山本東次郎家 狂言の会

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2007年8月28日(火)開催

(東京・杉並能楽堂)

狂言界に揺るぎない存在を示す山本東次郎一門。その技芸を余すところなく収録したDVD『山本東次郎家の狂言』の発売を記念し、『定年時代』紙と日本伝統芸能音楽CD・DVDの通販で知られるカルタコムとの共同主催企画として8月28日に行なわれた「山本東次郎家 狂言の会」の模様をお伝えします。

「セリフだけの音楽劇・狂言の楽しさ」

文:星川京児

ちょうど良いサイズの杉並能楽堂

増田正造氏(武蔵野大学名誉教授・写真右)と山本則重師による実技と解説
増田正造氏(武蔵野大学名誉教授・写真右)と山本則重師による実技と解説

狂言のイメージというと、セリフ中心のファルス(笑劇)というイメージがある。謡や舞が入るところも、一人の演者が演ってしまうことが多いし、囃子のはいる演目も、時に省かれたりする。結果、狂言というと、会話の面白さや、滑稽な所作、動物の模倣に目がとられて、ますますその印象を強くしてしまう。昔流行ったCM「猿にはじまり狐に終わる」のである。これは狂言デビュー・プログラムの「靫猿(うつぼざる)」の小猿から、落語の真打ちクラスの大ネタ「釣狐(つりぎつね)」の古狐のこと。幽玄をもってする能とはかなり趣を異にする。

なにより、能には数多くの録音があるが、狂言では音だけのソフトというのはちょっと見当たらない。一緒にしたら叱られそうだが、講談、落語のドラマ性は言葉だけでは伝わりにくい。やはり、絵があってこその狂言。動きがあって初めて解る面白さなのである。

『山本東次郎家 狂言の会』が行われたのは、閑静な住宅街にひっそりと佇む杉並能楽堂。演者の息遣いがそのまま聴き取れる専用ホールならではの臨場感。これなら、少々言葉の意味など分からなくても、ストーリーに共鳴できるちょうど良いサイズ。伝統とは、こういったことも含めてのソフト&ハードを言うのだろう。

テーマの普遍性、通底するビートを痛感

まずは、無垢というより、若干愚かしい婿と父親の一枚しかない袴を巡るドタバタ劇「二人袴(ふたりばかま)」。迎える舅も交えて、一段、二段、三段と盛り上げる舞の緊迫感は、観ているこちらも思わず手に汗握るもの。特に【相舞(あいまい)】という二人で同じ舞を舞うアクロバティックな動きは圧巻。見事な舞踊劇でもある。当人たちにとってはいたたまれない失敗談なのに、観てて暖かい気持になるのは、登場人物すべてに悪意がないためか。

「布施無經」シテ(出家):山本東次郎 アド(施主):山本則直
「布施無經」シテ(出家):山本東次郎 アド(施主):山本則直

続いての「布施無經(ふせないきょう)」は山本家のお家芸。こっちはお布施が欲しいという出家と、お布施を忘れたクライアントとの攻防。回りくどい要求の中に現れる葛藤と、どう繕っても本音全開の出家と施主の間合いの妙。時に噛み合わない言葉の遣り取り、もどかしさは、ある種、不条理漫才にも展開する可能性を秘めている。そういったことを削ぎ落として、エッセンスだけを抽出したのが狂言なのだろう。最高のデュオを聴いたような快感もある。とはいえこの状況。思い当たることが多々あると、思わず身につまされる。

最後は総勢9人という大所帯の「千切木(ちぎりき)」。鼻つまみ者はいつの世にもいるものだが、仲間外れにされた対象が連歌というのが面白い。外された文句を付けに行き、あげく放り出され、妻に唆され、仕返し、空威張というパターン。この愚かしさこそ狂言の王道かもしれないが、それだけではここまで残る作品にはなるまい。なんといっても、連歌の会というシチュエーションを活かした演出が凄い。一人のセリフに他のセリフが被り、またそれにセリフが被るという、声が波のように重なり合い、大きなリズムとなって対象を呑み込んでしまう。ギリシア古典劇のコロス(注)ではないが、声=言葉ではなく、声=音という物理的な演出。身体だけを使ったシンプルな狂言だからこそ獲得した方法論の一つだろう。

「千切木」
「千切木」 シテ(太郎):山本則俊 アド(当屋):山本則直 アド(太郎冠者):山本則孝 立衆(連歌の客):山本則重 立衆(連歌の客):山本則秀 立衆(連歌の客):平田悦生 立衆(連歌の客):山本修三郎 立衆(連歌の客):鍋田和宜 アド(妻):山本泰太郎

3本を通して痛感したのは、テーマの普遍性、そして通底するビート感だということ。狂言は、歌や楽器を必要としない音楽劇なのかもしれない。

注)コロス(khoros)
古代ギリシア劇の合唱隊。劇の状況を説明するなど、進行上大きな役割を果たす。日本の能の世界で地謡(じうたい)のような役割。

杉並能楽堂

杉並能楽堂は、明治43年、江戸城三の丸能舞台の図面を基に創建されたといわれ、昭和4年に本郷弓町から現在の杉並に移築された。鏡板(舞台正面奥)の老松の絵も、江戸城で使われた下絵をそのままに描かれたと言われており、古色が大変美しい。現代建築の粋を集めて能楽堂が次々とつくられている中、東京では九段の靖国神社の能舞台に次いで古い能楽堂として知られ、品位と気迫に充ちた山本家の至芸に相応しい趣がある。(杉並能楽堂の公式サイトはこちら

山本東次郎(やまもと とうじろう)

昭和12年生。大蔵流・故山本東次郎則重の長男。昭和39年、東次郎、則直、則俊三兄弟揃って「茶壺」で芸術祭奨励賞受賞。平成4年度芸術選奨文部大臣賞受賞。平成6年度観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。平成10年紫綬褒章受章。平成13年エクソンモービル音楽賞(邦楽部門)受賞。平成18年度日本芸術院賞受賞。重要無形文化財総合指定・日本能楽会会員。

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

(記事公開日:2007年08月28日)