深海さとみ 箏独奏リサイタル -古典を現代に Ⅶ-
2008年9月23日(火)開催
(銀座・王子ホール)
七回目となる「古典を現代に」という副題でのリサイタルを2008年9月23日銀座・王子ホールにて開催した深海さとみ師。箏の独奏で全曲が構成され、箏という楽器の響きの豊かさ、深さに、聴衆の拍手が鳴り止まなかった素晴らしいリサイタルの模様をお送りします。
文:笹井邦平
古典をリメイク
生田流箏曲「宮城社」の深海さとみ師は〈古典を現代に〉というテーマでリサイタルを重ね今回7回目を数える。
箏曲に限らず邦楽では古典を原型のまま演奏して次代に伝承する形と、新しいスタイルを創造する形がある。この両輪の活動は邦楽発祥以来たゆまず演奏家によって続けられてきている。
21世紀に入り江戸時代の音楽を原型のまま次代に伝承することにいささか難しさを感じた深海師は古典を改竄せず、古典に現代の息吹を与えてリメイクすることで箏曲の活性化を試みている。
歌のない箏曲
演奏は三絃や尺八を入れずに全曲深海師の箏独奏で通す。これもあまり例のないことでこのリサイタルに賭ける師の意欲が見える。
1曲目は深海さとみ作曲「秋風幻想―光崎検校作曲『秋風の曲』によせて-」。これは玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇を綴った「長恨歌」をモチーフに江戸時代中期に創られた箏弾き歌いの独奏曲で、深海師は全六段の長い前弾きを踏まえながらも歌詞の部分を自らイメージする器楽曲として作曲した。いわば〈歌のない21世紀の箏曲〉と解すれば良い。
箏独自の演奏法〈押し手〉(右手で絃をはじきながらその絃を左手で押して1音または半音上げる)を織り交ぜ、古典の匂いを残しながらクリアな爪音が響きの良い洋楽ホールに谺する。
箏曲の醍醐味
2曲目は芳沢金七・若村藤四郎原曲・2007年肥後一郎作曲「神楽舞-箏曲『石橋』との対話-」。昨年委嘱した曲で、箏曲「石橋」と対話しながら民間芸能としての神楽舞を見据えて舞の源流を探る-というテーマで創られた曲。歌詞はないが後半連呼される掛け声が埋もれた芸能としての雄叫びの如く聴こえ、その存在感をアピールする。
3曲目は深海師の所属する「宮城社」の創始者・宮城道雄作曲「手事」。手事とは地歌・箏曲の歌と歌の間の長い間奏のことで、宮城師は古典を踏まえながらもこの手事を自由なイメージで展開している。つまり深海師が現在試みているのと同じことを60年以上前にやっていたのである。
〈手事風〉〈組歌風〉〈輪舌風〉の3楽章から成り、快テンポからやや締まりまた畳み込むような早いテンポでメリハリのあるメロディが心地好く流れ、よく手が廻る深海師の演奏は箏曲の醍醐味を満喫させてくれる。
清楚で深い調べ
終曲は委嘱初演・松下功作曲「二つの万葉歌『あしひきの』『ぬばたまの』」。「万葉集」の中の二首の歌に作曲したもので、ここで初めて歌のある曲が登場する。二首とも恋の歌で切ない想いが深海師の澄んだ歌とクリアな爪音で哀切な響きを湛えて伝わってくる。
前半2曲を和服で後半2曲を洋服で清楚ながら華のある深海師の4曲の箏独奏はそれぞれの想い・スタンスを持って聴衆に伝わったにちがいない。シンプルながら中身の濃い演奏、そして箏という楽器の持つ響きの豊かさと深さに改めて感動したリサイタルであった。
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笹井邦平(ささい くにへい)
1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。
(記事公開日:2008年09月23日)