第八回山木七重リサイタル〜富本浄瑠璃の研究〜
2010年10月14日(木)開催
(東京・紀尾井小ホール)
山田流箏曲御三家のひとつ、山木派家元・六代山木千賀師の息女、山木七重さん。第八回目を数えるリサイタルのテーマは「富本浄瑠璃の研究」。江戸浄瑠璃のひとつ、富本節が山田流箏曲に移曲され今に伝わる大変貴重な曲を中心に、持てる力を存分に発揮し会場を沸かせたコンサートの模様をお送りします。
文:笹井邦平
山田流に残った富本浄瑠璃
山田流箏曲の山木七重さんの8回目のリサイタルは〈富本浄瑠璃の研究〉というテーマで、箏組歌1曲と山田流に残っている富本浄瑠璃2曲を採り上げる。
七重さんは山田流御三家(山木・山勢・山登)の一つの山木派家元・六代山木千賀師の息女、幼少より父・千賀師や伯母・山木賀世師に手解きを受け、東京藝術大学大学院の修士課程を修了して演奏活動を続けている新進気鋭の演奏家。
〈富本浄瑠璃〉(富本節)は江戸中期寛延元年(1748)に初代富本豊前掾(しょだいとみもとぶぜんのじょう)が常磐津節から独立して創始した新浄瑠璃で、その後豊前掾の実子二代目富本豊前太夫が活躍したが、富本節から清元節が興って人気を得ると次第に衰退の一路を辿り今日伝承されている曲数は限られているが、江戸浄瑠璃を巧みに摂取して興隆した山田流箏曲に幾つか残されている。
読人の恋心を綴る
序曲は八橋検校作曲・箏組歌「雲井曲(くもいのきょく)」を七重さんの箏弾き歌いで演奏。〈箏組歌〉は通常六首の和歌を組み合わせた歌詞を箏の伴奏のみで弾き歌いをする楽曲、各歌の旋律は異なるが拍数は1歌が64拍子(128拍)という同じ長さになっている。
金屏風一双を背に緋毛氈の山台に乗った黒の正装の七重さんは練り上げた声音と巧みな音遣いで和歌に籠められた読人の恋心を綴り、クリアな爪音とマッチしてシンプルながら奥深い組歌のエキスを聴かせる。
家の秘曲を大切に
2曲目は「桜七本(さくらななもと)」を七重さんの箏と東明吟泉師の三絃で合奏。幕末から明治期に活躍した四代山木千賀が富本節から移曲したもので、富本には原曲が伝承されておらず山木派のみに伝わる秘曲。富本節の繁栄を祝した歌詞に四季折々の花の名を読み込んだ浄瑠璃を富本節特有の広音域で艶麗な節回しで七重さんが語り、吟泉師の音締の良い三絃がしっとりとした味わいを醸す。この曲を家の財産として後世に残そうとする七重さんの気概が伝わってくる。
力量を発揮
トリは「六玉川(むたまがわ)」(箏—山木七重・武藤松圃、三絃—山登松和、小鼓—望月秀幸、笛—藤舎推峰)を賑やかに合奏。やはり四代千賀が富本節「草枕露の玉歌和」(三世鳥羽屋里長作曲)を移曲したもので、山城の国から陸奥の国までの六つの玉川を歌詞に読み込んで道行物に仕立てた作品。〈虫の合方〉〈砧の合方〉〈晒の合方〉などを巧みに織り込んで軽快なテンポで賑やかな曲想となっている。男性陣の助演を受けて紅一点の七重さんの華のある歌と箏の音が冴える。
箏曲人のテキストたる箏組歌と家に伝わる秘曲、そして艶のある江戸浄瑠璃をこれまでの修行を礎に七重さんはその力量を余すところなく発揮し、終演後ホールの出口で挨拶する顔には涙が溢れていた。
■プロフィール
山木七重
幼い頃より箏の手ほどきを父六代山木千賀に、三絃の手ほどきを伯母山木賀世より受ける。
平成6年 | 亀山香能師に師事。 |
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平成8年 | 東京藝術大学音楽学部邦楽科山田流箏曲専攻入学。 |
在学中安宅賞受賞。 | |
平成12年 | 東京藝術大学卒業。藤井千代賀師に師事。 |
平成14年 | 第一回リサイタル邦楽の友社主催「古典の景色」スタート、その後2年間に3回リサイタルを開催。 |
平成15年 | 平成15年度文化庁新進芸術家国内研修制度研修員(研修中、河東節を山彦百子師 一中節を宇治紫野師 地唄三味線を芦垣美穂師に師事)。 |
NHK-FM「邦楽のひととき」にて藤井千代賀師と共に出演。CD「山木七重 古典の景色」リリース。 | |
平成16年 | 第十一回全国箏曲祭賢順コンクールにて銀賞受賞。 |
平成17年 | 紀尾井小ホールにて「平成15年度文化庁新進芸術家国内研修制度修了記念山木七重リサイタル」を開催 |
東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程 山田流箏曲専攻入学。 | |
日本芸術院授賞式にて萩岡松韻師と共に御前演奏。 | |
平成18年 | テレビ朝日「題名のない音楽会21二千回放送記念・佐渡裕「〜蝶々夫人の魅力」にて箏ソリストとしてオーケストラと共演。 |
CSイーピー放送「心と技の日本遺産」第3話『弦の道』に出演。 | |
平成19年 | 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程山田流箏曲専攻修了。修士論文「四代山木千賀作品について―六代山木千賀所蔵資料を中心として―」 |
河東節を山彦良波師に師事、山彦七重の名を許される。 | |
平成19年度文化庁芸術祭参加公演「第六回山木七重リサイタル」を紀尾井小ホールにて開催。 | |
平成20年 | NHK邦楽オーディション合格。 |
「第七回山木七重リサイタル」を紀尾井小ホールにて開催。 | |
平成21年 | 「山木七重ライブvol7.5」をことぶ季亭にて開催。 |
平成22年 | 荻江節を荻江里泉師に師事、荻江七重の名を許される。 |
現在 | (株)邦楽の友社専属 池袋西武コミュニティカレッジ講師。 錦糸町読売文化センター講師。 箏曲新潮会会員 山田流箏曲協会会員 (社)日本三曲協会会員。 |
笹井邦平(ささい くにへい)
1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。
(記事公開日:2010年10月14日)