日本音楽集団第207回定期演奏会 気鋭のソリストと共に〜藤原道山氏と市川慎氏を迎えて〜

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2012年11月20日(火)開催
(東京・第一生命ホール)

1964年に創立された日本音楽集団は、ジャンルを越え日本の伝統的な楽器演奏家が集結した和楽器のオーケストラ。気鋭のソリスト二人、尺八の藤原道山さんと箏の市川慎さんを迎え、高橋久美子さん作曲の委嘱新作を盛り込んだ第207回の定期演奏会が行なわれました。世界の民族音楽〜日本の伝統音楽CDの制作を多数手掛けてきたプロデューサー星川京児さんのレポートです。

Pro Musica Nipponiaに相応しい日本を代表する存在

文:星川京児

 日本音楽集団というのは不思議な集団だ。第一線の邦楽演奏家を集め、楽曲はもとより、邦楽器の表現力を追い求めた純邦楽オーケストラ。なにより、現代邦楽の強力なツールとしての大きな影響力を音楽界に与えてきたし、半世紀にわたって今日にも続いている。

また、相互に接点を持たなかった邦楽各ジャンルを結びつけ、加えて同じ舞台を踏むことのなかった他流派の演奏家が、共に切磋琢磨できうる場を提供したことの意義もきわめて大きい。

創立の呼びかけ人でもあり、長きにわたって音楽監督として引っ張ってきた三木稔、長澤勝俊といった当時の俊英の作品を世に問うだけでなく、個々の演奏家の可能性を大きく引き出してきたという歴史がある。これに作品に合わせた素晴らしい演奏陣がゲストとして加わり、ステージや録音に花を添えてきた。

もちろん、楽団としての完成度も高い。もっとも、この和楽器の編成では、なかなか他と比べることもできないが、こと現代邦楽に関しては他に類を見ない集団である。さらに、楽団そのものが一つの楽器としての統一感を感じさせるほど進化している。14人で始まった団員も、現在は指揮者などを除いて50人以上のメンバーを擁する。それぞれが、流派の代表としての顔も持つのだから、頑張らざるを得ないだろう。このモチベーションは大きい。

今回のステージも藤原道山を迎えた長澤作品〈尺八協奏曲〉で、まずは楽団の歴史を魅せる。ソリストの卓越したテクニック。若手の域を超え、すでに風格すら備えているのが凄い。それでいて、若き日の山本邦山や村岡実(※註1)といったコンテンポラリーな精気を失わないのがいい。60年代から70年代にかけての邦楽界の興奮を思い出してしまう。

2008年の秋岸寛久〈十七絃と邦楽器群のための協奏曲〉では、今やメジャーとなったこの楽器を、これまた斯界を騒がせる新鋭、市川慎と重ね合わせるという心憎い選曲。十七弦はヴィオラというより、チェロと位置付けた方が判りやすい。楽器の持ち味は、優れた奏者があればこそのものと、改めて認識する。この二人のソリストは、かつての尺八の横山勝也や箏の沢井忠夫などを彷彿とさせるところが嬉しい。

四拍子協奏
四拍子協奏

肥後一郎の〈四拍子協奏〉は、能楽囃子と箏、二十弦箏、十七弦箏の三種の箏二面づつのアンサンブルとの協奏。異質な音楽体系にあるものを組み合わせて、まったく異なる音像を結んでみせるという作者の意図を、明確に具現化している。始めは双方の楽器群の持つ音世界に耳を惹かれるが、徐々に重なり合うというか、互いに入り組んでくるグラデーションが、不思議な生理的快感を呼び起こす。指揮者不在だからこその玄妙といえるかもしれない。これは日本音楽だけの強みでもある。

冒険といえば、やはり高橋久美子の〈尺八・箏のための協奏曲「響(とよ)もせば…」〉だろう。邦楽器を使いながらも、どこかミニマル風であったり、図形的な構造展開をみせたりと、ライヒ(※註2)的な面白さも感じさせる。これも、継続的な音楽集団という蓄積があってこそ可能なサウンド・バランスといえよう。もちろん委嘱作品だから、独奏者の魅力を目一杯魅せることも忘れていない。このエンターテインメントとしての完成度こそ、現在の日本音楽集団の企画力、演奏能力のレベルを表すものに他ならない。

そういえば、かつて彼らの『ボレロ・ジャパネスク』(1987年)という盤を聴いたことがあるが、ラヴェルにフォーレやドビュッシー、サティと並べたフランスものの軽妙さ。しかしそれはありふれた企画ものでは決してなかった。Nipponia nipponの朱鷺ではないが、まさにPro Musica Nipponiaと呼ばれるに相応しい、日本を代表する存在なのだ。

註1 村岡実
尺八演奏家。民謡尺八を菊池淡水に、古典尺八を都山流に学び、1964年日本音楽集団結成の中心的役割を果たす。同団の第1回発表会後フリーとなり、歌謡界、ポピュラー、ジャズなど幅広く活躍。

註2 スティーヴ・ライヒ
ミニマルミュージックを代表するアメリカの作曲家。

プログラム

  1. .
    尺八協奏曲
    (長澤勝俊/1978年)
    Shakuhachi Concerto
    [尺八独奏]藤原道山
    [笛]新保有生 [尺八]原郷隆
    [三味線]簑田司郎 [琵琶]藤高理恵子
    [箏Ⅰ]山田明美 [箏Ⅱ]田村法子
    [十七絃]城ケ崎美保
    [打楽器]尾崎太一 仙堂新太郎
    [指揮]田村拓男


    .

  2. .
    十七絃と邦楽器群のための協奏曲
    (秋岸寛久/2008年)
    Concerto for 17 string-Koto and Japanese Instruments
    [十七絃独奏]市川慎
    [笛]遠藤悠紀 [尺八Ⅰ]元永拓 [尺八Ⅱ]大賀悠司
    [三味線]穂積大志 [琵琶]久保田晶子
    [箏Ⅰ]桜井智永 [箏Ⅱ]伊藤麻衣子 [十七絃]久本桂子
    [打楽器]黒坂昇 仙堂新太郎 山内利一
    [指揮]稲田康


    .

  3. .
    四拍子協奏
    (肥後一郎/1999年)
    Concerto for ‘Sibyosi’
    [笛]竹井誠 [小鼓]尾崎太一 [大鼓]盧慶順 [太鼓]山内利一
    [箏Ⅰ]熊沢栄利子 [箏Ⅱ]桜井智永
    [二十絃Ⅰ]山田明美 [二十絃Ⅱ]田村法子
    [十七絃Ⅰ]城ケ崎美保 [十七絃Ⅱ]久本桂子


    .

  4. .
    尺八・箏のための協奏曲
    「響(とよ)もせば…」

    (高橋久美子/委嘱初演)
    Concerto for Shakuhachi and Koto: ‘Toyomoseba’
    [尺八独奏]藤原道山 [十七絃独奏]市川慎
    [笛]あかる潤
    [尺八Ⅰ]原郷隆 大賀悠司
    [尺八Ⅱ]元永拓 田野村聡
    [三味線]山崎千鶴子 簑田弘大
    [琵琶]久保田晶子 藤高理恵子
    [箏Ⅰ]熊沢栄利子 城ケ崎美保
    [箏Ⅱ]桜井智永 伊藤麻衣子
    [十七絃]佐藤里美 久本桂子
    [打楽器]黒坂昇 盧慶順
    [指揮]苫米地英一


    .

プロフィール

日本音楽集団

1964年創立。伝統的な日本の楽器である、箏・尺八・三味線・琵琶・胡弓・笛、小鼓・大鼓などの打楽器、笙・篳篥などの雅楽器による和楽器オーケストラです。和楽器数十名と指揮者による大合奏は迫力満点です。
現在では、定期演奏会を中心に、全国各地での公演、教育機関での音楽鑑賞会、録音・放送・映画・演劇などさまざまな分野で演奏活動を行っています。
海外では、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中国、東南アジア、オーストラリア等、31ヵ国151都市で公演を実施。アイザック・スターン、ヨー・ヨー・マや、ゲヴァントハウス・オーケストラ、ニューヨークフィルとの共演を実現、海外でも高い評価を得ています。
文化庁芸術祭大賞、第2回音楽之友社賞、レミー・マタン音楽賞、モービル音楽賞など、受賞履歴多数。
日本音楽集団ホームページ

藤原道山(尺八)

10才より尺八を始め、人間国宝・山本邦山に師事。東京芸術大学卒業、大学院音楽研究科修了。安宅賞、江戸川区文化功績賞、松尾芸能賞新人賞を受賞。2001年アルバム『UTA』でデビュー以来、これまでに10周年記念ベストアルバム「天-ten-」、山本邦山作品集「讃-SAN-」、ウィーンにてレコーディングを行ったシュトイデ弦楽四重奏団との共演アルバム「FESTA」他計12枚を発表。2007年妹尾武(ピアノ)、古川展生(チェロ)と「KOBUDO-古武道-」を結成、アルバム4枚とDVDをリリースおよびコンサートツアーを行う。ソロ活動では映画『武士の一分』にゲスト・ミュージシャンとして音楽に参加。『敦』(野村萬斎演出)、『ろくでなし啄木』(三谷幸喜演出)などの舞台音楽も手がける。現在、都山流尺八楽会大師範。都山流邦山会、日本三曲協会、江戸川邦楽邦舞の会会員。山本邦山尺八合奏団団員。胡弓の会「韻」、「曠の会」同人。ホリプロ所属。東京藝術大学非常勤講師。

公式ホームページ
http://www.dozan.jp/

KOBUDO-古武道- ホームページ
http://kobudo-otoemaki.com/

市川慎(十七絃箏・十三絃箏)

秋田県生田流箏曲『清絃会』三代目家元足達清賀の息子として生まれる。高校卒業後、沢井忠夫、一恵両氏のもとに内弟子として入門。沢井比河流、一恵両氏に師事。
平成11年度文化庁芸術インターンシップ研修員。同年秋田市芸術選奨を最年少で受賞。
第7回長谷検校記念全国邦楽コンクール最優秀賞、文部科学大臣奨励賞受賞。平成15年度秋田県芸術選奨を受賞。第59回全国植樹祭において天皇皇后両陛下の前で御前演奏。国際交流基金主催のツアー他多数の海外公演をし好評を得る。
グループ「箏衛門」「螺鈿隊」「ZAN」「AUN J クラシックオーケストラ」「WASABI」メンバー。
国立音楽院(渋谷)講師。清絃会副会長。

高橋久美子(作曲)

武蔵野音楽大学音楽教育学科卒業。ピアノ専攻。
クラシックはもとより邦楽、演劇、ミュージカル、映像音楽等ジャンルを超えた作曲活動を国内外で行っている。また邦楽曲においては、必ずその楽器を所有し習得してから創るというスタイルをとっている。これまでに箏、三味線、尺八、琵琶、篳篥、笙、能管、大・小鼓、そして謡等を学ぶ。
作曲を田辺恒弥氏に師事。作曲家グループ<邦楽2010>メンバー、日本歌曲振興会会員、日本音楽集団団員。
http://www.geocities.jp/ktittj/

※公演プログラムより転載

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

(記事公開日:2012年12月07日)