第十回 藤井昭子演奏会

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2009年10月26日(月)開催

東京・紀尾井ホール

2001年より「地歌ライブ」を定期的に開催、さらにロンドンでの地歌演奏会ほか海外での活躍も目覚しい藤井昭子師。今回10回目の節目となったリサイタルのプログラムは、祖母阿部桂子、母藤井久仁江を経て受け継がれた貴重な曲に焦点を当てた、めったに聴くことのできない特別な会となりました。

文:笹井邦平

祖母と母が伝えた家の芸

 生田流九州系地歌箏曲の藤井昭子師の10回目のリサイタルは〈歌の表現〉というテーマで〈歌物〉を3曲採り上げ、5回目のリサイタルの頃より課題として取り組んできたこのテーマのいわば集大成となる。祖母・阿部桂子師と母・藤井久仁江師より厳しい稽古を受けて身に着けた九州系地歌の真髄を聴ける―という想いが私の中で膨らむ。

凛と輝く恋の終焉

「濡れ扇」
「濡れ扇」

 序曲は今宮苧狐作詞・鶴山勾当作曲・本調子繁太夫物「濡れ扇」を昭子師は三絃の弾き歌いで演奏。江戸中期に豊美繁太夫が創設した浄瑠璃〈繁太夫節〉がブレイクしたが、「哀切すぎる」として禁止されて廃絶し地歌の中に〈繁太夫物〉として残った。内容は心中の〈道行〉で京から大坂への名所を綴り死出の旅路の餞(はなむけ)となっている。

 昭子師は呂音(低音)を効かせた声音と落ち着いた深い三絃の音色で淡々と弾き歌う。歌と三絃の音色がピタリと寄り添い、きっちりした運びで死を賭した恋の一途さと健気さが凛と輝く。

秘曲を大切に丁寧に

 2曲目は継山検校作曲・箏組歌「甲(かん)の曲」を昭子師は箏の弾き歌いで演奏。名古屋の生田流に秘曲として伝わる曲を幼少期名古屋で過ごした祖母・阿部桂子師が習得し、母・藤井久仁江師を経て伝授された曲。〈箏組歌〉とは五首か六首の和歌を節は変えても拍数を変えずに同じ拍数で刻んで繋ぐ作曲法だが、この曲は細部が標準形から微妙にズレているので〈秘曲〉と云われる。

 一字一句を大切に丁寧な節の流れで運ぶ昭子師の歌は聴き応えがあり、その歌に呼応する如く一音一音をきっちり紡ぎ出す爪音が見事に歌を装飾する。


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大曲をダイナミックに

「三津山(みつやま)」
「三津山(みつやま)」

 トリは三井次郎右衛門高英作詞・光崎検校作曲・八重崎検校箏手付・京風手事物「三津山(みつやま)」を昭子師の歌・三絃と渡辺明子さんの箏で合奏。〈手事物〉とは歌の間に長い手事(器楽の間奏)を入れてその技巧・音色を聴かせるように創られた楽曲。

 内容は『万葉集』などにある大和三山(香具山・耳成山・畝傍山)の妻争いの伝説を擬人化した男女3人の恋物語。1人の男(おのこ)を巡って娘2人が嫉妬から狂乱へとエスカレートする悲恋を綴った大曲。

 歌詞が長大で歌が難しく頻繁に出る曲ではないが、〈歌の表現〉というテーマの締めくくりとして昭子師は敢えて初挑戦する。

 前半2曲が情景描写に対してこちらは物語風、モチーフの良さもあって歌の端々に漂う芳しい古典の香りが古代浪漫へいざなう。昭子師の歌は明確でプログラムの歌詞を見ずとも聴いているだけで解る。眼目の2つの手事は三絃主体のアップテンポなメロディでインパクトがある。

 深さを湛えた昭子師の三絃と流麗な渡辺さんの研ぎ澄まされた箏の音が絶妙のバランスで掛け合う。渡辺さんは母・久仁江師の高弟で昭子師を支える軍師の1人、昭子師とはウマが合うようで、ダブル・アキコのピタリと呼吸(いき)の合った手事はテンション高く大曲をダイナミックにデフォルメする。

 いつもリサイタルでは彩り豊かな舞台衣装を身に纏う昭子師だが今回は序曲に因み裾に扇をあしらった黒の正装で通し、節目としてけじめを付ける―という気概がヒシと伝わるリサイタルであった。

撮影:増田秀行(一部リハーサルを含む)

プロフィール

藤井昭子(ふじい あきこ)

幼少より祖母阿部桂子、母藤井久仁江(重要無形文化財保持者〈人間国宝〉認定)に箏の手ほどきを受ける。四才で初舞台。八才より、阿部・藤井両師に三弦の手ほどきを受ける。1986年、山本邦山、藤井久仁江両師と共に米国各地を巡演。以後現在まで文化庁、国際交流基金等の派遣による欧米各地での演奏多数。1995年、第一回リサイタルを開催。2001年6月、現代における伝統音楽の継承と古典の新たな可能性を追求する場として、新宿たべるな《客席数70》に於いて「地歌ライブ」を開始。以降現在まで二ヶ月毎に定期開催し、全70曲の伝承曲を演奏。古典の将来を担う世代から、三曲界の第一人者に至る多彩な共演者とのトークを交えた演奏活動は、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、聖教新聞などの各誌、邦楽ジャーナル、邦楽の友、邦楽と舞踊など専門誌上に度々紹介されている。2003年、第七回日本伝統文化振興財団賞受賞、CDアルバムを制作。2004年12月、第五回リサイタル「藤井昭子演奏会」の演奏に対し、第59回文化庁芸術祭新人賞受賞。2006年7月、シティ・オブ・ロンドン・フェスティバルの招聘により、ロンドンで「藤井昭子地歌演奏会」開催、ロンドン大学でワークショップを行う。2007年より「地歌ライブ」会場を銀座28’sLive《客席数100》に変更する。2008年1月、青山円形劇場で大使館、海外特派員などを対象に全英語解説による「地歌 JIUTA」公演を主催。4月、オランダ、ベルギーで「藤井昭子地歌演奏会」開催。7月、「世界尺八フェスティバル」の招聘によりオーストラリア、シドニーで演奏とワークショップを行う。10月、第28回伝統文化ポーラ賞奨励賞受賞。

2009年1月、第二回「地歌 JIUTA」公演を青山円形劇場にて開催。4月、「地歌ライブ」会場を求道会館(東京都指定有形文化財)《客席数160》に変更し現在まで全45回開催。

現在、九州系地歌箏曲演奏家として演奏会・NHK放送等の出演に活動の場を広げ、後進の指導にあたっている。 銀明会副会長。

渡辺明子(わたなべ あきこ)

2010年3月 NHK東北ふるさと賞受賞。
4月 東京交響楽団と共演。
5月 みんゆう県民大賞受賞。
8月 福島県しゃくなげ大使に任命される。
2011年10月 紀尾井ホールにて「遠藤千晶箏リサイタル傳―つたえ―」開催。
2012年4月 ビクターエンタテインメント(株)より「傳―つたえ―遠藤千晶箏リサイタル」をCD・DVD同時発売。
7月 国立劇場主催公演「邦楽へのいざない」出演。
2013年2月 神奈川フィルハーモニー管弦楽団と共演。
9月 福島市音楽堂大ホールにて「妙祐会45周年記念箏曲演奏会」を開催。

現在、生田流箏曲宮城社大師範。宮城合奏団団員。日本三曲協会会員。生田流協会会員。森の会会員。妙祐会副会主。遠藤千晶とCRYSTALLINE NOTES主宰。
http://chiaki-endo.com/

(公演プログラムより転載)

笹井邦平(ささい くにへい)

1949年青森生まれ、1972年早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業。1975年劇団前進座付属俳優養成所に入所。歌舞伎俳優・市川猿之助に入門、歌舞伎座「市川猿之助奮闘公演」にて初舞台。1990年歌舞伎俳優を廃業後、歌舞伎台本作家集団『作者部屋』に参加、雑誌『邦楽の友』の編集長就任。退社後、邦楽評論活動に入り、同時に台本作家ぐるーぷ『作者邑』を創立。

(記事公開日:2009年10月26日)