第一回 徳丸十盟 尺八演奏会
2007年12月15日(土)開催
(紀尾井小ホール)
日本はもとより、海外での演奏など幅広い活動で知られる琴古流尺八奏者・徳丸十盟さん。当財団の邦楽技能者オーディション第1回合格者でもある徳丸さんの初リサイタルが、満を持して2007年12月15日・紀尾井小ホールで行なわれました。尺八の奥深い音色、共演者を迎えての華やかな合奏で観衆を魅了した演奏会の模様をレポートします。
文:笹井邦平
師への報恩として
琴古流尺八の徳丸十盟(とくまるじゅうめい)さんが初リサイタルを開催、箏曲のリサイタルや演奏会で活躍している徳丸さんだが、初リサイタルとは意外な感がある。
「二十代後半か三十代前半くらいの頃、周囲のリサイタルブームに少し焦り、師匠(故山口五郎師)に自分もするべきかと相談しましたら、『焦らなくても必ずそういう時がくるから大丈夫、周りが押してくれるから』とのお答えで、未熟者をやんわりとなだめていただきました。以来自分の演奏会はもういいかなと思っていましたが、師匠へのご恩返しということを考えた時、何がご恩に報いることになるのか……こんなことが動機といえば動機です」と徳丸さんは公演前の私の取材に答えてくれた。
次世代の21世紀バージョン
序曲は琴古流尺八本曲「鹿の遠音(しかのとおね)」を青木彰時(あおきしょうじ)さんとの尺八二重奏。〈尺八本曲〉とは箏や三絃と合奏しない尺八のソロで、江戸時代虚無僧が諸国行脚をしながら吹いた楽曲である。
「鹿の遠音」は雌雄の鹿が奥山で鳴き交わす様を表すと云われ、交互のソロから入りクライマックスにはデュオになる。競演の青木さんは徳丸さんと同世代、共に次代のホープと云われ、呼吸も合って一幅の錦絵のような情景が描き出される。
私は徳丸さんの師・故山口五郎師と青木さんの父君・青木鈴慕師の名演を聴いているので、次世代がその芸を継承してのチャレンジは「鹿の遠音」21世紀バージョンといえるだろう。
2曲目は光崎検校作曲「五段砧(ごだんぎぬた)」を藤井昭子(ふじいあきこ)さんの箏と徳丸さんの尺八で合奏。従来は箏の低音(本手)と高音(替手)の二重奏だが、低音パートを尺八でカバーする――というバージョン、箏も尺八も音色がクリアでノリも良くリズミカルで軽快な器楽合奏となる。
奥深さと華やかさと
3曲目は琴古流尺八本曲「真虚霊(しんのきょれい)」。琴古流本曲の中でも完成度の高い名曲と云われ、ライトの落ちたステージに微かに妙音が流れライトがフェイドインしていく。微妙に掠れるような低音が美しく、それは洋楽のビートの聴いた低音ではなく地の底より沸いてくる如き呂音(りょおん)、その深くて豊かな宇宙サウンドは聴く者を異次元空間へといざなってくれる。
トリは光崎検校作曲「七小町(ななこまち)」を藤井泰和(ふじいひろかず)さんの三絃、藤井昭子さんの箏、徳丸さんの尺八の三曲合奏で華やかに締める。徳丸さんは藤井兄妹とはやはり同世代で公私ともに親しく、母の故藤井久仁江師に可愛いがってもらったと言う。
小野小町をモチーフにした能楽の七つの作品より詞章をダイジェストしたもので、〈手事(てごと・長い間奏)〉は三人の伯仲した力量が互角にぶつかる力感溢れる演奏に客席が静まり返る。
地味なイメージながら奥深く輝くような魅力を持つ〈尺八本曲〉2曲とメリハリの効いた華やかな光崎検校作品が2曲――というプログラムは徳丸さんの満を持しての気概と蓄積された芸が同時に開花したインパクトのある初リサイタルとなった。
※写真はリハーサル時のもの
略歴
藤井泰和
祖母阿部桂子、母藤井久仁江(人間国宝)に箏・三絃を師事。83年東京藝術大学邦楽科卒、85年同大学院修了。86年より国際交流基金の派遣により欧米各地で講義・公演多数。93年より文化庁芸術祭参加公演を含め現在まで13回リサイタルを開催。95、96年高崎芸術短期大学講師を務める。00、01年坂東玉三郎特別公演にて「雪」を共演。06年母藤井久仁江より銀明会会長を任され三代目家元に就任。現在、門下生育成の傍ら、ライブ活動、公演、FMラジオ等で活躍する。NHKオーディション合格、文化庁芸術祭新人賞・優秀賞受賞。
銀明会会長、日本三曲協会参与、生田流協会理事。
藤井昭子
祖母阿部桂子、母藤井久仁江(人間国宝)に箏・三絃を師事。86年より現在まで文化庁、国際交流基金等の派遣による欧米各地での演奏多数。95年第一回リサイタルを開催。以後、07年までに全八回開催。01年6月「地歌ライブ」を開始。以後定期的に開催し、現在まで全三十六回、六〇曲あまりの古典曲を演奏。03年第七回日本伝統文化振興財団賞受賞、CDアルバムを制作。04年12月第五回リサイタル「藤井昭子演奏会」の演奏に対し、第五十九回文化庁芸術祭新人賞受賞。06年7月イギリス・ロンドンにて「藤井昭子地歌演奏会」を開催。現在、九州系地歌箏曲演奏家として演奏会・NHK放送の出演等に活動の場を広げている。
青木彰時
幼少より琴古流尺八を父二代青木鈴慕(人間国宝)に師事。88年小林一城につき尺八の製管技術を修得。92年文化庁芸術インターンシップ生として人間国宝・菊原初子師、菊原光治師に地歌合奏を師事。93年中学校音楽鑑賞用パイオニアLDに「鹿の遠音」収録。95年第1回リサイタルを紀尾井ホールで開催(96年第2回リサイタルを紀尾井ホールで開催)。00年韓国での日韓人間国宝の饗宴に出演。02年東京国際尺八サミットで講義。03年中国、天津音楽学院にて中国楽器との交流演奏会に出演。04年ニューヨーク国際尺八フェスティバルにて講義・演奏。05年ロシア国立モスクワ音楽院ラフマニノフホールで公演。
現在、日本三曲協会参事、琴古流協会理事、東京藝術大学非常勤講師、洗足学園音楽大学現代邦楽講師。
徳丸十盟
幼少より父に琴古流尺八を習う
1984年 | 東京芸術大学音楽学部邦楽科尺八専攻卒業 在学中、山口五郎師に師事 |
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1988年 | 東京芸術大学音楽学部音楽研究科(大学院修士課程)修了 |
1987年 | NHK 邦楽オーデイションに合格 |
1989年 | 日本・ニューカレドニア文化交流協会の招きによりニューカレドニアに演奏旅行 |
1990年 | スペイン・セヴィーリャにて開催された、世界弦楽器フェスティバルにて演奏 |
1991年 | 琴古流尺八竹盟社(宗家山口五郎)師範を取得 竹号 十盟を許される |
1993年 | 国際交流基金の助成により、トルコ・ハンガリー国内各地を演奏旅行 山口五郎師と共に日印音楽交流使節として、インド国内各地を演奏旅行 |
1994年 | 国際交流基金の派遣により、アフリカ各国を演奏旅行 |
1996年 | 国際交流基金の助成により、アメリカ国内を演奏旅行 |
1998年 | アメリカ・コロラド州ボルダーに於て開催された、世界尺八フェスティバルに招待され講義・演奏 国際交流基金の派遣によりロシア国内・カザフスタンを演奏旅行 |
1998年 | 国際交流基金の派遣によりドイツ・イタリア・ベルギーを演奏旅行。 |
2000年 | 第一回ビクター邦楽技能者オーディションに合格 記念CDを制作・発売 |
2003年 | 東京藝術大学の派遣によりウズベキスタンへ演奏旅行(三月・十月) |
2004年 | イタリア・パドヴァ市の招聘にて本曲リサイタルを開催 |
2005年 | フランス・パリ、ユネスコ六十周年記念コンサートにて演奏 |
2006年 | 国際交流基金の助成によりイギリス・ロンドンにて演奏 |
2007年 | モスクワ音楽院の招聘によりロシアにて講義・演奏 |
1989〜91年 1993〜95年 1999〜02年
東京芸術大学邦楽科尺八専攻非常勤講師(助手)
2002〜05 東京芸術大学邦楽科尺八専攻非常勤講師
琴古流尺八 雅道会主宰 竹盟社師範 日本三曲協会参事 琴古流協会会員
笹井邦平(ささい くにへい)
1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。
(記事公開日:2008年01月07日)