つるとかめ ”しゃっきとせ” Live
2007年6月26日(火)開催
(東京墨田・アサヒ・アートスクエア)
津軽民謡の巨匠、澤田勝秋さんと、太鼓と歌に定評のある木津茂理さんによる民謡ユニット、つるとかめのライヴの模様をお送りします。4月に発表した新作『しゃっきとせ』にあわせて行なわれたライヴで、ゲスト参加した細野晴臣さん、浜口茂外也さんも登場するなど、ライヴは大盛況となり、民謡の楽しさが十二分に伝わるものとなりました。
文:星川京児
【民謡ユニット】つるとかめ
日本の伝統音楽のなかで、最も人口の多いジャンルが民謡らしい。といって、まわりを見回してみても、プロの民謡歌手が歩いているわけではないし、若人向けに専門雑誌などが発売されているという話も聞かない。とはいえ、全国に散らばる民謡教室の類は膨大というし、民謡大会などいずれも盛況という。要は、かなりの人達にとって、あまりにも身近で、また自分で楽しむためのものとして社会に定着しているということなのだろう。
ところで【民謡】という言葉は日本にはなかったというと驚かれるかも。もともとは学者が英語のフォーク・ソングを翻訳したことに始まる。昭和以前は、いわゆる民謡のレコードを俚謡と呼んていた。辞書などの定義は「郷土の庶民の間に自然に発生し、その生活感情や民族性などを素朴に反映した歌謡」となっており、田植歌、馬子歌など労作歌、婚礼や祭礼の祝い歌、踊り歌などを例として挙げている。作詞・作曲家が判明している新民謡に関しても「地方色を帯びた新作歌謡(広辞苑)」として含めているが、実際はもっと多様。作品によっては歌謡曲との境界線の見えないものも多い。
民謡歌手の歌謡曲、特に演歌系が多いのもその延長だろう。昨今はやりの沖縄や奄美の島唄だって、民謡。限りなくシンガー・ソングライターに近い人もいるが、基本のメロディや唱法は民謡という歌のジャンル。これに、ギターやキーボード、ドラムといった洋楽アレンジを施せば立派なワールド・ミュージック。エンヤをはじめとするケルトだって、同じ道を辿ってきたのだから、まだまだ可能性は大きい。
「つるとかめ」は、全く異なったアプローチの民謡ユニット。津軽民謡一筋の巨匠、澤田勝秋と、これまた若手ながら太鼓と歌には定評のある木津茂理という、民謡界ではちょっと信じられない、まさに【ユニット】というしかないコンビ。
ユニークなのは、今風のサウンド・アレンジに凝ったり、大仰なメッセージ民謡を創作したりしないこと。作品の多様さなら、日本各地に残された民謡の中にいくらでもあるし、内容も、人の人生すべてに対応できるだけの歌が揃っている。ということで、人工甘味料や調味料は一切なし。喉と三味線と太鼓だけで勝負。ついでに、その歌に説得されてしまう自分自身がなんとも新鮮なのですが。
日本人に生まれて良かったと思う一夜
ジャンルを問わず、様々な試みで知られるアサヒアートスクエアでのライブは、三枚目の新作『しゃっきとせ』発売に合わせたもの。録音に参加した、あの細野晴臣とパーカッションの浜口茂外也などもゲスト出演。CDもそうだが、異なるジャンルの人たちとのコラボレーションに、全く違和感がないことがとても不思議。そういえば「西馬音内盆踊」で登場したバリの笛スリンも、祭囃子の笛と思えば納得。循環呼吸法という奏法が変わっているから、録音と違って目に付いただけなのかもしれないが、これがフルートでは難しいだろう。いずれにせよ、ゲストたちが限りなく二人の民謡の世界に寄り添ってこそ、可能になったステージ。それとも、二人の【民謡力】の強さが尋常ではないということか。
とにかくオープニング「越後松坂」の格好いいこと。デビュー作『つるとかめ』以来の定番だが、こういう選曲センスは、いまの民謡界にはちょっと見当たらない。後は新譜と、お得意の津軽ものを中心に展開する。間に木津の「八丈太鼓囃子」、澤田の「津軽山唄入り曲弾き」と見せ所というか、聴かせ所を散らし、きっちりと場の温度を上げてゆく。このあたりはさすが玄人。民謡というジャンルのプロの仕事を見せてくれる。
いつも何かしらの驚きを与えてくれる二人だが、今回面白かったのは「げんげんばらばら」。有名な岐阜県は郡上踊りの唄だが、言葉の面白さがこんなにストレートに伝わってくるのは初めて。プロだから巧いのは当然なのだが、まるで知り合いの宴会で、となりの人が歌っているような臨場感。なにかと厚化粧のステージ民謡では決して味わえないのが「つるとかめ」。もともと、民謡とはそういうものなのだが。
後半最後には「阿波よしこの」に合わせてか、阿波踊りの連というか、愛好家も会場内飛び入りで、まさに、これぞ民謡。盆踊りにはちょっと早い季節だが、本来、日本人の持っていた素朴な陽気さが、そのまま開放された空間となって、心も体も解してくれた。
嬉しいのは、場所柄かビールと焼酎、ワインが格安で飲めたこと。裃付けた他の邦楽会場では決して味わえない濃密な時間であった。ほんと、日本人に生まれて良かったと思う一夜でした。
つるとかめ “しゃっきとせ” Live 演奏曲目
【前半】
- 越後松坂
- 津軽囃子(越後甚句)
- よされ〜南部よしゃれ
- 八丈太鼓囃子
- 津軽山唄入り曲弾き
- 秋田荷方節
- こきりこ節
- げんげんばらばら
- 西馬音内盆踊
【後半】
- 隠岐の田植唄〜江州音頭〜しあわせハッピー
- 津軽小原節
- 相馬盆唄
- 津軽甚句
- 出雲崎おけさ
- 鹿児島はんや〜阿波よしこの
【アンコール】
- 黒石よされ
- (東京音頭)
星川京児(ほしかわ きょうじ)
1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。
(記事公開日:2007年06月26日)