で「八重衣(やえごろも)」。これは『小倉百人一首』の中の〈衣〉を詠んだ和歌を五首四季の順に綴った曲で、箏曲のリサイタルによく演奏される大曲である。米川師の古典の匂い芳しい深みのある歌と三絃、安藤師のリズミカルな箏がこの大曲を華麗に盛り上げる。

古典を現代のテンポで

終曲となった大曲「八重衣」。
終曲となった大曲「八重衣」。

3曲聴き終わって感ずるのは古典曲にしてはテンポが早くリズミカルであること、つまり古典の黴臭さがなく、21世紀の現代人の感覚で演奏していることである。それが古典に現代の息吹を与える―ということで、宮城道雄師が古典をベースに昭和の新しい日本音楽を創りだした状況に近い。

古典とは古いフォームに演奏する人間の血を通わせることで蘇る―そんな想いが胸を過ぎった。

(写真提供:安藤政輝)

安藤政輝(あんどう まさてる)

andomasateru宮城道雄・宮城喜代子・宮城数江に師事。宮城会第1回コンクール第1位。東京芸術大学大学院博士課程修了。日本で初めての音楽家による博士(学術博士)として日本音響学会、国際音響学会、音楽教育国際会議、日本音楽教育学会等において論文発表および演奏・講演等。(英)ケンブリッジ大学サマースクール、(米)アーラム大学における教授活動の他、カーネギーホール、ムジークフェライン、サラエボ国際ウインターフェスティバルにおける演奏など海外でも活動。
1972年より現在までに20回のリサイタルを開催。1990年からは「宮城道雄全作品連続演奏会」を開始、継続中。
『生田流の箏曲』(講談社 13刷)、ビデオ『箏〜さくらを弾きましょう〜』(ビクター伝統文化振興財団)などの著作がある。
現在、東京芸術大学教授。輝箏会・箏グループかがやき主宰。
ホームページURL:http://www.h2.dion.ne.jp/~masando/

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

(記事公開日:2006年11月19日)