クラムボンの会29周年公演 林洋子ひとり語り—宮沢賢治

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2009年11月 1日(日)開催

(東京・柴又帝釈天鳳翔会館)

おだやかな秋の青空に恵まれた11月最初の日曜日。たくさんの観光客、参拝客で賑わう柴又・帝釈天題経寺の境内にある鳳翔会館。宮沢賢治作品のひとり語り出前公演で全国各地を回る林洋子さんの公演が行なわれました。今回は数ある演目のなかから「なめとこ山の熊」、さらに賢治作の文語詩朗唱を薩摩琵琶弾き語りで演じた、楽しいひとときをお送りします。

賑わう帝釈天、宮沢賢治作品の楽しい薩摩琵琶ひとり語り

文:じゃぽ音っと編集部

有名な映画や歌の舞台ともなった、江戸川を舟で渡る“矢切の渡し”のすぐそばに鎮座する柴又の帝釈天題経寺は、ノスタルジックな風景が残る、都内でも指折りの人気スポットとして知られている。その境内にある会場の鳳翔会館の前には、開演前から入場を待つ人々が列をなし、開場後、客席はすぐに満員になった。

これから、さまざまな場所で宮沢賢治作品のひとり語り出前公演を続けている林洋子の公演が始まろうとしている。

会場がすーっと暗くなり、青い着物を着た“ざしきわらし”[注]が「チリーン、チリーン……」という涼しげな音とともに客席の間を通り過ぎていく。そこへ林が大きな薩摩琵琶を携えて登場。ライトが当たり、客席へ話しかける。

客席の間から“ざしきわらし”登場
客席の間から“ざしきわらし”登場

「——どうぞ、みなさん。お楽しみくださいませ」の声とともに客席からの拍手。そして静まり返る客席のなかへ、琵琶の音色が響き渡る。


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「なめとこ山の熊」前半
「なめとこ山の熊」前半

“なめとこ山の熊のことならおもしろい……”という出だしの「なめとこ山の熊」は、数々ある宮沢賢治の童話のなかでも、晩年に書かれた神秘的な作品。“熊がごちゃごちゃ住む、なめとこ山”のことを知り尽くした熊捕りの名人、小十郎。だが彼も人の子。ただ熊が憎いがために殺し、その皮や胆を売って暮らしているわけではない——賢治の熊たちと小十郎への温かいまなざしと幻想的な自然の描写が溶け合っている作品で、目の前の琵琶と語りがその世界を血の通った生き生きとしたものにしている。

実際に観ていると、原作をただ暗誦しているだけではない。登場人物や熊たちのさまざまな声や表情、間合いを撥を空間にかざしながら的確に表現し、物語の局面が変わる合間に現れる、撥弦楽器の琵琶ならではの強弱のニュアンスを生かした音色が、物語に不思議なほど調和している。

撥をかざして語りかける
撥をかざして語りかける

“ひとり語り”であることはもちろん、“ひとり芝居”でもあるそのパフォーマンスは、はるか昔、日本の各地で活躍したと伝わる瞽女(ごぜ)[注]あるいは、琵琶法師を彷彿とさせる。時空を超えて観客は思い思いの情景に浸り、心のなかでそのストーリーを思い浮かべ、目の前のパフォーマンスにいつしか引き込まれていく。


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「なめとこ山の熊」後半
「なめとこ山の熊」後半

撥が弦の上を何度かすーっと掠り、魂が徐々に天へ登っていく、あるいは流れ星が遥か彼方へと消えてゆくように物語が終わると客席から割れんばかりの拍手が会場を包む。


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続いて、37歳で亡くなった賢治の最晩年、病床において渾身の力で推敲・清書し、妹のクニに「何もかもが駄目でもこれだけは残るものだ」と言って手渡したとされる多数の文語詩からの朗唱。賢治がその詩を書いたとき、音楽を愛していた彼のなかでどんなメロディやリズムが聴こえたのかという想いを巡らせて林が創作したという4曲を琵琶の伴奏でうたう。「五輪峠(ごりんとうげ)」「祭日(まつりび)」、彼女が一番大好きだと語る「母」を披露し、最後に“キョトン。キョトン。キョトン、キョトン、キョトン…”という観客との合唱になったユーモラスな「巨豚」で終わる。参道商店会から提供された福引の抽選でちょっぴり射幸心が刺激されたあと会場を出ると、まだ夕方というには早い時間。

文語詩朗唱
文語詩朗唱

この日、観客は秋のやわらかい日差しのなか、きっとほっこりとした心持ちで帝釈天を後にしたことだろう。


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関連作品

無声慟哭・心象スケッチ

VZCC-1(CD)
2005年9月22日 発売 
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林 洋子 宮沢賢治ひとりがたり 1

VZCG-713(CD)
2009年7月22日 発売 
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林 洋子 宮沢賢治ひとりがたり 2

VZCG-714(CD)
2009年7月22日 発売 
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林 洋子 宮沢賢治ひとりがたり 3

VZCG-715(CD)
2009年7月22日 発売 
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公演情報

2010年 クラムボンの会30周年記念大公演 スケジュール
2月14日(日)
アイリッシュ・ハープと語り「やまなし」「よだかの星」
帝釈天・鳳翔会館/柴又 14:30開演
○演出・語り:林 洋子 ○ハープ:梅津三知代
3月28日(日)*
タゴールの夕べ 声とタブラと笛による「黄金の舟」
泉の森会館/狛江 17:00開演
○構成・演出・朗読:林 洋子 ○タブラ:森山 繁 ○笛:松浦孝成
5月30日(日)
シタール弾き語り「雁の童子」
求道会館/本郷 14:30開演
○演出・シタール・語り:林 洋子 ○黒子:伊藤 潤
7月25日(日)*
アラビア語 日本語 コラボレーション
アラブ現代詩朗読会「オリーブの知らせ」「スーフィー 在 東京」
衎芸館(かんげいかん)/荻窪 17:00開演
○日本語朗読:林 洋子 ○アラビア語朗読:オダイマ・ムハンマド
9月5日(日)
笛やお囃子と語り「いちょうの実」「雪わたり」
帝釈天・鳳翔会館/柴又 14:30開演
○演出・語り:林 洋子 ○笛とお囃子:松浦孝成
11月3日(水・祝)
薩摩琵琶弾き語り「なめとこ山の熊」「文語詩朗唱」
求道会館/本郷 14:30開演
○演出・琵琶・語り:林 洋子 ○黒子:伊藤 潤
11月23日(火・祝)*
タゴールの夕べ 弦楽四重奏と朗読による「ギタンジャリ」
求道会館/本郷 17:00開演
○演出・琵琶・語り:林 洋子 ○弦楽四重奏・作曲:廣瀬量平
○演奏:クヮルテット・ライン

主催:クラムボンの会 共催:クラムボン30周年を祝う会
後援:宮沢賢治記念館 宮沢賢治学会イーハトーブセンター 花巻市
財団法人日本伝統文化振興財団 岩手日報社
帝釈天題経寺 高木学校 / 国際交流基金(*3月28日 *7月25日 *11月23日のみ)

プロフィール

林洋子

はやし ようこ

女優・クラムボンの会主宰

東京生まれ。俳優座養成所第一期卒。劇団三期会で数々のブレヒト劇に主演。後フリーとなる。

1970年、水俣病の実態に触れる。71年、石牟礼道子原作「苦海浄土」巡礼公演。以後自発的に芝居が出来なくなり俳優として沈黙する。73年訪印、コルカタの民家に滞在。帰国後ベンガル語を学ぶ。78年〜79年インド再訪。ベンガルの農村を独りで歩き宗教的大道芸バウルに出会い、表現の原点を発見する。

1980年、クラムボンの会を設立し宮沢賢治作品の一人語り出前公演を開始。生の音楽と共に語り演じる独特の語りは、日本全国、また海外で熱い喝采を受けている。総観客数は31万人に達しようとしている。

2009年1月17日、北海道苫小牧市で1500回目の公演をむかえた。

 

 

シタールを堀之内幸二氏に、琵琶を薩摩琵琶鶴田派の田中之雄氏に師事。

1994年、『幼児も涙してその世界に没入するほどの感動を人々に与えた』と宮沢賢治学会及び花巻市より第4回イーハトーブ賞受賞。

国際交流基金派遣海外公演。1991年インドネシア、マレーシア、1997年インド、2002年インド。

2009年シャトー・ドゥ・パリ・ジャルダン(フランス)で薩摩琵琶弾き語り「賢治文語詩朗唱」を演じ、フランス人、ドイツ人から大喝采を受けた。

クラムボンの会HP
http://home.att.ne.jp/gold/clumbon/

(記事公開日:2009年11月01日)