黒川真理[雅瞳]箏リサイタル〜今を生きる〜

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2009年10月25日(日)開催
(東京・紀尾井小ホール)

一昨年、当財団の第8回邦楽技能者オーディションに合格、CDを発表した黒川真理さんは、積極的な公演活動を展開していらっしゃいます。先ごろ10月25日に東京・紀尾井小ホールで行なわれたリサイタルは「今を生きる」と題し、古典から現代に連なる箏曲の流れが一望できる充実したものとなりました。

古典から現代に連なる箏曲——明確なテーマを持ったリサイタル

文:星川京児

「讃歌」
「讃歌」

近年、邦楽奏者の層がきわめて厚くなったような気がする。多くの若手が古典から現代曲に精通し、またそれぞれの個性を磨き上げている。いわゆる発表会やおさらい会ではないリサイタルが多いのもその表れだろう。特に、秋のシーズンでは集中し、時に日程が重なり合って行き先を選ぶのに苦労することもあるほど。

もっとも、この激戦区、勝ち残るには様々な戦略が必要で、ある者は古典回帰、またある者は楽器の極限に挑むべく、新作に打ち込む。またその橋渡しを試みる者もいる。いずれにせよ百花繚乱。聴く方にとっても嬉しいことである。

箏の黒川真理が今回選んだのは近年の箏曲に多大な足跡を残した5人の作曲家というテーマ。こうやって並べて聴くことの少ない作品を一度に聴けるのはありがたい。

「箏三絃二重箏曲」
「箏三絃二重箏曲」

沢井忠夫の「讃歌」から始まり杵屋正邦の「箏・三絃二重奏曲」。そして中能島欣一は「三つの断章」。最も現代音楽的なセンスを感じさせるのが肥後一郎の「乱恋譜〜古今和歌集による〜」。最後は作詞・作曲者不詳ながら箏手付を宮城道雄という地歌の「尾上の松」。

これが一堂に会すことによって、まさに古典から現代に連なる箏の変遷がパノラマのように広がってくる。

いかにも沢井らしい柔らかな繊細さ。なによりポピュラリティ抜群の楽曲センスでまずは聴衆の耳を引きつける。この曲をトップに持ってくるという戦略にまずは脱帽。

「三つの断章」
「三つの断章」

杵屋子邦の三絃を迎えてのデュエットは、これぞ長唄という洒脱に富んだもので、曲の難しさを感じさせない。これもまた邦楽の本流であることを感じさせてくれる作品である。ある意味最もジャパネスクな作品かもしれない。

真ん中に演奏された中能島作品は、山田の現代箏曲として忘れてはならないもので、名曲は流派を超えての財産であることをあらためて確認させてくれる。沢井作品との対比という意味でも興味深い。

古今和歌集に題を採った肥後作品は、きわめて邦楽的なアプローチを試みているようでいて、モチーフの扱いや歌と演奏の強弱を駆使し、作品に見事な立体感を与えている。そこでの音と和歌との融合の仕方は、現代に生きる人間にしか創り得ない世界といってよいだろう。歌がクレシェンドしてくるパートなど、歌曲というより演劇的な空間が立ち上がってくるようだ。徐々にクレシェンドしてくる所などもちょっとした鳥肌もの。

「尾上の松」
「尾上の松」

地歌ファンにはお馴染みの作品を宮城の手付という視点で捉えた最終曲は、三絃に師の深海さとみを迎えたもので、楽曲の骨格は十二分。なんとも雅な旋律と、“やらやらめでたや〜”という詞で舞台を締めくくるというのは、これぞ祝儀曲の典型。ステージそのものの演出も心憎い。プログラムの演目いずれも演奏家はもとより、聴衆にも緊張感を求める作品の並びながら、ふっと和ませてくれる包容力が、この曲が本来かなりの大曲であることを一瞬忘れそうになるほど。

どんなに巧くても、やはりステージにはテーマが必要。すでに名曲のステータスを持った作品でも、あるべき位置で弾かれてこそとの感を強くした。

撮影:間野真由美

 

プログラム

讃歌(沢井忠夫 作曲)

 箏:黒川真理

箏・三絃二重奏曲(杵屋正邦 作曲)

 箏:黒川真理 三絃:杵屋子邦

三つの断章(中能島欣一 作曲)

 箏:黒川真理

乱恋譜〜古今和歌集による〜(肥後一郎 作曲)

 箏:黒川真理

尾上の松(作詞・作曲者不詳 箏手付 宮城道雄)

 箏:黒川真理 三絃:深海さとみ

関連CD

黒川真理

富山県出身。幼少より母・黒川雅皓(生田流正派大師範)に手ほどきを受け、2歳で初舞台。
東京藝術大学音楽部邦楽科生田流箏曲専攻卒業。同大学院修士課程音楽研究科修了。
NHK邦楽技能者育成会を卒業し、NHK邦楽オーディション合格。
文化庁新進芸術家国内研修員として人間国宝・故藤井久仁江師に九州系地歌を師事し、以後、深海さとみ師に箏三絃を師事する。
第30回国際芸術連盟新人オーディション審査員特別賞、奨励賞受賞。
賢順記念全国箏曲コンクール銅賞受賞。
北陸邦楽コンクール奨励賞、(財)石川県音楽文化振興事業団理事長賞受賞。
長谷検校記念くまもと全国邦楽コンクール奨励賞受賞。
平成17、18年度文化庁芸術祭参加「黒川真理独奏会」開催。以降毎年リサイタル開催。
国立劇場主催「明日を担う新進の舞踊・邦楽鑑賞会」出演。
平成18年度「北日本新聞芸術選奨」受賞。
平成19年度(財)富山県ひとづくり財団より「とやま賞」受賞。
(財)日本伝統文化振興財団主催 第8回邦楽技能者オーディション合格、同財団よりCD発売。
第14回長谷検校記念 くまもと全国邦楽コンクール「最優秀賞・文部科学大臣奨励賞」受賞。
NHK教育テレビ、芸能花舞台「今輝く若手たち」に出演。
富山県文化功労「文化分野」表彰。
射水市市政功労「イメージアップ部門」表彰。
チェコ(エステート国立劇場)、モナコ(サル・ガルニエ国立劇場)出演を含め、ハンガリー・イタリア・フランス・韓国など、海外公演多数。

現在
黒川邦楽院学院長、生田流正派大師範(雅号、雅瞳)、(財)射水市文化振興財団理事
箏・三絃を深海さとみ氏に、荻江節・河東節を山彦千子氏に師事。
森の会会員、正派合奏団、あいおいの会、会員。
グループ音鳥’s 2003年結成し、2009年7月 1stアルバム「星月夜」発売。
Duo「真結」 2005年結成し、目白庭園を中心に積極的にライブを行う。

黒川真理 official web site
http://www.k-hougakuin.jp/mari/

星川京児(ほしかわ きょうじ)

1953年4月18日香川県生まれ。学生時代より様々な音楽活動を始める。そのうちに演奏/作曲よりも制作する方に興味を覚え、いつのまにかプロデューサーに。民族音楽の専門誌を作ったりNHKの『世界の民族音楽』でDJを担当しながら、やがて民族音楽と純邦楽に中心を置いたCD、コンサート、番組制作が仕事に。モットーは「誰も聴いたことのない音を探して」。プロデュース作品『東京の夏音楽祭20周年記念 DVD』をはじめ、これまでに関わってきたCD、映画、書籍、番組、イベントは多数。

(記事公開日:2009年11月13日)