新星堂プレゼンツ杵屋裕光「地球→日本」発売記念トーク&ライブ
2008年5月24日(土)開催 (銀座28’s Live)
渾身作『地球→日本』を発表した杵屋裕光さんのトーク&ライブが5月24日、銀座28’s Liveで行なわれました。エレクトリックなフュージョン系サウンドをバックに、三味線を自在に弾き、またシンプルな古典曲の演奏に楽しいトーク、アンコールではダブルネックの三味線の演奏まで披露し、観客を大いに沸かせました。その模様をたっぷりとお届けします。
文:小沼純一
司会の方に促され、小走りにステージに登場した杵屋裕光、さ、っと刀でもだすように三味線をかまえると、プラグを楽器にセット、あたかもバンドネオンを膝にのせるアストル・ピアソラのごとき姿勢で、大音量のバック・トラックとともに、弾き始める。三味線特有のかわいた音がバンドの音のあいだでもしっかり目立つ。パーカッシヴな、ぱし、っと撥で叩く音が、エレクトリックなフュージョン系サウンドを突き抜けて前面にくる。しかも、リフのあたりではどこか耳にしたようなメロディが……。
アルバム『地球→日本』発売記念ということで開催されたこのトーク&ライヴ、CDに収録された曲を演奏するだけではないのがミソ。トークに充分時間をとって、しかも古典曲の演奏も組み合わされる。どういうことかといえば、エレクトリックなサウンドを持つ曲であっても、それはしっかり古典曲を土台にしているのだ。だから、杵屋裕光、立って弾いたかと思うと、今度は山台に乗って座り、お弟子の杵屋裕太郎とならんで、プラグなし(アンプラグド!)で掛け声とともに、弾く。そこには、邦楽を知らないひと、縁遠いと思っているひとに対して、わかりやすく、より聞きやすく、とのおもいがこめられている。もちろん四十代後半、しっかりジャズやロックにはまった時期もあるからこそのこうした両刀づかいが可能にもなる。
演奏されるのは《地球》から《千鳥》《夜の海》《稲妻》というふうにつづくが、それらの発想の元となった杵屋正邦(※注)《千鳥》や《浦島》《舟弁慶》、《踊り獅子》《二人椀久》も披露。「ハービー・ハンコックと《椀久》を融合させようとした」とのコメントがあるとおり、エレクトリックで親しみやすいながらも、そこには「古典」が下敷きになり、しっかり参照されている。もちろんこうしたスタンスそのものへの好き嫌い、批判はいろいろあるだろうが、それはそれ、である。人間国宝の方々がアルバムに参加していることも、邦楽の世界における近年の「開き」を示しているのかもしれない。
客席から差しだされたハンカチで汗を拭き、「プレスリーみたいですね」と笑いをとる。トークは親しみやすいもので、インドのシタールを起源とし、中国大陸から沖縄を経由し、堺、松江とにはいってきたとの楽器の歴史から、指と爪のあいだで絃を押さえ、「糸道」がつくようになるというエピソード、三味線をフレットレス・ギターと言い換え、調律しても五分と持たずに狂ってしまうので演奏中でも直さなくてはいけないこと、西洋的な調律とは違っているので、そうした楽器と演奏するときにはちょっとしたマークを棹につけていること(何と、ハートマークのシールが!)、等など、邦楽や三味線を知らないひとが聞いてもとてもわかりやすく興味深いネタ満載である。そうしたなかでも特に、三味線は絃楽器であるとともに、打楽器である、というところには、あらためて実感し、納得したはずだ。
アンコールは、世界初、ダブル・ネックの三味線で《禁じられた遊び》が弾かれた。この新楽器の可能性は未知数だが、杵屋裕光という長唄三味線の奏者がいてこその開発であるだろう。
※注
杵屋正邦(1914-1996)
長唄三味線方・作曲家。作品は千数百曲におよび、洋楽器・邦楽器による器楽曲、声楽曲などあらゆる分野に及ぶ。
【曲目】
M1:地球
「英執着獅子から狂いの合方」
「黒御簾」
M2:千鳥
「新曲浦島」〜「船弁慶」
M3:夜の海
「二人椀久から踊り地の合方」
M4:稲妻
アンコール:禁じられた遊び(ダブルネック三味線で)
【今後の出演予定】
テレビ
「いろはに邦楽」(NHK教育)
6月4日・11日・18日・25日(毎週水曜日14:30〜)
司会:山田邦子さん 講師:杵屋裕光
【公演】
日本・アルゼンチン修好110周年記念
平成20年度文化庁国際芸術交流支援事業
タンゴ×能×新内が織りなす源氏物語
「情炎 源氏物語」
2008年10月10日(金)
ゆうぽうとホール(五反田)にて
昼14:00開演/夜19:00開演
*名古屋公演
2008年10月16日(木)アートピア大ホールにて
*ブエノスアイレス公演
2008年10月25日(土)、26日(日)アルベアール大統領劇場にて
小沼純一(こぬま じゅんいち)
1959年、東京生まれ。早稲田大学文学学術院教授。音楽・文芸批評を中心に執筆活動を続ける。第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。主著に『魅せられた身体』『ミニマル・ミュージック』『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)、『サウンド・エシックス』『バカラック、ルグラン、ジョビン』(平凡社)、詩集に『サイゴンのシド・チャリシー』(書肆山田)、翻訳監修に『映画の音楽』(M・シオン、みすず書房)など。
(記事公開日:2008年05月24日)