むすびひめ『万葉に遊ぶ』CD発売記念コンサート

奈良の都と”雅”の音色 芝祐靖師を迎えて〈奈良の音色のトーク&演奏〉

  • 文字サイズ:

2008年4月10日(木)開催
(奈良県代官山iスタジオ)

万葉の昔から奈良の都で奏でられていた雅楽。田島和枝さん(笙〈しょう〉、竽〈う〉)、中村香奈子さん(横笛・排簫〈はいしょう〉)からなる雅楽ユニット、むすびひめの最新CD『万葉に遊ぶ』の発売を記念して4月6日から10日まで東京・代官山で行なわれたイベントより、特別ゲストに芝祐靖(しば すけやす)師を迎えた10日の模様をお送りします。

文:増渕英紀

むすびひめと芝祐靖師
むすびひめと芝祐靖師

去る3月26日に最新アルバム『〜万葉に遊ぶ〜』をリリースしたばかりの新進女性雅楽ユニット、”むすびひめ”が代官山iスタジオにて「奈良の都と”雅”の音色」(4月6、7、10日)と題したCD発売記念イヴェントを行った。

最終日の10日は『〜万葉に遊ぶ〜』にも楽曲を提供している雅楽演奏家にしてプロデューサー、作曲家の芝祐靖(しば すけやす)とのトーク・ショーという内容であったこともあり、さながら生演奏を交えながらの雅楽ゼミといった様相を呈した。

が、雅楽の楽しさをもっと一般に知らしめたいという芝祐靖氏の話がすこぶる面白い。正倉院に残る雅楽の古楽器の紹介や、実際の音色や実演、面を被って舞うと近々死ぬという言い伝えがある伎楽の秘曲「採桑老(さいそうろう)」などをCDを使って聴かせてくれた。特に印象的だったのは、この曲における篳篥(ひちりき)の演奏が死を目前とした断末魔を表現しているというくだりで、当時から楽器が感情、或いは情景表現に使われていたという事実。単なる様式美とは異なった雅楽の一面が窺えたのは最大の収穫だったように思う。

また実際に伎楽(ぎがく 注1)の「迦樓羅(かるら)」のCDを聴かせて一緒に歌うというパフォーマンスもあったのだが、神楽風のお囃子が今で言うところのミニマル・ミュージック、トランスに近い世界だったことも新鮮な発見だった。しかも「採桑老」が不老不死の薬を求める老人というのが有名な”徐福伝説”(宮下文書)(注2)とダブる辺りも興味深いものがあった。思えばこの日たまたま会場に来れた人はラッキーだったのでは…。

むすびひめ 左:田島和枝さん(笙)、右:中村香奈子さん(排簫)
むすびひめ
左:田島和枝さん(笙)、右:中村香奈子さん(排簫)

ところで、”むすびひめ”は、芝祐靖氏率いる「伶楽舎」でも活躍している田島和枝(笙、竽)と中村香奈子(横笛、排簫)からなるユニット。その新作『〜万葉に遊ぶ〜』には古典に加えて、彼女たち自身のオリジナル、更にはこの日に披露された芝祐靖作の「総角(あげまき)の歌」も収録されている。

ゆったりとたゆたうような優雅な演奏の中に垣間見えるのは、舞だったり、一陣の風の形だったり、自然の織り成す芸術だったり様々だが、不思議にデ・ジャヴ感覚やサウダージを感じさせるのは、やはり古(いにしえ)から日本人に刷り込まれたDNA、ブラッドラインのなせる業だろうか。

笙の倍ほどの長さがあり、低音を響かせる竽
笙の倍ほどの長さがあり、低音を響かせる竽

黒澤明監督の映画『羅生門』に登場する龍笛や笙は知られているが、笙の倍ほどの長さのある竽(う)や、近年復元されたアジアのパン・フルート(注3)である排簫(はいしょう)など、普段耳にする機会のない珍しい音色が聴けるのも魅力。

雅楽器の多くはもともとは中国大陸から渡って来た古楽器ではあるが、彼の地ではとっくに失われて記憶すら残っていない。それが日本では千年以上の長きに渡って演じ伝えられているのだ。雅楽の奥深さ、面白さは測り知れないものがある。

注1 伎楽(ぎがく)
中国から伝えられ、聖徳太子が「三宝を供養するには様々な蕃楽(外国の音楽)を用いよ」と布令して導入した楽舞で、様々な人間模様を描いたパントマイム「大道滑稽仮面劇」。奈良、飛鳥時代にさかんだったが、現在では各地に存在する獅子舞などに痕跡をとどめているといわれる。

注2 ”徐福伝説”(宮下文書)
中国初の統一王朝・秦の始皇帝の家来、徐福が不老不死の霊薬を探す命を受け、日本に渡来。日本に定住し、中国で盛んだった織物の技術を伝えたとされる、日本各地に残る伝説。宮下文書は、富士谷文書(ふじやもんじょ)などとも言われ、富士吉田市周辺に伝わるもの。

注3 パン・フルート
ギリシア神話のパーンに由来した楽器。パンパイプ(panpipes)とも。葦の茎などを用い、一つのパイプで一つの音高が出せるように束ねられた管楽器のこと。たとえば今でもフォルクローレで知られるアンデス地方(楽器名はサンポーニャ)、ルーマニアなどでも見られる。

増渕英紀(ますぶち ひでき)

大学在学中、開局間もないFM東京の深夜生番組『ヤング・シグナル80』の土曜日パーソナリティをつとめ、それを契機に『ミュージック・ライフ』『音楽専科』『FMファン』『ステレオ』などにレギュラー執筆。NHK『若いこだま』のパーソナリティ担当。

1976〜81年、ヤマハの「8.8.ロック・デイ」、「EAST WEST」などの審査員を務める。
1981〜82年、葛城ユキの2枚のアルバムのプロデュースを担当。
1990〜92年、東急文化村内東急ファンの契約プロデューサー、2枚のアルバムを製作。

その後の執筆活動は『毎日新聞』『サンケイ新聞』『ポパイ』など。
他に服部良一音楽賞審査員。

(記事公開日:2008年04月10日)