山本邦山尺八合奏団演奏会

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2007年12月20日(木)開催

(紀尾井小ホール)

人間国宝の尺八奏者、山本邦山師が中心となって平成16年に発足した山本邦山尺八合奏団。その第二回演奏会が2007年12月20日・紀尾井小ホールで行なわれました。いわゆる古典本曲や三曲の世界とは異なる、合奏団ならではのさまざまな尺八アンサンブルが楽しめるコンサートとなりました。その模様をお届けします。

尺八アンサンブルの極致

文:星川京児

「尺八協奏曲Ⅱ」
「尺八協奏曲Ⅱ」

真竹の根本に開けられた五穴だけですべてを表現する。まことに不自由の極致のような楽器でありながら、それ故に、無限の自由を獲得したのが尺八。といってもそれはほんの少し前に得た評価である。幾人かの名人、上手の努力の上に成り立ったものであることはいうまでもない。山本邦山はその筆頭といえる現・人間国宝。

それまで伝統という枠に閉じ籠もり、いたずらに宗教性を強調したり、伝統的なペンタトニックだけの音世界を繰り返してきた尺八を、今日のような世界的な楽器に育てたのは武満徹作曲『ノヴェンバー・ステップス』(1967)であり、山本邦山のアルバム『銀界』(1970)であった。特に後者は、虚無僧以来、尺八の持つ緊張感と癒しを、ジャズというある種フリーフォームな音空間に展開させることを可能にした画期的な作品だ。同時に、山本邦山という天才がいなければ生まれ得なかった作品でもある。以来多くの追随者が現れるも、未だ超える盤が思いあたらないことでも明らか。

今回の舞台は平成16年に発足した山本邦山尺八合奏団、第2回目のもの。いわゆる古典本曲や三曲などでは味わえない、合奏団ならではの驚きに満ちたステージである。

「鼎」
「鼎」

総勢17人の尺八という山本真山「尺八協奏曲Ⅱ」では竹の音の重なりが新鮮。時にストリング・アンサンブルのような倍音が美しい。十七絃を支えに繰り広げる杵屋正邦「尺八四重奏曲」では四つのパートが二管のダブルで、強弱の収斂と音階移行による印象変化が光る。唯是震一「三曲第二番」は構成的には洋楽色が強いのだが、三絃の立ち上がりや箏の余韻が不思議な緊張感を。松本雅夫「鼎」はまさにタイトルどおり、三つのパートのぶつかり合いが生み出す響きのうねりが興味深い。ある部分ミュージシャンズ・チューンといった趣もある作品だが、この遊び心はあらゆる音楽愛好家に通じるはず。

そして八橋検校の「みだれ」で山本邦山本人が登場。箏本手が中島靖子で替手が唯是震一という豪華版である。面白いのは、ここだけ隔絶した音楽世界になるはずなのに、全体の流れの中にあって違和感が全くないこと。古典音楽の旋律、和声、拍節感覚そのままでありながら、新作群と見事に調和している。奏者の音楽観が確立しているからこそなのだろう。

そして盟友・沢井忠夫の「雪ものがたり」に繋がってゆく。子供のための舞踊組曲として書かれたというだけあって、きわめて明快な展開。山本昌之の語りもあり、箏、十七絃に尺八という強烈な個性が、まんま白銀の色彩に溶けてゆく。まさに手練れたちの押さえた名演。これもこういうステージでしかお目にかかれない逸品といえよう。

「衆籟」
「衆籟」

最後は自らの棒による「衆籟」。18人の奏者による四重奏だが、音のぶつかり合い、絡み合いは実にスリリング。単に音域や構造的なレベル超えて、この楽器を知り抜いたものにしか書けない作品。パガニーニやショパンの例を引くまでもなく、あるジャンルの作品レベルがブレーク・スルーするということはこういうこと。後半のソロの持ち回りは、演奏家はまず個性的でなければならないという命題を、きっちりと形にしたもの。尺八版「WE ARE THE WORLD」。川村泰山や藤原道山、田辺洌山、頌山など、多くの弟子を育てた山本邦山ならではの、ちょっと早いお年玉かも。なんてことを考えてしまった。

写真はリハーサル時に撮影

プログラム

尺八協奏曲Ⅱ(山本真山作曲)
独奏尺八:山本邦山
第Ⅰ尺八:難波竹山 田辺洌山 武田旺山 藤原道山 迫 成山
第Ⅱ尺八:川村泰山 田辺頌山 渡辺紅山 安島瑶山
第Ⅲ尺八:野村峰山 渡辺峨山 谷田嵐山 櫻井咲山
第Ⅳ尺八:酒井帥山 秦 瓢山  設楽瞬山 二代石垣征山
指揮:山本真山

尺八四重奏曲(杵屋正邦作曲)
第Ⅰ尺八:田辺洌山 安島瑶山
第Ⅱ尺八:田辺頌山 武田旺山
第Ⅲ尺八:渡辺峨山 設楽瞬山
第Ⅳ尺八:渡辺紅山 秦 瓢山
十七絃:合田雅楽葉 田村雅釉徽 吉川雅楽巴里

三曲第二番(唯是震一作曲)
箏:山本雅萃 久松雅紗恵 水野雅千穂
三絃:山本雅專 吉田雅鳳 瀬志本雅楽華
尺八:酒井帥山 渡辺紅山 武田旺山 藤原道山

鼎(松本雅夫作曲)
第Ⅰ尺八:野村峰山 田辺頌山
第Ⅱ尺八:川村泰山 山本真山
第Ⅲ尺八:難波竹山 田辺洌山

みだれ(八橋検校作曲)
箏本手:中島靖子
箏替手:唯是震一
尺八:山本邦山

雪ものがたり(沢井忠夫作曲)
語り:山本昌之
箏:山本雅萃 久松雅紗恵 中島雅楽彩智 水野雅千穂
十七絃:山本雅專 黒川雅瞳 吉川雅楽巴里
尺八:山本真山 谷田嵐山 迫 成山 安島瑶山 櫻井咲山 二代石垣征山

衆籟(山本邦山作曲)
第Ⅰ尺八:川村泰山 山本真山 渡辺紅山 藤原道山 櫻井咲山
第Ⅱ尺八:酒井帥山 田辺洌山 谷田嵐山 設楽瞬山 二代石垣征山
第Ⅲ尺八:野村峰山 田辺頌山 秦 瓢山  迫 成山
第Ⅳ尺八:難波竹山 渡辺峨山 武田旺山 安島瑶山
指揮:山本邦山

 

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏したり作曲するより製作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサー。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの「世界の民族音楽」でDJを担当したりしながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組製作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念DVD』をはじめ、関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

(記事公開日:2008年01月17日)