全国劇場・音楽堂等アートマネジメント研修会2013特別プログラム

口語訳による日本音楽の新しいエンターテインメント 邦楽オラトリオ ―「幸魂奇魂―古事記より」―

  • 文字サイズ:

(1)横笛奏者、藤舎貴生と「幸魂 奇魂」

藤本
左から藤舎貴生さん、藤本草理事長
左から藤舎貴生さん、藤本草理事長

邦楽の制作の仕事を40年ほどずっとやってまいりまして、現在この財団におりますが、その経験をしてもこれだけの規模の作品にはなかなか巡り合えなかったというこの「幸魂 奇魂」の制作の経緯をみなさんにご紹介しながら、日本における伝統音楽の公演のある意味難しさや、その面白さを貴生さんからお聞きしたいと思います。まずどうして「幸魂 奇魂」を作ろうと思われましたか?

貴生
はい。私は何の疑いもなく伝統芸能の世界にいるのですが、大学に入るころに、なぜ一般の方に伝統音楽をなかなか聴いていただけないのだろうと思い、ずっと模索をしていました。この世界に関係のない友人を劇場にあえて呼び、感想を自分なりに訊いてみますと、歌詞が分からない、早い曲は面白いけどゆっくりの曲は寝てしまう、そもそも曲自体が長いといっただいたい想像通りの意見が多く、ならばそういう要素を省いたものを作ったらどうだろうと思い立ちました。それが「幸魂 奇魂」の一番大きいコンセプトで、口語体を取り入れたということです。
藤本
ところでプロの囃子方の横笛奏者である貴生さんは、毎月どんな生活をしていらっしゃいますか?
貴生
みなさんよりも比較的のんびりとしているなとは思っております。のんびりといっては何ですが、私は自由人ですから、笑って生きて笑って死にたい、常に自然でいたいとは思っています(笑)。
藤本
演奏活動と教えることというのはどんな感じですか?
貴生
もちろん演奏が軸で、私の肩書きは横笛奏者ですが、この業界では演奏者と指導者をだいたい兼任します。おそらくこの二本立てでやっておられる方が多いと思いますね。
藤本
貴生さんのお住まいは東京で、京都でも教えていらっしゃるとのことですが、実際に東京、京都、大阪以外に貴生さんのような囃子方のプロはおられますか?
貴生
ほとんど東京と関西(京都、大阪)のみです。
藤本
また少し話が外れますが、貴生さんがこれまで生で演奏をした場所というのは、東京と関西以外ではどんな場所で?
貴生
海外ではニューヨークを始め多いです。フランスルーブル美術館でやらせていただいたことがあります。国内では主に歌舞伎が行われるような劇場、博多や名古屋、関西といったところが多いですね。
藤本
そうすると全国の都市のホールなどでプロの囃子方が演奏会をするのは難しい?
貴生
たとえば地方都市で日本舞踊の会があれば、会にともなって演奏することはありますが、演奏だけでというとほぼないと思います。
藤本
なぜそういう質問をしたかというと、邦楽、私どものように伝統音楽をやっている人間からすると、神楽や太鼓、お祭りといった民俗芸能が日本ではたいへん盛んなのですが、日本の伝統音楽をプロとして支えてきた人たちが、日本のいろいろな場所に行って演奏することは今まで本当に少なかったのではないかという気持ちがあります。
貴生
まさしくそうですね。地域に根差した郷土芸能はありますが、我々が呼ばれて行くことはほぼないですね。
藤本
そのひとつの大きいハードルとして、邦楽はいわゆるエンターテインメントじゃないんじゃないかということがあるように思うんです。クラシックやポピュラーでも腕のよくないものを聴くと二度と見たくないと思われる方もいらっしゃるかもしれない。邦楽の若くて魅力のあるいい演奏家の演奏を聴いていただくチャンスが、これまで本当に少なかったと実感しています。私は貴生さんから「幸魂 奇魂」という企画を聞いたとき、心が躍ったんです。ですがその反面、本当にこれは出来るんだろうかと実は思いまして。といいますのは、規模が非常に大きく、このCDには朗読に市川染五郎さんと若村麻由美さん、そして林英哲さん、そのほか人間国宝の方を始め重鎮の方をたくさん起用されています。こういう企画を考えられたのは、どういうことからだったんでしょうか?
貴生
まず染五郎さんは個人的にお付き合いがあり、二つ返事でOKをいただいていたのですが、お相手には今の市川猿之助さん(当時亀治郎)を始め歌舞伎の女形さんも実は考え、歌舞伎のように染五郎さん、女形に亀治郎さんというのが浮かびました。ですがそれでは古典色が強くなり、目指しているものと違う意味に捉えられかねないと考え、現代劇の女優さんでさらっとした朗読のほうがみなさんに受け入れていただけるのではと思い、お相手に若村麻由美さんにお願いをしました。

(記事公開日:2013年03月07日)