第12回藤井昭子演奏会

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2011年10月17日(月)開催
東京・紀尾井小ホール

数ある地歌古曲のなかでも、ひときわ「歌」に重みを持つ、三つの曲「出口の柳」「玉川」「松風」が演奏された第12回藤井昭子演奏会が10月17日紀尾井小ホールで開催されました。現在にいたる地歌の豊かな伝承の幅と奥行きを感じ取ることができる、味わい深い演奏会の模様をお届けします。

藤井昭子の近年の進境を垣間見た一夜

文:悠 雅彦

「出口の柳」
三弦本手:藤井昭子(右)
三弦替手:安藤啓子(左)

音楽のどのジャンルでも優れた古典は聴く者に何かを投げかけてくる。さまざまな示唆に富む教訓を授けてくれることさえ少なくない。地歌の背後にある広大な歴史がすなわち日本の〈ウタ〉の歴史そのものであることを展観した去る5月31日の「古典芸能の夕べ」(日本伝統文化振興財団主催)で、米川敏子との地歌「残月」に格調高い味わいを醸しだした藤井昭子だが、この夜の演奏では三味線音楽として誕生した歴史を経て、〈歌いもの〉として発展した地歌の幅の広さと奥行きの深さを暗示した演目と気配りに強く印象づけられた。

「玉川」 三弦:藤井昭子
「玉川」
三弦:藤井昭子

さて、今宵の演目。近世初期の歌祭文に由来するという「出口の柳」(杵屋長五郎作曲)、次いで歌枕で名高い六つの玉川を折り込んだ「玉川」(穂積頼毋作詞、国山勾当作曲)、同題名の能に由来する豊かな情緒が漂う「松風」(作者不詳)という、ふだん聴く機会のない伝承曲ばかり。最初の2曲が初体験だった私には、とりわけ三味線を縫うように高音を駆使する前者は難曲と聴こえた。相方は安藤啓子。いつになく緊張した面持ちの藤井の表情から察すると、単に幕開け曲というだけではなく、歌詞をリズミックに運ぶ独特の目まぐるしい合いの手といい、演奏者に試練を課す曲なのだろう。

「玉川」◆ 三弦:藤井昭子(左) 胡弓:高橋翠秋(右)
「玉川」◆
三弦:藤井昭子(左)
胡弓:高橋翠秋(右)

高橋翠秋の胡弓との「玉川」は2つの点で聴きものだった。まず胡弓の手付けが高橋自身の作で、第一人者らしいテクニックをあしらった胡弓と、うた沢を思わせる藤井の歌と糸の情緒が溶け合って生み出す妙趣が格別。さらにカデンツァの手事も胡弓の優美な表現と情を隈どるような藤井の三味線の鋭い撥さばきから浮かび上がる、真摯な演奏家たちのチャレンジ精神が耳をとらえる。それにしても高橋は素敵なアレンジャーだった。

「松風」 三弦:藤井昭子(右) 箏:渡辺明子(左)
「松風」
三弦:藤井昭子(右)
箏:渡辺明子(左)

休憩後の「松風」でやっと藤井に笑顔が戻った。それだけ「出口の柳」と「玉川」での彼女の緊張感は恐らく頂点にあったのかもしれない。箏の相方〈地歌Live〉などでも親しく共演している渡辺明子ゆえか。地歌の魅力である簡潔なうた表現が活きいきと輝く。久し振りに心躍らせる熱演で、その気持のよい波動が客席をも解放区にするかのよう。ちょうど舞台と客席がひとつに溶け合ったかのような愉悦に満たされたひとときだった。観阿弥と世阿弥親子の作と伝えられる能のストーリーは須磨に流された在原行平をめぐる海女の松風・村雨姉妹の恋物語。半狂乱となる姉松風の燃えさかる恋慕の情が、両者の息のあった演奏から迸るようにも聴こえるところが面白い。

良質な演奏からこぼれる美しい記憶というべきか。3曲のどれひとつとっても、唄と演奏の端々に感じられる母の藤井久仁江師や祖母阿部桂子師の薫陶から得た教えを一点一画も疎かにせぬ、藤井昭子の誠実な演奏ぶりと前進を忘れぬ強い意志、そして温かな人柄。三弦と唄に全精力を傾注する藤井昭子の近年の進境を垣間見た一夜であった。

写真:亀有スタジオ(◆はリハーサル時に撮影)

関連作品

第7回ビクター伝統文化振興財団賞「奨励賞」藤井昭子

VZCF-1017(CD)1,905円+税
2004年8月21日 発売 
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プロフィール

撮影:森 豊
撮影:森 豊
藤井昭子(ふじい あきこ)

幼少より祖母阿部桂子、母藤井久仁江に箏の手ほどきを受け、四才で初舞台。
八才より阿部、藤井両師に三弦の手ほどきを受ける。

1986年 山本邦山、藤井久仁江両師と共に米国各地巡演。以後現在まで文化庁、国際交流基金等の派遣等により欧米各地で演奏。
1988年 NHKオーディション合格、初放送出演。
1995年 第一回リサイタル開催。以後現在まで全十二回開催。
2001年 第一回「地歌ライブ」を開催。以後、二ヶ月毎に定期開催、現在まで全五十五回開催。
2002年 国立劇場にて母、兄と「三楽会」を開催。
2003年 第七回日本伝統文化振興財団賞受賞。CDアルバム制作。
母、兄と第二回「三楽会」を開催。
2004年 第五十九回文化庁芸術祭新人賞受賞。
2006年 「藤井昭子地歌演奏会」をロンドンで開催。ロンドン大学でワークショップ。
2008年 全英語解説による「地歌 Jiuta」公演を開催。以後、現在まで全四回開催。
「藤井昭子地歌演奏会オランダ、ベルギー公演」開催。
世界尺八フェスティバル(シドニー)招聘演奏。
第二十八回伝統文化ポーラ賞奨励賞受賞。
2010年 「地歌ライブ」第五〇回記念公演開催。
2011年 文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。
ドイツ四都市での「地歌箏曲ドイツ公演二〇一一」出演。

現在、九州系地歌箏曲演奏家として、演奏会・放送等の出演ほか、
後進の指導にも当たっている。生田流協会理事、祖母阿部桂子が創立した銀明会副会長。

〈賛助出演(出演順)〉

安藤啓子(あんどう けいこ)

幼少より、前川和貴子(阿部桂子高弟)に箏、三弦を学ぶ。

1977年 藤井久仁江に入門。後に内弟子となり、阿部桂子、藤井久仁江に師事。
現在、藤井泰和に師事。
1988年 NHK邦楽オーディション合格。
1999年 長谷検校記念第五回全国邦楽コンクール奨励賞。
2008年 長谷検校記念第十四回全国邦楽コンクール優秀賞。
2010年 第一回リサイタル開催。

現在、九州系地歌箏曲演奏家として教授・演奏活動を行う傍ら、NHK-FM等への放送出演も行っている。

高橋翠秋(たかはし すいしゅう)

1968年 生田流筝曲家元川瀬白秋より師範免状取得。
1993年 国立劇場主催公演「明日をになう新進の舞踊邦楽鑑賞会」出演。
1998年 「高橋翠秋 胡弓の栞」リサイタル開催。
2002年 ジュネーブにて「舞と三曲の夕べ」出演。
2004年 チューリッヒ、ルクセンブルグでの地歌舞公演出演。
2010年 「高橋翠秋 胡弓の栞」の演奏に対し、文化庁芸術祭優秀賞受賞。

これまで、川瀬白秋師と共に歌舞伎黒簾音楽、舞踊地方としての演奏活動、「みなづき会」メンバーとして三曲演奏活動を行うほか、「ソウルオリンピック記念公演」「カンヌ音楽祭」等多くの海外公演、NHKテレビ「いろはに邦楽」胡弓講師などへの出演多数。
作曲作品に「桜姫」「雪月花」「舞姫」(「日本音楽抄」)、「ひな流し」「幻」「ひなの宵」(舞踊曲)等がある。日本芸術文化振興会(国立劇場)歌舞伎音楽研修講師。

渡辺明子(わなたべ あきこ)

幼少より母菊地千恵子の手ほどきを受け、阿部桂子、藤井久仁江、藤井泰和に師事。

1969年 NHK邦楽技能者育成会卒業。
2006年 「藤井昭子地歌演奏会」ロンドン公演に出演。
2008年 「藤井昭子オランダ・ベルギー公演」に出演。
世界尺八フェスティバル(シドニー)招聘演奏。

現在、九州系地歌箏曲演奏家として、演奏会・放送等の出演に活動の場を広げている。

悠 雅彦(ゆう まさひこ)

1937年神奈川県逗子市生まれ。音楽評論家。早稲田大学文学部英文学科卒。月刊「スイングジャーナル」にジャズ評論を執筆開始。1975年自主レーベル「Why not」を創設、ニューヨークで録音を開始。朝日新聞にジャズ・コンサート評を執筆。女子美術大学講師、音響技術専門学院講師、洗足学園音楽大学講師をつとめる。1997年〜2011年文化庁「舞台芸術」助成審査委員、「芸術祭」審査委員 、芸術選奨審査委員をつとめる。著書に『ジャズ進化・解体・再生の歴史』『僕のジャズ・アメリカ』『モダン・ジャズ群像』、共書に『ジャズCDの名鑑』『ECM catalog』がある。

JAZZ TOKYOホームページ:http://www.jazztokyo.com

(記事公開日:2011年11月08日)