山田流箏曲 萩岡松韻の世界V〜三世萩岡松韻の作品を聴く
2010年10月 5日(火)開催
(東京・紀尾井小ホール)
数多くの曲を生み出した三世萩岡松韻。その父の名を受け継いだ四代目萩岡松韻師による「三世萩岡松韻の作品を聴く」会が10月5日東京・紀尾井小ホールで開催されました。演目はすべて父である三世萩岡松韻作曲によるもの。歌の素晴らしさはもちろんのこと、打物や笛が加わり、江戸情緒がたっぷり味わえる会となりました。
文:笹井邦平
父の足跡を振り返る
山田流箏曲の四代目萩岡松韻師が父の三世萩岡松韻師の作曲作品演奏会を開催。三世松韻師は長男の現松韻師が芸大在学中の21歳の時に50歳で早世され、現松韻師はその年齢を既に超えていることにやや戸惑いを覚え、父の作品を通して演奏してその足跡を振り返るという趣旨でこの演奏会を開催した。
追善曲として
序曲は追善の意味を籠めて杉田嘉次作詞「偲ぶ草」〈昭和42年〉(唄-萩岡松韻ほか16名、箏-萩岡未貴ほか9名、箏低音-萩岡信乃ほか2名)。歌舞伎座で開催された〈二世萩岡松韻追善演奏会〉で初演された曲で、歌詞には萩岡松韻の名前を織り込み、合の手には二世松韻師作曲の「八橋」の旋律を採り入れ、三世の孫に当たる現松韻師の息女未貴さん・信乃さん姉妹が箏を弾き親子二代による追善となる。
2曲目は杉田嘉次作詞「菊慈童」〈昭和44年〉(箏-萩岡松韻・渡辺岡華・萩岡信乃、三弦-萩岡未貴、笛-藤舎推峰)。能の「菊慈童」に想を得た作品、不老不死を祝うテーマで中盤の〈楽(がく)の合方〉という山田流独自の厳かな器楽の間奏が能取物の雰囲気を漂わす。
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ウェットと言祝ぎと
3曲目は杉田嘉次作詞「月」〈昭和40年〉(箏-萩岡松韻、三弦-稀音家祐介、笛-中川善雄、小鼓-堅田喜三久)。「満月も良いが寝屋から独りで眺める傾く月も情緒がある」とややウェットな感性を歌っている。松韻師の細く美しい甲声(かんごえ・高音)の歌と箏・三弦・笛・小鼓による手事のような華やかな合の手が秋の夜のむせ返るような風情を醸す。
4曲目は杉田嘉次作詞「萩の花妻」〈昭和36年〉(唄-萩岡未貴ほか15名、箏-萩岡松韻ほか10名、三弦-今藤長龍郎・萩岡信乃、十七弦-武藤松圃ほか2名)。タイトルは『万葉集』で大伴旅人が秋の七草の中で萩はことさら鹿が好むことから「萩は鹿の花妻」と詠んだことに由来し、萩岡家の弥栄をテーマとしている。終盤の箏・三弦・十七弦のダイナミックな掛け合いの合の手が言祝ぎ気分を盛り上げる。
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長唄のエキスを採り入れて
5曲目は観世榮夫構成「卒塔婆小町」〈昭和43年〉(唄-萩岡松韻・今藤郁子、箏-山登松和・田中奈央一、三弦-杵屋五三助、尺八-藤原道山)。能の「卒塔婆小町」から抜粋した詞章を再構成した作品。老女となった小野小町と高野山の僧との対話で綴られていて、松韻師の僧と今藤郁子師の小町との問答が面白く、絶世の美女と謳われながら老いさらばえた姿を晒す小町に人の世の光と陰が見え隠れして味わい深い歌が山田流らしい物語的要素の濃い大作となっている。
トリは杉田嘉次作詞「やれかかし」〈昭和37年〉(唄-萩岡松韻、三弦Ⅰ-杵屋五三助・稀音家祐介、三弦Ⅱ-武藤松圃、三弦Ⅲ-今藤長龍郎、箏-萩岡未貴・萩岡信乃、打物-堅田喜三久ほか、笛-藤舎推峰)。芭蕉の門人・凡兆の「物の音 ひとりで倒れる 案山子かな」という俳句に想を得た作品。三絃・箏・打物・笛が秋の風情を醸し、豊年を祝う村祭りの囃子が心地良く賑やかに締め括る。
後半の4曲は三弦を長唄の三味線方が勤め、笛・小鼓も加わって、江戸音楽の要素を巧みに採り入れた山田流箏曲の中でも特に長唄のエキスをふんだん遣った萩岡派らしい特色を全面に押し出している。
撮影:友正写真館
■演目
偲ぶ草〈しのぶぐさ〉(杉田嘉次 作詞 三世萩岡松韻 作曲)
唄:萩岡松韻
唄:加藤萩紀、市川萩倭、竹内萩凰、小池萩麗春、岩田萩美音、益田萩邦泉、菊地萩賀代、中尾萩昭里、増田萩治栄、矢代萩也栄、深山萩小和、雨宮萩寿和、木村岡美希、武藤岡紫圃、時田岡悠美圃、佐藤岡惠俏
箏:萩岡未貴、安藤萩久瑪、斉藤萩豊楓、竹山萩史惠、佐野萩有希、吉田萩奏美、鵜飼萩紗英、老沼萩実咲、高松萩芳紀、長谷川萩光紀
箏低音:萩岡信乃、大畑豊梢、加賀豊昌恵
菊慈童〈きくじどう〉(杉田嘉次 作詞 三世萩岡松韻 作曲)
箏:萩岡松韻、渡辺岡華、萩岡信乃 三弦:萩岡未貴 笛:藤舎推峰
月(杉田嘉次 作詞 三世萩岡松韻 作曲)
箏:萩岡松韻 三弦:稀音家祐介 笛:中川善雄 小鼓:堅田喜三久(人間国宝)
萩の花妻〈はぎのはなづま〉(杉田嘉次 作詞 三世萩岡松韻 作曲)
唄:萩岡未貴
唄:渡辺岡華、萩原萩櫻子、住吉萩智巳、最上萩智佳、田中萩多恵、楠 岡美花、鹿野田岡富華、萩野岡幸昭、亀井岡文昭、山口岡洋倭、佐藤岡明華、金井岡正華、高梨岡禮邦泉、嶋田岡峰和喜、廣田岡紗優里
箏:萩岡松韻
箏:上野萩京峰、大池萩珀立、渡辺萩美園、大沼萩波寿、高橋萩寿々、栗山萩延園、野崎萩千尋、永村萩千弦、安達萩麗朱、渡辺萩翠孝
三弦:今藤長龍郎、萩岡信乃
十七弦:武藤松圃、栗山萩由貴、日向豊都
卒塔婆小町〈そとばこまち〉(観世榮夫 構成 三世萩岡松韻 作曲)
唄:萩岡松韻、今藤郁子 箏:山登松和、田中奈央一 三弦:杵屋五三助 尺八:藤原道山
やれかかし(杉田嘉次 作詞 三世萩岡松韻 作曲)
唄:萩岡松韻
三弦Ⅰ:杵屋五三助、稀音家祐介 三弦Ⅱ:武藤松圃 三弦Ⅲ:今藤長龍郎
箏:萩岡未貴、萩岡信乃
打物:堅田喜三久(人間国宝) 望月左武郎、仙波元章、堅田良道
笛:藤舎推峰
■関連作品
■プロフィール
四代目 萩岡松韻
1957年 | 三世萩岡松韻の長男として生まれる |
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1962年 | 初舞台(五才)祖父二世萩岡松韻より手ほどきを受ける |
1966年 | 長唄を十四世杵屋六左衛門下の杵屋六梅代師に入門 |
1970年 | 中能島慶子師に入門。中能島欣一師に師事 |
1980年 | 四代目 萩岡松韻を継承 伊勢神宮にて奉納演奏をする |
1981年 | 東京芸術大学 音楽学部 邦楽科 卒業 |
1982年 | 四代目 萩岡松韻 名披露目演奏会を国立大劇場にて開催 |
1996年 | 河東節の人間国宝 山彦節子師に入門 |
1998年 | 山彦節子師より十寸見東信の芸名を許される |
2002年 | 第二十三回松尾芸能賞邦楽新人賞を受賞 「第一回萩岡松韻りさいたる」にて文化庁芸術祭優秀賞受賞 |
2003年 | 「第二回萩岡松韻りさいたる」(文化庁芸術祭参加)を国立劇場にて開催 |
2004年 | 東京芸術大学音楽学部邦楽科助教授(准教授)就任 |
2005年 | 第五十五回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞 「第三回萩岡松韻りさいたる」(文化庁芸術祭参加)を国立劇場にて開催 |
2008年 | 東京芸術大学 音楽学部 邦楽科 教授就任 「芸大リサイタル・萩岡松韻の世界」(芸大奏楽堂)開催 「萩岡松韻の世界 in 大阪」(文化庁芸術祭参加)を国立文楽小劇場にて開催 |
2009年 | 第二十九回伝統文化ポーラ優秀賞受賞 「第四回萩岡松韻りさいたる」を国立劇場にて開催 |
現在 | 山田流箏曲萩岡派宗家 萩岡會会長 東京芸術大学教授 日本三曲協会常任理事 山田流箏曲協会副会長 東京芸術大学同声会理事 正派音楽院講師 現代邦楽作曲家連盟監事 曠の会同人 |
笹井邦平(ささい くにへい)
1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。
(記事公開日:2010年10月05日)