高野山の声明 修正会 真言声明の会

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2009年2月21日(土)開催
(東京オペラシティコンサートホール)

仏教式の讃美歌といえる“声明(聲明)”。スピード感のある節回し、力強い祈りの言葉が特徴的な高野山の声明=“南山進流聲明”を、天下泰平・五穀豊穣を祈る正月行事“修正会(しゅしょうえ)”を通して伝える公演が行われました。今回は儀式としても音楽としても素晴らしい南山進流聲明の世界をレポートします。

声の持つ根元的な力を感じる“祈り”の歌

文:星川京児

声が荘厳に響くホールの内部
声が荘厳に響くホールの内部

もっとも古い歌の一つに“祈り”がある。何かがうまくいかなかったり、不幸があったりした時、思わず声を出して、超自然の存在に祈ってしまうというのは十分に理解できる。あるいは逆の場合もそうだろう。宗教が大きくなるにつれ、祈りの形も整えられ、複雑化してゆき、高度に音楽化してくるのも必然なのだ。

キリスト教がグレゴリアン・チャント(注1)を生み、音楽は否定していても、実際にはきわめて複雑な旋律を持つものも多いイスラーム。仏教でも、スリランカやインドシナで信仰される上座部仏教の透き通った美しさは筆舌に尽くしがたい。またチベット仏教の数学的ともいえそうな緻密な構造。いずれも言葉こそ違え元は仏の教え、教典を唱える梵唄(ぼんばい)である。

真言宗の開祖・弘法大師(空海)の絵が掲げられたステージ
真言宗の開祖・弘法大師(空海)の絵が掲げられたステージ

2月21日の真言声明の会「高野山の声明」は東京オペラシティコンサートホールで行われた。クラシック用ホールの殿堂のような場所である。当然、響きは素晴らしい。どの位置にいても音が偏ることなく伝わってくる。ホールそのものが楽器として機能している。

演目(といってよいのか)は正月に行われる修正会。といっても仏教発祥の地インドの正月だから旧暦である。中心となるのは、僧侶が民衆に代わって罪過を懺悔し、その功徳で国家安泰、五穀豊穣を願う儀式だ。これを仏教では悔過儀式といって、きわめて重要なポジションを占めている。時期こそずれるが、あの東大寺の“お水取り”も悔過というと重要性が判ってもらえようか。

今回はステージに壇上が設けられ、作法に則って粛々と執り行われた。声明といえども時に動きは激しく、鐘や杖も登場すれば、移動の音も音楽としてアクセントを付けている。何より、役割別の袈裟や蓮の花弁を象った紙を散らす散華(さんげ)のように、視覚的にも飽きさせない。見事な音響と映像のスペクタクルとなっている。何より厳しい修行の成果であろう、統制のとれた合唱と切れのよい動きが心地よい。導師の方はいうまでもない。

独唱というか導師の経に続いて、ユニゾンで合唱が被ってくるところなど、イスラーム神秘主義のジクルを思わせる迫力も持つ。こういったコール・アンド・レスポンスを聴くと、世界各地の民謡など芸能の原点をみるような感もあるのだ。もちろんここまでの洗練はないとしても、きっかけになったことは十分に考えられる。

聲明だけを流して聴けばシンプルなメロディ・ラインなのだが、ふっと耳に残る語尾や音の跳躍部分を取り上げると、かなり細かい音程のコントロールも多い。パンフレットにある声明の『聲明類聚』(注2)をみると、ほとんど図形楽譜。五線譜では表せない複雑な音構造を持っているようだ。独特の発声法も含めて、形にするのは時間がかかりそうである。

今回はホール公演。時間も限られれば動きも制約されているはず。とはいえ、普段滅多に目にすることのできない声明。それも高野山。その一部に触れるだけでも有難い。

そして何より天井から降りてくる声のシャワーが心地よい。身も心も洗われるというのはこのことか。信者であろうがなかろうが、こういった生理的な効用には共通する部分が多い。人はその感動に“何か”をみてしまうのだろうという実感がある。

いずれにせよ歌=声の持つ根元的な力を納得する場でした。

写真提供:NPO法人SAMGHA
写真撮影:鳥居 誠

注1 グレゴリアン・チャント
ローマ・カトリック教会の単旋律・無伴奏の宗教音楽

注2 『聲明類聚』
聲明を伝習する際に用いられる教科書。正式名称は『南山進流聲明類聚附伽陀』。

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

(記事公開日:2009年03月22日)