劉薇ヴァイオリンリサイタル
2009年11月30日(月)開催
(東京・浜離宮朝日ホール)
当財団よりCD『日本のヴァイオリン作品集』を発表した中国人ヴァイオリニスト、劉薇(リュウウェイ)さん。同じアジア人として日本の作品に好感を持つという彼女による、選びに選び抜かれたプログラムと圧倒的な演奏は多数の聴衆の喝采を浴び、拍手が鳴り止まないものとなりました。そんな貴重なコンサートの模様です。
アジア、東西文化のミクスチャーへの思いが実を結んだ有意義なコンサート
文:山尾敦史
東京および周辺では、本当にたくさんのコンサートが毎晩のように行われている。その中には大々的にプロモーションをしていないにも関わらず、実に意義深いものがあるということを、多くの音楽ファンが感じているだろう。中国に生まれ、1986年に来日して以来、日本を拠点として活動しているヴァイオリニスト、劉薇(リュウウェイ)は2009年10月に『日本のヴァイオリン作品集』と題したCDをリリース。その発売記念コンサートもまた、まだまだ広く知られていない日本人作曲家による佳曲を紹介した有意義なものだったと言える。

日本には多くのヴァイオリン作品があり、それらはほんの一部の奏者に愛奏されているものの、現代作品のリスナーを中心に聴かれているという感が強い。それだけに紹介者(=演奏家)の存在は心強いものだが、劉薇は同じアジアの音楽という接点から、さらに自らの好奇心や探求心を発揮。演奏活動に加えて、昭和期の注目すべき作曲家である矢代秋雄が17歳のときに書いたというヴァイオリン・ソナタを発見して、レパートリーに加えた。「15年前に発見したこの作品をようやく録音し、CDとして発売できるのは、私にとって最高のごほうびです」と劉薇は語る。
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コンサートでは、その矢代の「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」を最後に据え、前記のCDに収録された作品たちが、次々に演奏されていく。戦前の輝く才能として知られる貴志康一が、日本の民族色を織り込んだ「漁夫の唄」「龍」という2曲(前者は濃厚なこぶしをきかせた民謡、後者はお囃子の雰囲気を伝えてくれる)。劉薇のために書かれ、ほの暗いメランコリーと官能美がマッチした助川敏弥の「『龍舌蘭』~遠い雨」。有名なメロディをヴァイオリン特有の奏法で飾った、山田耕筰の「からたちの花」「野薔薇」(特に前者はクライスラーの曲を思わせる洒落た味わい)。矢代のソナタはフランス留学前の習作だと言えるが、それでもピアノ協奏曲をはじめとする代表作を知る耳には、才能の萌芽が感じられる音楽だ。

加えて、劉薇がライフワークのように紹介を続けている作曲家、馬思聡(マー・スツォン)の作品も演奏。中国の音楽家・アジアの音楽家であることのアイデンティティを強烈なまでに打ち出した音楽であり、馬自身が「フランコ=ベルギー楽派」というヴァイオリン史の中枢にある奏法を習得したヴァイオリニストだったせいもあってか、この楽器への理解は深い。つまりは、ヴァイオリンという西洋クラシック音楽を代表する楽器で中国の民族色を奏でるという、東西文化のミクスチャーだと言えるだろう。それは前記した日本人作曲家たちも追究したことであり、そうした昭和の“思い”を劉薇が結びつけたということでもある。
アンコールにはピアニストとしても活躍する寺嶋陸也による「奄美のこもりうた」、そしてドヴォルザークの「母が教えてくれた歌」。心の中に温かい火がともるような気分となり、聴き手を幸福な気分にさせてくれた。
■プログラム
■貴志康一 Koichi Kishi
漁夫の唄 Fischerlied
龍 Drachentanz
■助川敏弥 Toshiya Sukekawa
「龍舌蘭 ―遠い雨― 劉薇さんのために」 a distant rain-for Violinist Liu Wei
■馬思聡 Sitson Ma
山歌 Mountain Song
揺藍曲 Lullaby
塞外舞曲 Dance the Frontier
―― Intermission ――
■山田耕筰 Kousaku Yamada
からたちの花 Karatachi no Hana
野薔薇 Nobara
■矢代秋雄 Akio Yashiro
ヴァイオリンとピアノのためのソナタ SONATE pour Violon et Piano
■関連作品
■プロフィール
劉薇 Liu Wei
中国蘭州市に生まれ、5歳より医師である父に音楽の薫陶を受ける。西洋文化否定の文革期にヴァイオリンと出会い、7歳で正式にはじめる。父の綴った手写譜で数年間練習に励み、困難辛苦に耐え“父と娘の紡いた音楽への道”は人々に感動を与える。中国の最高峰作曲家・馬思聡(Ma Sitson,1912-1987)の全ヴァイオリン作品を日本に紹介している。西安音楽学院卒業、同音楽大学ヴァイオリン科教師。
86年桐朋学園大学に留学、その後東京芸術大学大学院修士、博士課程を修了。ヴァイオリンを江藤俊哉、浦川宜也の両氏に師事。論文指導を片山千佳子、楽曲分析を南弘明、また音楽学を村井範子の各氏に研究指導を受ける。
93年、日本人作曲家矢代秋雄、尾崎宗吉のヴァイオリンソナタを発掘・演奏。
99年、博士学位論文「ヴァイオリニスト・作曲家としての馬思聡研究」及び馬思聡作品の演奏により、演奏分野では数少ないでは数少ない音楽博士号(D.M.A)を東京芸術大学より授与され、カザルスホールや紀尾井ホールで「博士号取得記念リサイタル」を開催。同年、CD「劉薇・馬思聡ヴァイオリン作品集Vol.1.2」出版、日本の音楽界に大きな反響を投げかける。
2000年、アジア音楽週間オープニングコンサートで台湾の新作ヴァイオリン協奏曲を東京交響楽団と共演。ニューヨーク・カーネギーホールにて「楽韻飄馨」音楽界に出演、フィラデルフィアでリサイタル。産経新聞『話の肖像画』に6日間連載される。
2001年、紀尾井ホールでリサイタル、馬思聡の「無伴奏ヴァイオリンソナタ」が世界初演、NHK-FMで放送される。さらに、NHK-BS2にて特集「アジア交差点~在日ヴァイオリニスト劉薇・幻の名曲を発掘」放送。
2002年、馬思聡生誕90周年行事で北京中央音楽院に招かれ、馬思聡研究論文発表とリサイタルで馬思聡無伴奏ソナタを中国に紹介する。
2003年、オーケストラ・ニッポニカと馬思聡「ヴァイオリン協奏曲」を公式日本初演。NHK-BS2で海外放送『今の人』に紹介される。
2004年、演奏活動が認められ、日本音楽財団より銘器グァルネリデル・ジェス(1736年製)を貸与され、日本各地のホールで「名器披露コンサート」を開催。同年、CD「馬思聡晩年ヴァイオリン作品集Vol.3」、西洋名曲集「珠玉の小品集~美しきロスマリン」をリリース。
2006年、来日20年記念演奏会「新たなスタートに向けて~劉薇リサイタル」を浜離宮朝日ホールで開催し、馬思聡の《ピアノ五重奏曲》および日本人作曲家助川敏弥のヴァイオリン作品《龍舌蘭~遠い雨・劉薇さんのために》を初演する。津田ホールにて「二つのヴァイオリンとピアノによるアフタヌーンコンサート」、馬思聡の《二つのヴァイオリンのための無伴奏ソナタ》を日本初演、「劉薇八ヶ岳コンサート」を開催、いずれも大成功を収める。
2007年、NHK=FM「名曲リサイタル」に出演、アイルランドでコンサート。
2008年、スペインコンサートツアー。NHKホール「オリンピックコンサート2008」で新日本フィルハーモニー交響楽団と共演。「劉薇とドレスデンの音楽家による室内楽の夕べ」でドレスデン国立歌劇場管弦楽団メンバーと馬思聡の「弦楽四重奏曲」を日本初演。また、アムステルダム・ロイヤルコンセルトヘボウのメンバーと「弦楽三重奏」で共演。
2009年「劉薇コンサートin 山口長門」、CD『日本のヴァイオリン作品集』を日本伝統文化振興財団より発売。現在、国内外での演奏のほか、共立女子大学で講義「アジア文化論~中国の芸術」を担当。文革嵐の中での音楽経験の講演も多く行うなど、活動は多岐にわたっている。
椎野伸一 Shinichi Shiino
東京芸術大学を経て、1981年同大学院修了。この間「安宅賞」を受賞。芸大オーケストラと共演。谷康子、ヴァレリア・セルヴァンスキーの各氏に師事。
1983年、東京イイノホールでデビューリサイタルを開催後、全国各地でリサイタルを行う。また東京交響楽団(秋山和慶指揮)、東京シティ・フィル(宇宿允人指揮)等をベートーヴェンの「ピアノ協奏曲3.4.5番」などを共演。1996年にはピアニスト高澤ひろみ氏と「グラン・デュオ」を結成。以後、東京紀尾井ホールにて定期的にソロリサイタル・デュオリサイタルを開催している。
ソロ活動とともに、日本の著名な演奏家と数多く共演し、CD録音、放送出演等、その活動は多岐にわたる。現在、東京学芸大学教授として後進の指導にもあたっている。
山尾敦史(やまお あつし)
音楽ライター。在京オーケストラのコンサートにおけるプログラムノートやインタビュー、「モーストリー・クラシック」等の音楽誌や「ぴあ」発行によるフリーペーパーでの執筆などを中心に活動。また「ラ・フォル・ジュルネ」(東京)のクラシックソムリエとして同音楽祭の情報を発信し、執筆やレポート、講師なども行っている。
(記事公開日:2009年11月30日)