全国劇場・音楽堂等アートマネジメント研修会2013特別プログラム

口語訳による日本音楽の新しいエンターテインメント 邦楽オラトリオ ―「幸魂奇魂―古事記より」―

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(3)日本音楽の古典が「エンターテインメント」になりうるか

藤本
日本の伝統音楽「邦楽」にはさまざまな制約がありますよね? その制約が魅力にもつながるわけですが、その点で貴生さんが心がけられたことは?
貴生
左から藤舎貴生さん、藤本草理事長
左から藤舎貴生さん、藤本草理事長

そうですね、我々長唄の場合、たとえばみなさんが歌舞伎の「勧進帳」をご覧いただくと、舞台に向かって上段に三味線とお唄、下段にお囃子や笛、これが基本パターンです。その長唄と林英哲さんのような大太鼓がいっしょに演奏することはまずありませんが、大太鼓と津軽三味線という組み合わせはあります。とはいえ私からすると、それは制約というよりも慣例がなかっただけなのだと思うんです。3年ほど前に「信長」という桶狭間の戦いを題材にした舞踊曲を国立劇場で上演しましたが、三味線と従来のお囃子だけでは迫力が出ないと思い、大太鼓6人にお願いして一緒にやらせていただいたんです。それが思いのほか評判をいただいたので、自分のなかでこれはいける、作り方さえ間違えなかったら、お箏や尺八などを加えていってフルオーケストラができるんだと思いました。とはいえ、邦楽器のオーケストラではほかに日本音楽集団がございますよね、ですが曲は古典ではないんですね。

藤本
どちらかといえば、洋楽的というんでしょうか?
貴生
そうなんです。邦楽器のオーケストラというだけでなく、曲はあくまでも古典を踏まえたものにしたいという思いでした。
藤本
そしてそこがいわゆる「エンターテインメント」になるかどうかというところ、なんですよね?
貴生
そうですね。
藤本
今までの邦楽作品では、たとえばイントロにシンセサイザーがシャーっと入ってきて、そこに笛が入ったり、お箏が現われてきたり、唄をうたわれたりといったことが多いんですけれども、この作品ではたとえば囃子、尺八、箏のほか、さらにそれ以外のジャンルが入っていますよね?
貴生
謡や笙、胡弓も入っています。
藤本
それらが実に自然に溶け合っています。これが日本音楽の強みでもあり、またウィークポイントだと思うんですが、たとえば能の世界の人たちが民謡の人といっしょに何かをすることはまずないんですね。あるいは雅楽の人たちが長唄の人といっしょに組むということもおそらくなかった。邦楽器と洋楽器との組み合わせはこれまで自由にあったと思うんですが、今回の作品では洋楽器をあえて一切取り入れなかった?
貴生
そうですね。これは僕の自然な考えというか感覚であり、志向なのかもしれませんが、邦楽の方がビジュアル的に洋楽風のバンドを組むというのは、新しいようですが、これは私らの親世代がすでにやっておりましたが、結局定着しないんですね。そういった風潮を批判するつもりはまったくないのですが、それは少なくとも僕の仕事ではないと。邦楽器にとって一番大切なのは精神性だと思います。洋楽風の楽曲を邦楽器でやっても精神性が薄まり、聴く人の心底まで届かないのでは?というのが、今現在の私の考えとしてあります。邦楽器にこだわった理由は、古典曲は古いままだとなかなか聴いていただけませんが、現代の感覚に合うように少し味付けを変えれば、通用するものに仕立て直しができると思っているからです。
藤本
貴生さんの作品はこれからの第二部で3曲お聴かせします。聴いていただいて、みなさんがどのようにお感じになるかということになりますね。
貴生
そうですね、これだけお話したのに、そんなものかと思われないか不安に感じますが、今日は9曲あるうち3曲の抜粋ヴァージョンでいろいろなパターンを聴いていただけるのではないかと思います。
藤本
昨年2月に京都の南座で「幸魂 奇魂」2日間3公演という大変大規模な公演は満員で、その舞台の素晴らしさに本当に感銘を受けたんですが、そのあと東京の虎の門JTアフィニスホールというクラシック専門のわりと小さいホールでも公演をなさったんですよね。今日はそれより少し多いメンバーですか?
貴生
ほぼ同じですね。クラシックと違って邦楽は、クラシックの「第九」のような規模の演目を百人でもできるし、十人でもできますので、その劇場の大きさ、さまざまな条件の制約に対して比較的順応性があると言えますね。
藤本
今日この機会なのでもうひとつ貴生さんから何かありましたら。
貴生
聴いていただくにあたって、少しでも邦楽を分かってくださいとは僕はあんまり言いたくありません。ちょっと矛盾していると思われるかもしれませんが、聴いていただいて良い物であればきっと伝わるでしょうし、それが伝わらなければまだまだこちらの努力不足なのだと思います。ただ一人でも多くの方に聴いていただく機会がありましたら…これは邦楽に携わるすべてのみなさんの想いであると思います。これを機会に日本の音楽っていいじゃないかと思っていただければいいな、幸いだなと思っております。
藤本
ありがとうございます。どうぞみなさん貴生さんに拍手をお願いします。

(記事公開日:2013年03月07日)